まちづくりサークル

日々の出来事

T-式仕事法全編(2)

2016年10月15日 | うんちく・小ネタ

      T-式仕事法全編(2)
第6章       志気を鼓舞する
 
 古の思想家や、哲学者は現実の苦悩の中ら、人間理想の在り方を追求した。古くは宗教の経典を初めとして、論語の教えからはじまって、カントやヘーゲル、ニィチェの哲学書、わが国では、方丈記、徒然草、歎異抄など、人の心に深く滲みとおる書物が残されている。いずれも人々が物的、精神的に困窮している時代に、多くの人々にその救いを与えた。

 この本で述べようとすることとは多少異なるが、過去には大勢の人が、このような何かのきっかけで、志気を鼓舞して危機を乗り越え、永遠の基礎を築いたという例がある。
 ここに紹介するのは、この会社にも非常に身近なものである。20ページ足らずの『伸び行く技術者としての心得』と題する小さなパンフレットである。昭和の初めの頃に、旧海軍技術大佐、工学博士西島亮二氏の書かれたものである。これは筆者がまだ若き頃、当時の上司から貰ったものである。聞くところによると、戦後の荒廃した造船業の中にあって、日本の若き造船技術者は、この一冊のパンフレットに奮起し、その後の造船王国を築き上げたと言う。もう古い話で、手元にあるパンフレットも色褪せているが、出所、来歴も判らないまま、承諾を得ずここに書き写させて戴く。

   
     伸び行く技術者としての心得
                                 西 島 亮 二
 決断力はすみやかに。
いろいろの問題が起こってくるが上の人としては決断はすみやかにやることが肝要である。研究しておくとか、ちょっと待てとかの解答は忘れるもとで、度重なれば部下の信頼を失って遂にはなにも出来なくなってしまう。大問題について上に相談する以外はただちに片付けるか、あるいは資料不足なればその資料の取り纏めを命じ、なんらか前進の方向に進むか、不可なれば理由をはっきりと説明して納得させるように努めることが肝要である。上級者の決断の遅れは部下全般の勢いをそぎ会社の繁栄は期し得ない。

 
 確固たる信念を持ってやれ。
 物事はなにによらず十分練った方針を立て信念を持ってやれるまで研究し実行に移したい。ある問題があると仮定する、このとき自分ならかく処理し、かく解答する、と言うように何時でも確固たる方針を立ててやることが肝要である。過去にあなたはかく言ったと言ってきても、絶対にそう解答するはずがないと言い得る自信がなくてはならぬ。資料でも自分が保管すべきものと、下に持たせるものに一定の方針を立てておけば、渡した渡さぬの議論はない。私は絶対に保管するはずがないと言い切れるように、確固たる方針を持つことがつまらぬことにも必要である。

 
 計画は大きく、実行は小さいものより。
 私たちは常に理想的の大計画を立てて進まねば大事業(大工事)は実を結ばない。目的地を定めず漫然と歩いていては、私たちが行くべき目的地に到達し得ないのと同じである。優秀な船を安価にしかも早く作るのがわたくしたち造船技術者の目標でなくてはならぬ。そうするためには、あらゆる方面の研究と実施が必要である。あらゆる方面より検討された優秀な設計であることも、工数を節約すること、材料を節約し、作業の計画を見事にやり、機械と器具を整備することも、工法を改善することも前述の目標に向かって進むように研究努力せねばならぬ。

 
 これらの各項目に付いて、それぞれの計画を立てて進むようにしたい。設計についても五次船と、六次船との間の閑散期に5次船の代表的な船を取り上げて、今後同一型の船を建造するとした場合につき真剣に再検討を行って、不備な点を徹底的に修正し、今後に備えるという計画を立て、これを実行に移しておけばいつかかならず大いに役立ち、またこれをやった技術者としても大いに技術は伸びてくるはずである。またこの設計の検討にあたってもまた計画を立て、基本計画の再検討、材料の節約並びに種類の減少、構造上の不備、鎖数、溶接長の減少、溶接広範囲使用とあらゆる問題について検討すべきである。現場の工数節約にしても機械工の能率増進、ぎょう鉄場、船の組み立て法、溶接能率の向上、鋲打ちの能率の検討など問題はいろいろあり、これに関連して、機機器具の検討等次々に派生する問題がある。いつもなにかやるとき、計画を立て実施に移すこと。学校を出た直後は配置も下で、担当する範囲は狭いがその狭い範囲でも相当の問題はある。わからぬまでも人に聞いてでも方針を立てて進むようにすれば他日の大成が期し得られると思う。 考えておかねばならぬことは、いろいろのことが計画倒れになることである。これに対しては実施は大計画のうちの極めて小さい事から、そしてやりやすい事から直ちに実施に移す事である。そして暫時その範囲を拡大して行き、大計画をものにすると言うように不断の努力が必要である。

 例えていえば金物を制式化すると言う方針を立てても実行は一番容易に出来る。しかも経済的に影響の大きなものから選べばよい。材料の統制をやるにしても一番困っているものだけでも直ちに着手して暫時範囲を広げ、機械場の機械の配置換えを実施するにしても一度にやることはやめて一台ずつでも一貫した方針書に基づいて実施すれば良い。工数を半減してやるに、法螺を吹いても出来ないが一工数あてでも節約出来る小さい事項から実施すれば大計画は必ずしも夢ではないと思う。今一度“計画は大きく、実行は小さいものより“この言葉の通り実行する技術者は必ず名をなす技術者になれると私は断言する。

 小さい改善でも逃がすな、
 いかに小さい改善でも経済的になりたち大した経費のかからぬものは逃がさぬようにやることが肝要である。上の人はよくそんな小さいことをひねるよりもつと重要な問題がたくさんあるといって、下の提案を避ける場合がある。これは人の気分を害し今後の改善の芽を摘む結果になるのみでなく、みすみす大きな損失を見逃すものである。例え小さい事でも日々得るところがあればその会社の存続の期間に亘って莫大な数字になる。塵も積もって山となるとはこの事である。小さい改善を逃がさぬ人は大きな改善をやる人であると考えてよい。

 
 人のやっていることは根本の方針を理解するようにせよ。
 自分が何かやるときに根本の方針を立てるようにと述べたので大体分かると思うが、人のやっていることを調査するとき、また見学に行った時も目前のことだけ調べてくる人がある。これではそれを真似るだけで大した収穫にはならぬばかりでなく、時には反対の一時的の現象を取り上げて反対の結論を下す場合もあり、また上の人に報告しても大したことでないように感ぜしめ、せっかく良いことを聞いても何もならぬことになる。例えば、ある所で金物の制式に力を入れていると分かっただけでは設計の手数を省く程度に考える人がいるかもしれないが別冊(筆者注=発見出来ず)に書いているように大きな目標を持ってやっていると判れば上の人は動くかもしれない。
 工数の統計をこんなに旨く取っていると、カーブだけ貰ってきて通り一片の説明をしても大した参考にはならない。それをどんなに作業管理に使っているか、よく方針を説明したら必ず上の人も納得してやる事となるであろう。要するに他人の真似をするのでなく、完全に自分のものにしてやることが肝要である。

 
 百の論議より一つの実行。
 世の中には、議論に口角泡を飛ばすが一向に実行しない人がいる。いかに議論したり、いかに立派な結論を得ても実行しなければ何もならない。また自分自身としても実行して初めて自分の経験になり、他日伸びる基礎にもなる。議論の渦中に飛び込んで男を上げるより黙っていて実行するように努めたい。

 
 大きく丸くなること。
 若い皆さんがどんなに間違ったことを言っても軽蔑はされません。どんどん自分の意見を出してください。間違ったことはより上の技術を持った人が親切に教えてくれるし、また少々打たれても良い、大きな角を出して行くことに努めれば例え先を折られても大きく丸くなるはずです。若いときにこの癖をつけないと相当の年になってから一寸何か言えば人にやられはしないかと言う気持ちが出て結局小さく丸くなってしまう。これも若いときの心掛けの一つです。

 
 解らぬ事はどんどん聞け。
 学校生活三年で一人前の造船技術者になれると思うのは大間違い。ほんの基礎学を身に着けた程度、とくに現場については習わぬことばかりである。どんなつまらぬことでも知らないことはだれかれの区別なしに工員であろうと社員であろうと、重役であろうと遠慮なく聞くこと。あたかも四ー五才の子供が両親を困らすようにやればよい。学校を出たばかりの皆さんが何も知らぬことは百も承知だし、知った顔をしているほうがむしろ笑っている相手であることを頭に入れておくことが肝要です。
 しかし相当の年月を経た後は、反対につまらぬことを言ったり質問したりしていると笑われることを頭に入れて、学校を出た直後の貴重な時間を十二分に利用されたい。その期間で皆さんの一生の運命は決まってしまうと私は自分の体験より申し上げておく。

 
 失敗しても悔ゆる事なく、そして取り返す努力をせよ、
 いかなる経験者も過去においては相当の失敗の連続でそれを心にとめて、同一の失敗を再びやらぬようにして伸びてきたのである。恐らく経験すればするほど失敗と感ずることが多いはずである。同一のことについて、下級者はうまくやったと思っても上の人は失敗したと思う。ただし、今度はこの様にしたらよりよいと言う程度の失敗である。したがって。下の人はうまく行ったという報告をするよりも、今度はこの様にしたがこの次からはかくやりたいと努めて失敗を自覚して上の人に話して行けば、上の人はもっと多くの自分の失敗を話してくださる。かくて技術は伸びるのである。経験は失敗の蓄積である。失敗を基にして伸びて行けばよい。これには不断の努力が必要である。技術者の失敗は会社の払う授業料である。授業料以上にうんと利潤を与えるように努めればよいのである。

 
 何事も創意工夫せよ。
 幾多の先輩の血のにじむような努力によって勝ち得た造船技術、自分たちには何も成す余地はないと諦めないで、どんな小さいことに対しても創意工夫を凝らせば必らず成果は上がるもの、創意工夫を凝らしてそれを実施して始めて自分の体験になって身につく。これをたくさん身につけた人が伸びるのである。若い人達に[マンホール]をうんとくぐれと私は言う。潜ればそこに何かを見て工夫したくなる。[マンホール]を潜ることは辛い。酷い労働だと言う体験は、きっといかに[マンホール]を潜る度数を減じて船を造るかと工夫する技術者者になれる。工員も喜べば会社も能率増進で栄える。目に触れるあらゆるものに対して良く、安く、早く船を造る三大原則に対し、改善の余地は無いかと真剣に取組んで工夫し実施するように、若いときから癖を着けることが肝要である。

 
 あらゆることに疑問をもて。
 自分の今やっていることが最善かどうか一応振り返ってみるようにしたい。機械が回るのを漠然と見るのでなく、どんなメカニズムになっているかもっと良い方法はないか、スムースに回っているか、音はどうかと常に注意深く観察して自分の頭の中にいれることが肝要で、今後行ったときには何か前と違ったことは起きてないかと言う気持ちで見て回るとよい。機械場を歩いてきても鋼材をいかに吊っているか、機械にどんなふうにかけているか、何人かかってどんな作業をしているか、取り付けの高さはよいか、位置はよいか、工具はよいか、と先輩のやったことでも何か抜けているところはないかと疑問を持ってみる癖を着け、自分に納得の行かぬ点は工員なり先輩に意見を出して聞いてみる習慣を自分で作るようにしなくてはならぬ。疑問を持って見深く突き進んで調べることが肝要である。経験の深い先輩は必ずこんな態度でやってきて育ったのである事を銘記すべきである。

 
 基準となるものを完全に早く掴め。
 人によってむやみにあせって広く浅くやる人がいる人があるが、大成しない。造船は余りに広範囲であるので一人前の技術者になるのに骨が折れる。無方針でやれば結局何もやれないで月給を貰って一生を過ごし、結局何をやったかわからぬようになってしまう。その造船所に行けば過去の人でも何時までもその人の匂いがするところまでやりたいものである。
 心掛けとしては基準となるものをはっきり自分の頭にいれ、本を読んでも、他の造船所を見ても他の業種の工場を見ても、船を見ても、新しい機械や工具、機器を見ても自分のところより良い点と悪い点をはっきり把握出来るようになりたい。漫然と見ても何も頭に残らず、自分のところにこれを応用することも出来ない。機械場の機械の配置一つにしても自分のところのものを十分に研究しておれば他の造船所を見ても、良い点と悪い点がはっきりと頭に残り、残ってない点は自分のところと大同小異と判断してよいまでになりたい。そしてよい点を直ちに取り入れて改善して行くようにしたい。あらゆる面にそうなるように心掛けることが肝要である。

 
 仕事の実態を掴め。
 とかく学校を出た人が仕事をよく知らぬ。これは造船は余りに広範囲で、複雑で何でも出来るようになることは難しい。しかし一通りのことが言えるまでにマスターせねばならぬ。水圧試験をやっても学校を出た人は完全に水の漏洩が止まってから立会してくれと言うので見に回る。一番最初の荒張りでどんな工事をやり、どんな構造のところが良く漏るかを見なければ実態を掴まえられないはずである。補機の試験でも一番最初に作動さすときに立会したり、テレモータでも一番最初の水張りと調整に立会し工員の苦心するところを見て始めて理解出来るのである。 最後の試験のとき[うまく行きました][よし]と言うのでは何の経験も残らぬ。つまらぬことのようだがこれが伸びるか伸びないかの分岐点である。

 
 物事は両端を押さえ。
 私たちの頭なり、能力には限度がある。何から何まで知って行くことは困難であり、とくに動いているものをとらえるときには特にそうである。そのときの処理法としたら両極端から能力の限り把握するように努める。部下を知るにしても優秀な人と悪い人を知っておけば中間の人間はさほど重要でない。放っておいてもついてくる人である。材料の統制をやっても不足で困っているものと、余って早く処分すべきものを記憶しておけば、中間のものは適当にいっていると解して大きな誤りはない。

 
反対の立場に立ってものを考えよ。
 命令するにしても、報告するにしても、実行するにしても相手方の立場より一度反省してやることが肝要である。自己本位にものは考えたがるのが普通である。かくて人の和を損ね、結果としても立派な実は結べない。反対の立場よりものを考えることは絶対に必要である。 

 
  仕事は人の範囲に20%乗り出せ。
 人によっては自分の所掌分担に忠実になり過ぎる人がある。その分担の境界線が必ず問題を起こす結果になる。
お互いに協力しながら行くことが大切である。人の所掌と言えども親切に話し合って行けばうまく行く。
 
 人の意見は十分に聞け、特に専門外の人の意見も、
 人によって自分の意見だけ主張する人があるが、とかく間違いがあるもの。出来るだけ人の意見を聞くように心掛けることが肝要である。岡目八日と言ってかたわらで見ている人の意見に採るべきものが沢山ある。とかく人に言われるとおもしろく思わない人がある。こんなことでは絶対に伸びない。時に陥れる悪口もあるかもしれないが、多くの場合その人のためを思っての親心と解したい。人から言って貰えなくなったら最後と思って間違いない。

 
 問題は必ず永久的の対策を立て。
 私らは先輩の努力の結晶を受け継いで立っているので、私たちの開拓すべき新しい分野は余りないように考えないでください。大なり小なり造船所に行けば問題は山積しています。生きて動いているので次から次へと私たちの処理すべき問題は起きています。この問題を一つ一つ取り上げて処理して行かねばならない。しかしこれを処理する技術者を見ていると、放任している人と、一時的対策で止めている人と、永久的対策を講じている人とある。私はどんなつまらぬ問題でもかならず永久的対策を講ずるようにして行きたい。すなわち二度とその問題が起こらぬように処置したい。極めて卑近な例ですが、適当な長さのボルトがない、長いのを切って使えと言ぅのは一時的対策であって、ボルトに制式があるか無いかを調べ、制式があればそれによってそのボルトをただちに発注(製作)し、今後その寸度がなくなれば係りの人が自発的に適当に事前の準備をやるように手を当てる、これが永久的の対策である。また図面のここが工作上不都合であると言う問題が出て来れば現場でこう直してやれと命ずるのは一時的の対策で、図面の改正協議票を出して元の図面を直し、二度と同一構造にそんな不備のないように設計まで手を当てるのが永久的の対策である。
 面倒でもどんな小さいことでもとことんまで調べて、永久的の対策を立てるように若いときから努力されれば真の力が付き、どんなことでも自分のやったことは終生忘れることはない。そしてやがて経験のとんだ技術者に育って行くのである。

 
 計数に対して明かるくなれ。
 自分は船大工の親方だから、数字とは余り緑のないように思うせいか、とかく現場の技術者は数字から遠ざかる癖がある。と言って高等数学を云々と言うのではなく、極めて簡単な算術ですむことである。私らが仕事を真に握っていくのは数字に、統計に明かるくなる事が絶対に必要である。造船所には各種の統計があるが、これが直接に使えるように整備してないのが多い。統計にもとづいていろいろの対策を樹立して行くようにしたい。現場の人は勘で処理する人が多いがこれは間違いの基である。
 将来部長、工場長になって親しく現場を見る機会が少なくなってくれば全部統計で判断して工場を管理が出来ないはずである。米国では統計が完備していると聞くが、日本の造船所のあれだけ小さいものでも十分の統計が整っていないところが多い。各種統計も宣伝価値しかないものや、上がった下がったと泣いてよいか笑ってよいか解からぬ統計や図表は止め、真に管理に必要なものに整備するようにしたい。若い時代よりこの方面に意を用いたなら他日の大成を期し得られる基となる。技術者として経理関係も一応頭にいれるようにしておけば、重役になって技術重役だなんて言われないで済むようになる。

 
 上級者は命令するより協議する態度で、
命令されると言う事は多少不愉快を部下に与える場合がある。なるべく[こんな問題があるどうするか]と言うふうに持て行って十分に意見を述べさし、それでは「こうしよう」と言うように処理したら和やかに物が片づく事になる。
 自分で善悪の分からぬことはただちに部下の提案どおりにやらせることも一つの方法である。    
 
  
会議では上の人の意見は後から。                          
会議する以上皆の意見を十分に聞かねばならぬ。そのとき上の人が先に意見を出しては下の人は意見が述べにくくなる。命令に近くなるようならば会議の必要はない。

 
 下の人にごまかされぬこと。
上の人がつまらぬと必ずごまかされ、結局自分の思うとおりに仕事が出来ないようになってしまう。若い時分からその訓練をしておかねばならぬ。下の人にいろいろ聞いて自分の判断と違うときには必ず一緒に現場に行ってみる習慣をつけることがその秘訣である。そして真に理解するように努める。かくすることにより自分も伸び、また段々上になったときに部下が決してごまかしや、曖昧な回答をしなくなってくる。
 その場で議論したり突っ込んだりするより[よし一緒に現場に行こう]と足軽く立ち上がることを心掛けたい。 部下に命令するときは必ず期限付きで。
学校を出て直ぐに部下を持たされることがある。その時下の人に命令する場合必ず期限付き[時には時間の指示もする]でやることが肝要である。上の人は広範囲の責任を持つゆえかならず忙しいので命令したことも忘れがちであるが。期限付きで命令しておけば必ず下の人がその結果を報告してくれるので事の処理が的確になってくる。命令を受けた側でも張り合いを生じ早くかたずく事になってくる。

 
 部下の尻を叩くな。
 技術者として、部下を追いまくって仕事をする人はかならず大事業はできない。部下が怠けているのはいろいろと原因がある。幹部のいろいろの手配の悪いために起こってくることが非常に多い事を頭に入れ、まず自分の尻をたたいて進めば部下は必ずついてくるはずである。守衛と女事務員を雇っておけば、よいような技術者にならぬこと。

 
 下級者の提案はつとめて採用せよ。
 下の人の提案は大変な間違いを起こさない限りうけとめて採用するようにしたい。自分の意見で小さいことを直すより、提案どおりにやらせれば下の人は返って責任をもって励むのである。[それは良い]と直ちに快く賛意を示すとなおさら良い。たとえ失敗してもその部下はより一層仕事に励むようになる。部下の提案のない工場は栄えない。

 
 過誤は責めるな
 人間過誤は必ず在る。その結果を責めるのはやめて二度と起こらぬように対策することが肝要である。過誤を責めると部下はなるべく上の人の耳にいれないで姑息な処置でごまかそうという気持ちを起こし、取り返しのつかぬ大事を起こすこともある。悪意のない過誤に対しては極めて寛大であってほしい。

 
 下の人の成功は奪うな。
 下の提案でやったことでも上の人が自分でやったことのように宣伝する人がある。その部下はもちろん不愉快である。たとえ自分が提案したことであっても部下の提案実施として表彰するきん度がなくては大事業はできない、部下と功績を争うことは絶対にしてはならない。

 
 必ず一級上の配置の仕事をやるように心掛けよ。
 担当技師は造船課長、造船課長は造船部長。造船部長は工場長になった気持でつねに一級上の立場より物を考えて処理するようにしたい。かくすることによって、工場は栄えてくると同時に他日自分が上がったときに楽に完全にその職責も果たせ、次の階級の下準備もできるのである。難しいが心してやれば他日の大成は期し得られる。

 
 上の人の弱点はつくな。
 いかに偉い人であってもかならず長所と短所がある。技術においても得意の面と不得意の面がある。自分がかなり伸びた面で上の人の不得意の面は報告するが、あまり突っ込んだ意見を出して困らす事は自分の伸びるためには害あって益がない。
 その人の長所に対しては真っ向よりぶっつかり、ふんどし担ぎの様に揉んでもらうことが肝要である。
 
 知らないことはごまかすな。
 人の知識には限度がある。知っていることも知らぬこともあるはずである。それにも拘らず上の人から聞かれた場合、知らぬと言えない人がある。そしていい加減にごまかして糊塗ようとする。こんな人は必ず伸びない。知らぬことに対しては、[知りませんすぐ調査してきます]とか[多分こうと思いますが、なお調査してきます]と答えてただちに実行したい。

 ごまかしてすんでしまえばやれ良かったと、そのままにしては、伸びる人とは言えない。[知らない]と答えるのは、ちょっとの恥で永久に知らないより良い。不確なことを言うと、時には上の人に誤った判断をさせ、取り返しのつかぬ大事を引き起こすこともある。

 
 上の人には報告はつとめてやれ。
 自分の担当していることは時間の許す限り上の人に報告することに努めねばならない。人によってはよいことだけ報告して悪いことは言わない人がいるが、特に悪いことや、今後のやりたいことについては詳しく報告するように努めることが肝要である。そうすれば上の人から必ずそのときに適切なる意見やその処置があり、心ある人ならば必ず自分の失敗談、苦心談をしてくれるはずで、かくして伸びて行くのである。

 
 独断専行と事後の報告。
 事の大小を問わず、方針に関することはよく上の人と協議して決定し、方針の決定されたものはことの大小を問わず問題が起これば直ちに部下に独断専行で命令を出し、急速に処理し、しかる後に上の人に報告了解を得ることにしたい。何でも上の人に相談するようでは部下の信頼は集め得ない。したがって、大事業は成し得ない人になってしまう。ただし、方針の決定してない事項につてはことの大小を問わず慎重を期す事はいうまでもない。

 
 命令にたいしては納得の行くまで聞け。
 上の人は忙しいから重要なことでも簡単に命令されることがある。命令の真意を十分に納得するまで聞くことが肝要である。下の人からまた疑義が出たら。自分でも説明し、また意に添うように適当に訂正し、直ちに自分で独断で命令を一部修正することもできるまでに納得しなくてはならない。
 卑近な例で、東に向かって立っておれと命令されたとき、何の目的のために立っておるのかよく真意を聞いておけば独断で止めることもできるはずである。
 
 命令に対しては必ず復命せよ。
 上の人からいろいろ命令される。命令された事は必ず直ちに実施に移し、その結果をかならず命令した人に復命しなければならない。
 上の人は忙しいのでそのとおりやっていると思って安心している人が多いが、順次下に行き意外な命令となっている場合もある。
 必ず復命するようにすると上の人からそういう機会に関連したいろいろのことについて教えて貰える事もある。上の人は復命しない人は非常に頼り無いような気分を起こすことも考えておくことが重要である。

 
 指導者は常に先に進め。
 指導者が当面の問題に下の人と一緒にそれに没頭するようでは永久に発展はない。それの来る前に十分に練っておいてどんどん指令を出し、いったん方針を指示し実行に移れば報告によって誤りがなければそのままにして次のものと十分に取り組んで行くようにしたい、かかる会社でなければ栄えない。下は五次船の建造に夢中になっているときに、上は六時船の段取りと五時船と六時船のギャップをいかに切り抜けていくかその方策を練って行かねばならぬ。実例が造船所の大幹部のことになったが、鋲打ちの担当技師についても何時までにこの船は進水で、それまでにこれを打ちこなす段取りの外に、如何にして一工当たりのこう鋲数を増すかという対策を十分に練り良いことはどんどん実行さし、やがては現工員でも十分に打ちこなせるように、あらゆる対策を練らねばならぬ。指導者は常に先に進むことが肝要である。

 
後進者を導け。
 多少なりと経験を持った人は後輩を真に誠心を持って導き、自分の体験したことを一日も早く飲み込むようにしてあげてください。これが他日自分の真の部下になり自分を助け大事業を成し遂げる基礎となり、結局は自分のためということになるのです。学校を出た若い人達を放任して勝手にやらしているところがあるが、こんな会社の将来は思いやられる。一年経過すれば後輩を迎えることになる。後進者の教育といっても老人の仕事だけではないことも頭に入れておいてください。

 
 他人の悪口は止め善行は敬意を表わし宣伝せよ。
 人の悪口を言う人があるがこれは絶対にいけない。真にその人を思う善意があれば直接に陰で言ってあげる親切が欲しい。悪口を並べると自分自身を落とすものと考えて間違いない。反対に他人の善行に敬意を表し、自分のたらざるを恥じ奮起する気持ちで他に知らしめることはゆかしい限りである。人のやった技術的のいろんなことでもケチをつける人は決してそれ以上良いものは造り得ない人であると決めて間違いない。


第7章       仕事の遂行力と困難性
 
 会社で仕事をしていて、どんな仕事もそんなに易しいものでない。定常業務として毎日毎日同じ仕事をしていても、日々の仕事量の変動や、対象範囲の変更によって、次々と問題が起こって来るものである。そして日々の業務内容が高度化するにしたがって、それぞれの仕事に対する困難性が出てきて、なかなか進行しないものである。もう何十年か前のことであるが、現場の課長をしていたときのことである。仕事の現場を巡回していて、現場の人が始めての機械の運転準備をしていた。それに取り掛かっている班長の顔も名前も、また彼の常日頃の仕事の能力も知っている。しかし一週間ぐらい後の巡回でも、現場でもたもたして前回より余り進行してない。このょうな場合、課長として何も手を打たなければ、この機械は何時までたっても起動しないのである。その班長の知識や、能力以上にその機械が難しいのである。
 この様な場合課長は作業長に、[現場で班長が困っている]何等かの対策をして解決するようにと指示する。それから一週間後に現場にいって見て、未だ解決してないようであれば、課長として、自分の直接の部下である係長に出動するように命じるべきである。係長が3日でも駄目であるなら、自分がこれに直接当たるべきである。

 一般に会社での仕事の遂行能力と困難性の関係は、左図のようである。

                         
 
                 
 一つの仕事(プロジェクト)に於いて困難性の尺度で、仕事の遂行能力が、その頂上(ハンプ)を越えない場合は、何時まで待っても解決しない。
 簡単な例であるが、上司が部下にある仕事(資料を作成)を指示したとする。部下の仕事遂行能力が、その仕事の困難性以上でないと、その指示は何時まで待っても完成しない。これを平たな言葉でいえば、その者ができないような難しいことを言っても、もともと無理な注文である。こんな事は充分に判っていることであるが、現実にはこの会社では、部下が出来ようが出来まいが、一向にお構いなしで、仕事の指示のし飛ばしされる例は幾らでもある。

       柳に飛びつく蛙。
       石の地蔵さんは動かない。
       柔らかい刃物で、それより堅いものは切れない。(石で金を切る)
       屋根より短い梯子で、屋根に登れない。
       大火はバケツでは消せない。
 要するに能力は、抵抗力に打ち勝たなければ成就しない。石に矢の立つ試し在り、と精神論だけでは、会社の組織の中の仕事は成り立たないのである。
 この事は、管理者が大きな仕事を計画するときの、戦略上の大きな原理となる。大きな、プロジェクトで、工事の中間のある時期には、必ず非常に大きな乗り越えなければならない山がある。このときには大量の機動力と、多くのマンパワーを短時間のうちに投入しなければならない。一般にこの山をハンプ(瘤)と呼ぶのであるが、この時期に力を出し惜しみしたり、マンパワーが十分に動員できなければ、幾ら時間をかけてもハンプは越えられないのである。唯問題は、プロジェクトマネージャーはその遂行すべき工事の、困難性の度合いが、どの程度のものか、そしてそれがどの時期にくるのかの予想をすることが非常に難しいのである。すなわち、ハンプの来る遥か以前に多くの動員をすることは無駄であり、また、ハンプが目前に来ているのに、それに気付かず動員が遅れることは、工程の大きなロスとなる。優秀なプロジェクトマネージャーは、常に工事の進行状況を観察し、自分の工事遂行能力と、工事の困難性を、マッチングするように努めているのである。
 ここのところの理解を良くするために、航空機を連想してもらいたい。航空機が離陸するときは、浮力をつけるために、大きな空気抵抗と車輪の摩擦抵抗に、打ち勝って速く滑走しなければならない。この時操縦士は、翼を最大に広げエンジンを最大の出力にして、その全能力を発揮するのである。滑走の途中で出力の出し惜しみなどすると、浮上は勿論、オーバーランして大事故を起こすのである。
 また他の例として、台風対策を上げてみよう。初めのうちは風速もそれほどでないにしても、大型台風が近づいてくるに従って、構造物に台風対策をする。そのとき実際に来襲する最大の風速に持ち堪える対策を講じてなければ、すべては吹き飛ばされてしまう。難しいのはその最大の風速を事前に予想することである。
 この章では、仕事を遂行する上において、実際にはいろいろの困難に遭遇するが、その困難に打ち勝つ遂行能力を、最適のときに発揮することの重要性を述べたものである。
 先制攻撃とか、一気加勢とか、脱兎のごとく、と表現されるように、その当初に全力を発揮する場合もあれば、事前に準備や、力の蓄積をやって、一番よい時に、一気に山を乗り越えるという方法もあろう。その時その時の担当する仕事の内容によって、その遂行計画が異なってくるであろう。 いずれにしても、
(1)ハンプより小さい力では、幾ら時間を掛けても乗り越えられない。
(2)ハンプを乗り越えさえすれば後は比較的楽である。
と言う事ができる。
 筆者は以上のことを、いつも山登りについて連想する。峠を越えるにはそれだけの、体力が必要であり、頂上を極めれば、後は下り坂でありたやすく下れる。



第8章       概念の理解
 
 会社というところは、各個人よりも大きなところで、物事が流れているのである。いわゆる大勢の流れるところに逆らっては、生きて行けないのである。この会社には、先にも述べたような、伝統的な流れがあり、多くの人はそれを大切に守って来て、今日の繁栄を築いてきたのである。しかし長い歴史のうちには、そのときそのときの指導者によって、その流れの支流ができ、傍流ができ、今日の様に組織が大きくなって来ると、本流と支流の区別が明確でなくなってくる。従業員の間でも、その本論を唱えるものも、異論を唱えるものも、出て来て大勢がいろいろのことを色々の角度から、その意見を述べるために、いずれがその正論か判別がつかなくなる。
 しかし大局的に、ある時間の幅でものを見て行くときには、このように異説を唱えてばかりいる者は、次第に大勢に遅れてくるものである。多くの場合この大勢に乗り遅れる者は、それがゆっくりゆっくりと進行しているために、本人は気付かずにいる場合が多い。大勢の流れを正論として取り戻すためには、現実についての深い洞察と、ものごと、特に仕事の進め方に対する、概念の認識が確かであることが是非必要である。
 以下に例題を上げながら筆者の考えを述べてゆきたい。
 
 1 押印(サイン)をする時の意味
 会社の書類には必ず印がある。担当者、主任、係長、課長補佐、課長、部長、本部長、事業部長、役員、常務、専務、副社長、社長、その他。これらが三つ乃至五つぐらい順に並び、最後に一番の責任者と思われるものが代表者として押印される。書類によって、押し印の場所や、形式が違うので、一概に述べられないけれど、筆者が言いたいことを理解してもらうために、出張申請を例にして以下に述べよう。

 
 今、会社で海外に納入した機械が故障したので、技術者を派遣してほしいと言う依頼が、客先より営業を通して来たとしよう。この担当部署で、この機械の担当者三井太郎が海外出張することになった。その場合の手続はどうするか。通常行われるのは、営業から聞いた大分課長は三井担当に、機械が壊れたので、修理に行ってこいと指示する。指示を受けた三井は、上記の出張申請書を書いて⑤を押印し、大阪係長に、大分課長に言われたので出張させてくださいと言って、④を貰って大分課長に申請書を提出する。
大分課長は③を押し、そのまま千葉部長、玉野役員にその申請書を回す。千葉部長は②玉野役員は①を押して出張申請が終了する。申請内容や、その間のやり取りは省略するとして、押し印の面からこの社内ビジネスルールを見てみると大変おかしい。
本来出張申請は、この場合大分課長が大阪係長と協議して三井担当を選定した後、大分課長が、機械修理のため三井担当を海外出張させたい旨、千葉部長経由玉野役員に申請、認可を仰ぐものである。ただし現在の会社のフォームは玉野役員の決裁となっている。筆者の考えでは、後に述べるごとく本件は大分課長の申請に対し、千葉部長が決裁をし、玉野役員の承認を取り付けるべきものである。もともとのフォームはその様になっていたが、長年のうちに役員が決裁者になったために、混乱を招いたものと思われる。考え方の基本は、大分課長の責任において三井担当に出張を命令し、その決裁を千葉部長に、さらにまた、玉野役員に承認を求めるものである。
三井担当が出張したいとか、玉野役員が決裁をして、その責任を取ると言うようなものでないこと、充分に心得ておかなければならない。
 俗説の如く海外出張経費の節減のために、出張を出来るだけ制限する目的を持って、更に上級者の許可を得なければならない様に、手続づきを難しくすると言う姑息な考では駄目である。
 従って、三井担当は⑤の押印をすべきでないし、大阪係長は三井担当でこの機械の修理ができるかどうかを判断して④を、大分課長はその責任において三井担当の出張を申請し③を、また千葉部長は当該部全般の配慮の基にこの出張を決裁し②を、玉野役員は千葉部長の決裁事項をやっても宜しいと言う承認を行う意味で①を行うのである。この例のように、会社のあらゆる書類の、押し印や、サインはかならずそれがどんな意味や、認識のもとで行われるのか明確にしなければならない。

 
 2 申請と認可
 申請とは、会社では下のものが上に対し、会社の諸規則に定められている事項について、やらせて下さいと申立てるものである。上はこの申請に対し、必ず認可するのか、不可なのかの通知をしなければならない。ここで注意すべきことは、下の者は規則や取決めで決められた以外のことを申請してはならないのである。それは提案とか、意見具申、検討依頼と言う形で行われなければならない。この場合は必ずしも上からの解答はない。
上は申請があったなら、それが会社の諸規則に合致しているか、また申請内容に誤りがないかなどを検討し、下の者にその結論として認可、不認可の通知をしなければならない。個人の判断で認可したりしなかったりしてはならない。また認可、不認可の理由を述べる必要はない。現実には申請にすべきか、提案にすべきかの区別を間違えたり、申請先を誤ったり、申請を認可すべき立場の人が、またその上に申請してみたり、また認可と決裁を取り間違えたりする混乱が起こっているのである。ある部下が自分の個人的アイデアを申請書の様式で上に申し立て、上から拒否されて自分の上司の不能力や、決断力の欠如を非難して、周囲に不平を言っている例を見掛けるであろう。そんな事は分かっていると言う読者も多いと思うが、例えば優秀な部下がある日突然、非常に有望で条件の良い案件を、受注させてほしいとその上司に申請してきたとしよう。このような場合この会社で的確に処理できているであろうか。
 要するに、下の者が申請すべき事項であるかどうかの判断と、上のものが規則にしたがって(個人的判断でなく)それを処理することができているかどうかである。
 
 3 提案と採用
 会社には提案制度がある。日常業務を遂行しているとき、それぞれがその業務を通して、得られた経験を基にして会社に対して提案して行く制度である。これは一般に改善提案と称して、どの会社でも行われている。提案も申請と同様に、下のものが上に対して行うものである。それは主に会社の現実の諸規則や、習慣にしたがて行われている仕事のやり方について、より効率の良い方法を自分の上司に提案するものである。会社の中には、それぞれの組織と言うものがあって、提案は自分及び自分の所属する部署の業務に関係するもの以外は提案してはならないのである。(全社的に改善提案を募集する場合は別であるが)
 ここで重要なのは、提案とは自分の案(考え)を上に提出したものであるから、案自体が、自分の手を離れ向こうに行ってしまったので、それがどの様に処理されようが、もはや提案者の云々するところでないと考えなけばならない。すなわちそれが採用されようが、されまいが、提案者は何ら意見を述べることは出来ないのである。したがって、採用の有無は必ずしも通知されない。
 そこで問題となるのは、提案者が自分の提案が採用されないときに、いろいろと文句を言い、挙げ句の果ては提案先の上司の無能力を非難する。反対に提案者側でも、上記のように採用の可否について責任のないことをよいことに、いわゆる無責任な提案のしとばしをして、その売名行為や評論家的自己満足に走る危険がある。また一方で、その提案が採用された後も、同僚、上司、会社も提案者に対しその提案事項について、責任を負わせることが行われる。平たいことで言えば、[お前が言い出したことだから、おまえが責任を取れと云う具合である]これでは爾後提案する人がなくなってくるのは当然である。
 提案制度のもう一つの間題は、他人または他部署の業務内容に就いて、提案することである。岡目八目と言って、他人のやっていることがよく目にはいり、ああせよ、こうせよ、といろいろ節介の形で介入してくる。さす画は、提案書の形ではなく提言ないし言葉でなされる。[おまえのところはやり方が悪い、この様にせないかん]
と言った例である。 提案という言葉の概念が、十分に認識されてない場合には、その責任の所在が明確にされないと言う理由で、会社にとっては両刃の剣である。会社の長と言う名の職位のつく人は、改善提案を単に部下のする事だと言う具合に考えず、真剣に取り組むべきである。

 
 4 連絡、通報、通知
 現在は情報の社会である。情報の伝達如何が会社の生命を決めるとまで言われている。連絡は双方往復の伝達であり、通報、通知は一方通行の伝達で、通報は相手先の不特定な場合で、通知は相手先の定まったものである。したがて、連絡の場合は原則として相手への伝達が確認されるが、他の場合はそれがない。
筆者は会社中で、「そんな事は聞いてないので知らん」「それならそれと最初から言ってくれればよかったに」と言うことを何回聞いたことか「言うた言わぬ」の議論を何回したことか。現場で仕事をしていたときも、事務所で仕事をしていたときも、この情報の伝達の行き違いで幾ら苦労したことか。
極言すれば、すべて仕事が失敗したときの原因は、この情報伝達の不備であった。それは連絡と通知の間違いであったり、通報と通知の違いによるものであった。伝達のメディアが発達した今日に於いては、ある程度改善されたとはいえ、基本の概念が認識されてないところでは、初歩的誤りは未だ繰り返えされていると思う。

 具体的例を挙げて、問題の焦点を掴まえよう。
 A部書から、B部署へ書類を送ったことを電話で連絡してきたB部署の者はこれを通知と間違えその書類が到着しても、何等A部署へ連絡しない。またA部書から書類を送ったと通知しておきながら、受け取ったと、連絡がないことに文句を言う。現場の事務所から、今日は雨が強く降るので注意するようにと放送した。事務所の人間はその通報で、現場全員にその放送が伝わっていると錯覚し大きな事故を起こす。
 情報を出すものの側と、それを受け取る側に、意見の相違や立場の違いがあるときは、情報の伝達は一層複雑になる。情報伝達の手段として、連絡、通報、通知がある。これらの概念をよく認識して、前近代的な仕事のミスを早く一掃すべきである。

 
 5 職務、義務
 職務とは仕事上の義務を言い、義務とは人間としてのやらねばならぬ務めである。会社の中には、トップからポットムまですべての者に職務が課せられている。すなわち、自分でやらねばならぬ仕事であって、それを他人に転嫁できないものである。人間として生きて行く為には果たさなければならない義務があるごとく、会社である以上職務は果たさなければならないのである。
 この会社に於けるこの問題は、自分の職務を自覚すると言うより、それを他人に転嫁しようとすることである。その最大の原因は、それぞれの職務が明確に規定されてないことである。職務の概念がなにやら十分に理解されぬまま、自分勝手に自分の職務を決めてしまう。これは職位や、仕事に対する責任感が大きく関係し、従来からこの会社では曖昧にされてきた部分である。
 〇〇部長と言えば、誰がその職の部長に就こうが、その職務は決まっているのである。そして、その職の部長は、最低限その職務は果さなければならないのである。
 しかしながら、一般に新任された部長は職務の概念が理解されてないために、前任者のやって来たことに関係なく、自己流の解釈で自分の職務と言うものを決めてしまう。この会社ではこんな習慣が長いこと続いているものだから、個性的な職場雰囲気が非常に強い。とくに人間としての義務感に劣る人が、その職に就いたときはその職場は機能しない。決められた職務の上に自分の人格や、経験を通して、現実の仕事を高めて行くのが本来の姿である。


 6 責任と権限                             
責任と権限の問題も、日常よく使われる言葉であるが、この会社ではその概念の理解が十分にできてない責任の概念には、積極的に自分の仕事を完成させる、即ち職務を果たすと言う責務が優先するはずなのに、いたずらに仕事を失敗したときの処罰に関連して考えがちである。何か事故が起こると、その責任者は誰か、という具合にとらえる例が多い。また権限がないのに責任は取れないなどと表現することが多い。したがって、大きな士事をするときは、その責任者は必死で一生懸命仕事するのに、それ以外の人間は無責任な発言をしたり、気安く横で覗いている。責任を持ってやると言う事は、自分の職位、及び会社生命をかけて全身全霊その仕事に当たる、そして不幸にしてその仕事が失敗した場合、辞職、退職致しますということである。それ程真剣にやると言う意志の表現であって、実際には仕事に失敗したときの処罰は、会社が決めることであって本人が決めることでない。よく辞表を書くなどと言うことがあるが、仕事に失敗した場合本人に辞表を書くような権限はないのである。処罰はすべて、会社の懲罰委員会で決められるのである。 責任とは、自分のすべてを賭けてやると言う自分の義務を明確にするためのものであって、力の出し惜しみや、仕事の一部を他へ転嫁させない様に自分を戒めるものである。「責任を持ってやる]など豪語するのは単にゼスチャーにすぎない。もっと自分に厳しいものと了解する必要がある。よくこの会社では、[責任は自分が取ってやるから、心配せずに頑張ってやってくれ、と部下に言って、自分は何もせず部下に任せてしまう管理者がいる。そんな管理者が英雄視される前近代性がいまだ残っているのである。
 権限とは、その職位について、職務を遂行して行く上で最低限必要な、決定権、命令権、指示権といったものを言うのである。したがって、なにからなにまで、会社から権限を委譲されたものでない。管理者がこのことを理解せずに、その奢った権限を振り回すことが最も危険なところである。

 
 7 部署間の協議
 個人では仕事ができないごとく、会社では単一の職場では仕事は出来ない。部署間で、情報のやり取りをはじめ、仕事遂行上の協力、仕事の境界線の部分の打ち合せなどを会社の組織と、その所掌分担に従って行うのが協議である。この協議制度があるのは、この会社の伝統的に優れたところである。この協議は職制の上下に関係なく、それぞれの職位間で自由に行なわれる。いわゆる社内交渉であり、部署間の協調制度である。
 最近は、この制度が十分に生かされず、自分に与えられた仕事のみに精励し、他の部署との交渉を一ランク上の職位に任す傾向にある。協議に於いて部署間の利害が対立したり、自分の所掌範囲を少なくしたり、成績を良くすると言う配慮から、この協議制度が利用されない。今この会社での大きな問題は各事業部間の壁である。これについては別に記述する機会があるかと思うが、この壁を少しでも取り除く方法はこの協議制度である。

 
 8 命令と報告
 命令とは直ちに実行、その当不当を論じ、質問するをゆるさず。すなわち命令が出されたら、なにをさて置いて直ちにそれを実行しなければならない。その命令の内容が、正しいか、間違っているかを、命令者と、命令されたものとの間で議論をしたり、また命令されたものは、命令についてあれこれと質問してはならないのである。こんな話は現在の若い人には通用しないであろう。
 命令を受けたらよくその内容を確かめて、それが可能かどうか事前に検討して、可能な場合に引き受けるべきである。と言うのが常識的なところであろう。何故なら会社の多くの命令が、その結果責任を命令を実行したものに課せようとするからである。会社の仕事は、競争相手の他社と勝つか負けるかの熾烈な戦争である。このように会社の中で議論をしている間に戦争に負けてしまう。とにかく命令を発するものも、それを受けるものも、命令の内容について誤解や疑問のないような方法を常日頃体得して置くことが重要である。
命令は必ず報告が伴う。すなわち命令や、指示ないし権限の委譲があった場合には、必ず報告をしなければならない。報告はその途中経過の要所要所と最終結果で行われる。また報告は必ず命令を発した人に、直接なされなければならない。第三者や、全然関係のない人に報告してはならない。さらに報告は命令されたことのみについて行い、命令をされない人に、また命令されない内容について報告をしてはいけないのである。命令もされないのに報告するのは、告げ口と言って物事を混乱さす元である。
 命令の内で、ややこしいのが、命令者と受令者が一体一でない場合である。複数の命令者が、一人に命令するときである。また一人の命令者が、多数の人に命令するときである。例えば、一つの命令を課長と係長が担当者一人にするときや、事業部長が工場に工事命令を発するようなときである。極端な例として、課長が係長に、担当者に何々を行うように言っておけ、と命令することがある。直接命令でなく間接命令である。報告でも担当者が係長に、課長からこれこれの命令を受けたが、実行して置いたので、係長から報告して置いて下さい、と言う。即ちこれは間接報告である。
 組織の中の人間関係や、習慣がきちっと出来てない場合には、こんなことが起こるのである。例えば係長が、今日は病気で会社を休むので、そのように課長に報告しておいて呉れと事務係りの女の子に頼む、こんな例は数知れなくある。
 他に命令が転嫁される場合がある。例えば、自分が上から命令されたとき、それをそのまま自分の下のものに命令するのである。他に命令の消去というのもある。ある者が命令されたとき、それをやりたくないとき、命令をしたものと違う人、通常は命令をした人より一階級上の人のところに行き、これこれの命令をうけたが、やらなくてもよいと言うことを言ってもらう。或いは反対の意見を持っている人とかに相談に行き、やらなくても良いと言う御墨付きを貰う。
 会社の組織とは、命令指示系統を明確にするものである、と定義することができる。命令報告の概念を明確にし、これらの混乱を無くすることがなにを置いても最重要なことである。命令するものと、されるものとの真剣勝負が命令である。
 もう一つ命令の重要な概念は、命令するものは、命令されたものがベストを尽くしてやる限り、その結果責任を取るべきであり、命令されたものは、その結果責任を恐れて、実行を回避するようなことが絶対にあってはならない。

 
 9 改正、変更、訂正
 改正、変更、訂正は特に設計作業で問題となる。改正は少なくとも現状より、正しく改める事であり、変更は改正も訂正も含むが、少なくともその方針、或いは考え方の基礎となるものを変える事である。訂正は、明らかに誤りのある事を正しく直すことである。 この会社ではこのような区別もなく、何も彼も改正で済ます習慣がある。大きな仕事をしていれば途中の間では、いろいろの改正、変更、訂正の必要性が出る。設計作業はもとより、各種書類、命令指示事項でも、改正、変更、訂正があるのは当然である。しかし、これらの概念の認識が曖昧であり、それぞれが、思い思いに改正通知や変更通知を出して仕事をしているのである。社内でこれらに対する真剣な討議が今までに行われて来たであろうか。例えば改正図があったとしよう。それらには、本図と同じように設計課長や設計部長のサインが為されているだろうか。
 およそ、コストを最重要視する製造業で、改正変更が及ぼすその影響をどうして無視することができるであろぅか。これらを少しでも少なくするための基礎は、これらに関するその概念の認識を改める事である。


 以上の他にも、仕事を進めて行くにあったて、その手段、方法があり、それらを色々組み合わせて、最も効率的に進めているのである。その場合に一番大事なことは、これらの概念に対する認識が、この会社全体で統一されていることである。一人一人が勝手な解釈で、自分一人の理論で、自分の仕事の不出来をイクスキューズばかりしているようでは、この会社の将来は有り得ないし、またその個人にとっても人格の仕事をしたと言う誇りが失われるであう。
 筆者の心配することは、このような基本の概念の理解に対し、会社全体が、余り関心を示さないことであり、少し言えば、そんなことは判っている、そんなことは問題でないと言って、これらから回避しようとすることである。
 自分で判っている積もりでも、日常の仕事に於いて、これらの認識に自信を持ってないと、いたずらに責任回避や、他人の中傷に走り、知らず知らずのうちに深い誤りに陥るのである。



第9章       情報の伝達

 
 情報の伝達のルールを間違えることが、会社の中に大きな混乱を起こす。一つの情報が発生し、それが対象相手に伝達され、やりとりが行われたのちに、関係部署へ連絡されるとき、その情報が或るところで若し誤った場所に伝えられると、それが次第に成長して、複雑になって行く。会社と言うところは大勢の人によって仕事が進められるので、その組織の網の目に従い情報はどんどんと広がって行く。情報の伝達をコントロールする機構がないと、組織もまた機能しない。これは非常に難しい問題でその特効薬は見出せない。それでも現実の現象をよく観察し、個々の人が情報というものに対し、十分な理解を持っていればなんとか旨くいく。 問題は先に述べたように、組織の中で自己流に動く分子がおり、いわゆるルールを無視し、個人プレーをする人間がいることである。
 具体的例を挙げよう。或る営業部の中で客先からの有望な情報を得たとしよう。その情報を得た部員は、いつもの自分の直接の上司の部長に伝達するのでなく、出来るだけ部長より上位の、例えば営業担当役員に伝えよう
とする。役員はその部員を優秀だと可愛がり、その情報をさらに上部へと伝えていく。トップまで行ったときトップは当然この情報は、それぞれ組織の責任者には伝達されているものと理解する。その情報が会社の中で実現化していく過程で、或るものは知っており、ある者は知ってなく、実務の過程で大混乱をおこす。これはこの部員の売名行為が原因している。この他にも幾多の例があるが、反対に、余り気配りをし過ぎて、情報を伝達する必要のないところに情報が伝えられて、不必要な混乱を起こすこともよくある。会社の中で、
       言うてある、聞いてない。
       それならそれとはっきり言うべきだ。
       そんなこと言わなくても判っているはずだ。
       前に言うた事と今度のとは違う。
       誤解だ、聞き違いだ。
       そんなこと言うはずがない。
 このような伝達に関する行き違いは、数え切れないくらいある。此の事実をどのように解決するか。すべて情報の伝達は書類で行なうとか、コンピュータのデータベースを一元化する、など色々の方法が採られてきている。いずれも効果を挙げているかもしれないが、問題の根本に踏み込まざる限り永久に解決しない。
 すなわち、情報の問題は究極のところ人間性である。仕事をやる人間の人格の問題である。理想的には情報伝達の人格化と言う事になるが、情報を伝達する双方が人間的に、信頼関係で繋がっていることが、それを確実なものにする前提条件である。相手側をまったく信用してない状態で、幾ら厳密な文章にて情報を伝えても、そこには文章の読み違い、言葉尻の批判、感情的な反対意識などが働いて、正確に発信者の意思が通じない。
 この事は単に社内の情報のやり取りだけで無く、客先を含めた社外との情報伝達においても考えられることである。普段から、双方の人格的な繋がりを、会社の上下関係、同僚関係、さらには社外関係において築いておくことが重要である。
 さらにまた、そのような関係は今までの情報伝達の実績で生まれてくる。すなわち自分の伝達することは間違いがないと言う実績が、相手との信頼関係を強いものにするのである。会社の中でもある人の言うことは直ぐ伝わるのに、ある人の言う事は、何時も問題が起こるというような現象がよくある。これはその根本を訪ねてみると、やはり人間関係が大きく影響している。
 情報の伝達は会社の中で非常に重要である。大きな組織の中で、それそれの仕事を分業してやっている現状では、それをいかに立派な情報のメディアで行なっても、人間と人間の人格が信頼されてない場合には、それぞれの事業部間や、職場間の、テリトリ、利害関係があって、情報伝達方法は勿論その内容の解釈も正確に行われないのである。
具体的に情報の伝達を社内で確実にする方法として、次の三点を挙げておく。参考にされたい。
 (1)伝達するべき相手を間違えぬ事。
  相手が、社内のどんな職位の人であろうと、その返事、回答(情報)はかならず、情報を与えられた人に行うのが原則である。例えば、もし社長から直接言われたら、何も遠慮せず直接社長に返事すべきであり、また自分のまったく面識のない人から尋ねられても、その回答はその人にすべきである。
 自分がものを尋ねる場合、その相手の選び方が重要である。会社の中では、その仕事に一番関係している人に尋ねるべきである。相手がその内容を知っているか知っていないかに関係なく、その職場の、課長(部長)に照会すべきである。
 情報伝達の混乱の最初のきっかけは、相手先を間違った場合である。これは単なる間違では済まされず、後々の人間関係にまで発展する。                    

 (2)出来るだけFAXを使い、文章は俗語でも構わないが、箇条書きにし、自分の意思をはっきり書く。言葉での表現が難しいときは、絵やマジックを使っても、相手に分かるように伝える。社内の情報の伝達であるので、体裁や、形式、自分の表現力の誇示は考えなくてよい。出来れば要点は線で囲むか、要点は・・・、  結論は・・・と言う具合に別項目に書く。最近は字が下手だとかでワープロで書く人がいるが、形式に囚われ過ぎて、発信者の個性が現れず効果が少ないときがある。

 (3)非常に残念な事であるが、この会社では自分より上の人からの情報は、詳しく読もうとするが、自分より下からの情報は、根性を入れて読もうとしない。また立場たちばで、それぞれ先入観があり、書類の解釈の仕方が偏重する。従って情報を出すときは、相手に十分理解されないことを覚悟しなければならないし、情報を受けた場合は少なくとも数回はそれを読み、相手の真意がとこにあるか紙面外の意思も読み取る気持ちでなければならない。

この章の結論として言いたい事は、先ほど述べたように、言うた、言わぬの議論でなしに、もっと積極的に、自分の仕事を進めるのだという強い意志と人格を持って、相手に情報を伝達するのだという信念がないと如何なる伝達手段を持ってしても旨いこといかぬと言う事である。



第10章      経験の蓄積
 
 会社の中で仕事を進めて行くときに考えなければならないことは、すべての仕事はグループで行われると言う事である。どんな小さな仕事も、その職場内か、他の職場のものと共同で行われるものであって、決して個人で行われるものでない。組織と云うものがある以上、それに従わなければ会社の日常業務は何一つ成就しないのである。問題は、最近のように人員が少なくなり、小規模の仕事の案件が多くなると、どの職場も担当者毎に仕事を割り振り、それぞれの仕事が細かい単位で、個人ごとに進められるようになる。担当者を統括する、課長や部長自身が担当業務を持ち、各個人の面倒まで見るわけにはいかないのである。従って仕事単位で見た場合、ほとんど書類の作成から決裁実施まで個人業務となりつつある。
 個人単位のノルマ的方法の方が、仕事を進めていく上で効率が良く、また責任の所在もはっきりして、最近の若い人には好かれる。また世の中が個人主義に変わりつつ在り、同じ職場の中にあっても、それぞれのテリトリを決めたがる傾向にあるのはある程度仕方ないのである。
 また一方で、管理者の方も個々の職場の一人一人を指導し、そのリーダーシップを発揮して行く能力に欠け、一方で、職場の個人はその仕事について専属的に担当するところから、自信過剰となり、ともすると上の指導を必要とせず個人プレイを行おうとする。この傾向は、時代が進むにしたがって益々大きくなって行くであろうが、必ずしも全面的に否定すべきものでない。


 唯問題は経験の蓄積であり、進歩改善に対する消極性である。会社に於けるすべての仕事は過去の経験の上になり立ち、それを蓄積するところに成り立っている。それが個人の単位として蓄積されるか、職場の単位として保存されるかである。個々の仕事を通して得られた経験は、会社及びその個人の大きな財産である。個人の経験は、その個人がクローズしているかぎり何等職場にとって価値なく、またその個人が会社を辞めていった場合は、残るものは皆無となってしまう。
 経験をどの様に会社に蓄積して行くかの問題は非常に重要である。経験は実際の体験を伴うものであって、文章や言い伝えでは経験そのものの肝心なところ、すなわち経験の真の理解されるべきものが、後々まで蓄積されることができない。そのことを実際にやって、その体験の中に、苦労したことや克服すべき難問の解決を、どの様にしたかと云う具体的なことを、会社の中に蓄積しなければならない。
 一般に経験は伝達できないと云う。伝達できないものは蓄積もできないことになる。そうであれば、経験を蓄積するためには、少なくとも複数人の組み合わせで、グループで仕事をしなければならない。先に述べたように、個人ごとの仕事の分担では、経験の蓄積という面からは非常に不利である。
 現在の各部署の長は自分の職場の仕事の進め方について、ある程度会社から任されているが、その根本の概念は部下に仕事を分担させるか、グループ化させるかである。もっと突っ込んで言うならば、ピラミット組織で、与えられた仕事と担当者を、一体一で組み合わせてやるか、そのときごとのプロジェクトを組み、グループでやるかと言うことに尽きる。仕事が定常的に受注され、能率を上げて生産さえすれば、製品がどんどん売れて行くようなときには、或いは殆ど経験など必要のない単純作業の繰り返しで生産量さえ増大していけば、充分なり立つような職場では、前者の方が良いが、そうでない職場に於いては、分散されようとする個々の経験を結集して行くプロジェクト方式がよい。
 要するに、会社全体のそれぞれの部門の長が、仕事の進め方について、確固たる信念を持って、現状をどの様に改革して行くかと言う事である。昔からこの様にやってきたので、それを踏襲して行くのが、一番安全だと云うようなのでは駄目である。
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