マダム・クニコの映画解体新書

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無花果の顔/見えないものこそ

2007-01-12 | 映画分析
 不思議な作品である。観ている最中も、観た後も、奇妙な気分に浸される。
 目に見えるものと見えないもの、生と死、現在と過去、自己と他者、女と男、人間と動物・・・。
 これらをすべて同じ位置から捉えた、”境界のない感覚”とでもいおうか。

goo 映画 
 
 「無花果」という字は、花を咲かせずに実をつけることから来た。
 しかし、実際には、外から見えないだけで、初夏になると、花嚢という実のように見えるものの内部に小さな無数の花をつける。
 花には雌雄があり、一つの花嚢に両方の花をつける。秋に熟する果実は、果肉ではなく花托(かたく)である。

 私たちは目に見えるものだけを信じがちだ。
 だが、見えないものの中にこそ、大切なものがいっぱい潜んでいる。
 そういう価値観を持って、男も女も同一化への欲望を乗り越えて対等に愛を育み、実らせ、次代に繋いでいこう・・・。
 本作のタイトルにはそんなテーマが込められている。
 この家の無花果の木は、植えられる場所が変わっても、ずっと家族を見守っているのだ。

 冒頭、敷居を跨いで寝ている父と子のシーンがある。この父親は後日、建設現場で突然死するが、家に移送されても、普段の服装のまま敷居を跨いで寝かされる。
 この反復は、生と死の境界がないことを表している。

ある夜、 家族の団らんの食卓から、1人消え、2人消えして、母親だけが残った。ふと庭を見ると、娘が記念撮影用に、無花果の木にぶら下げたカメラがいつまでも揺れている。
 家族という他者に同一化していた母親が初めて孤独を感じ、自己と他者の間で宙吊りになったのだ。

 父親は仕事のため、短期間の1人住まいを始め、隣の窓の女に懸想する。
 娘が父のアパートを訪ねた時、隣との隙間から物を落下させると、突然アニメの蟻が現れ、落下物を巡って言い争いになる。
 これは、人生には突然予測不可能なことが起こることを暗示している。

別々に暮らしている父と母。
 しかし、カットバックされる2人の寝姿は同じ形であり、父が雨の中の金魚を観ながらコップ酒を飲む時、母は無花果の木にホースで水やりをしている。
 この反復は、自己と他者の同一化を示し、愛で潤っているという幻想を表現している。父は目に見えないところで、他の女を追いかけているのに・・・。

 ある日、父は仕事中にあっけなく死に、母は喪の作業をすることになる。
 愛する者を失った悲しみは、 1衝撃、 2否認、 3パニック&怒り、 4抑鬱&精神的混乱、 5死別の受容というプロセスを持つ。

母は衝撃のあまり、父の死を認められない。
  彼女はパニック状態に陥って、通夜にはしゃぎ、火葬場では「待った」をかけ、死後も父の帰りを待ち、彼の好物を作り続ける。
 生と死の区別ができない日々。過去と現在が錯綜する・・・。

 そして遂に、母と娘は父の残したタバコを吸ってカラにする。母は風呂場で「水がない」と言いながらローソクを灯して、喪の作業を終える。
 「水」は、前述のように、同一化のメタファー であるから、夫との同一化は終了したのだろう。

 ここで突如、新たな展開がある。
 人生には予測不可能なできごとがつきものなのだ。

 母娘はマンションに転居するが、母は勤め先の居酒屋の主人と再婚。母の新居に無花果の木を移植し、根元に父の遺品を埋める。
 娘はフリーライターになり、未婚の母となる。

ところが現実は、母は喪の作業を完全には終えていなかったのだ。
 毎日、うつろな目で無花果の木の根元を見つめている母。

 彼女は、悲哀のプロセスの 4、「抑鬱&精神的混乱」をきたしていたのだった。胎児のように、孫のベビーベッドで眠り、新しい父に背負われて帰っていく。

 母は、生死、現在と過去、老若、男女、自己と他者が判別できないのだ。
人間の業である同一化への願望を昇華しないと、他者の死も自己の死も受容することはできないのである。
 新しい父は、娘に無花果の木を見に来るように誘う。

 その夜、無花果の木はなぜか白い花をつけた。
団らんのちゃぶ台には誰の姿もなかった。
 1人縁側に腰を下ろす娘・・・。

 無花果は目に見える花をつけるのか?
 この庭のある場所はどこなのか?

  幻想的なシーンで幕が閉じる。

エンドロールに挿入されるシーンは、さらに不可解だ。
 2人の父と、母と息子と娘が、最初のシーンの団らんの食卓と同じ料理のフォンデューを食べている 。
 そして、その時と同じように息子が消え、次に新しい父が消え、父と母、幼い娘の3人が残る。
 この娘は孫だろうか?
 すべてが曖昧のままに画面は暗転する。

 人は、他者との同一化への欲求を捨てきれず、”家族”という対幻想を再生産し続ける。
 いつまでもメランコリーの只中にいる人間の哀しみ・・・。
  観る人の感覚を信頼する桃井かおり監督のテーマ描写が冴えている。

色彩、インテリア、衣装、小道具が鮮やかですばらしい。
 カメラのアングルも自由自在で、映像ならではの心象風景を活写している。
 余韻が楽しめる 秀作だ。次作も期待したい。
★★★★(★5つで満点) 



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9 コメント

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初めまして。 (masala)
2007-01-13 12:27:53
こんにちは、masalaと申します。
TBありがとうございます。
クニコさんのブログを読ませて頂きました。
「無花果の花」を良くここまで深く掘り下げて読み解いていて感動しました。
私は、本作は苦手なタイプの作品で根本的にを理解する事を放棄していた様に思います、自分の未熟さ反省しました。
今後共「e-mono select」を宜しくお願いします。
TBありがとうございました。 (サトウノリコ)
2007-01-13 13:11:52
こちらの解説文を観て、こんなに深い意味がこの映画にあったんだなと思いました。
読んでいくウチにあの映像が浮かんできて、確かにそうだったなあと納得しました。
私の読みは完全に浅かったんだなと…
こちらもブログを拝見して良かったです^^どうもありがとうございました。TBさせて頂きますね。
Unknown (タケ)
2007-01-13 18:19:07
TBありがとうございました。
感想文を読み、ここまで深く考えられていた作品だったんだなと驚きました。
この感想文を読んだあと自分の感想文を見ると幼稚だなーと実感します。
ただ、、その幼稚な感じ方が今の自分のこの無花果の花に対する価値観なんだとも思います。映画に対する新たな見方を感じました。
TBありがとうございました (ミチ)
2007-01-13 20:04:26
こんばんは♪
マダムクニコさんのレビューを読ませていただくといろんな場面に意味があることがよく分かりました。
タイトルの意味も。
女として、女優として、培ってきた桃井かおりの感性を表すチャンス(第二作)はあるのでしょうか。
すごい! (mach)
2007-01-15 09:45:25
 TBありがとうございます。
 この映画をここまで理解してくれる観客がいたとは監督も思わなかったと思います。監督冥利に尽きるかと・・・。
 逆に「ああそうなのか、そんな見方もあるのか」と桃井さん自身がこれを読むと感心するかも知れません。
TBありがとうございました (ハル)
2007-01-15 22:21:13
すごく深みのあるレビューで感動しました。
映画って人それぞれ捉え方があって面白いですよね。そういう見方もあるのかとまた新たな発見になります。
エンドロール、私も不思議で面白いシーンだと思いました。
TBありがとうございました ()
2007-01-16 12:51:01
久々に 感想を読ませて頂きました。
なるほど・・・
そこまでの 読み込みもできるのですね・・
私はまだお正月気分で観たため(笑)
あまり考えませんでした。
ところでエンドロールのときの画像は
単なる お客様サービスだと思ったのですが・・・汗
こちらからもTBさせていただきます♪
TBありがとうございます (ちあき)
2007-01-24 12:13:03
はじめまして。
自分のblogを読み直していたらTB頂いていたのに
気付きお邪魔しました。
びっくりしました。
桃井監督と対談でもされたのかと思うくらいに
深い感想に嬉しくなりました。
今の時代は、人は見えるものだけに反応しがちで
だけど本当に大切なものは、目で確認できない物が
とても多い・・・・・
そういった意味からしても桃井監督の感性はすごいと
私も思います。
私もTBさせて頂きます。
TBありがとうございました (うっちー)
2007-01-28 21:43:16
まるで映画のパンフレットに載っていてもおかしくない深い洞察の記事ですね。
自分は「おちゃらけた」感想しか書いてないから目から鱗です(爆)
他の記事も拝見させていただきます。

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