塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

コール元ドイツ首相の訃報に関して

2017-06-17 01:05:46 | 日記
 先ほど、コール元ドイツ首相が他界したという速報が流れました。

 東西ドイツの統一の先頭に立った人物からすれば、ブラジル・ワールドカップで「統一」ドイツが優勝したことは、感慨深い出来事だったと思います。

 1990年のワールドカップの時は、まだ「西」ドイツ代表としての出場でしたし、東ドイツ代表との実力差は歴然でした。

 東ドイツ出身選手にも、1996年バロンドールのマティアス・ザマーのような、優れた選手が存在していましたが、統一ドイツの主力は西ドイツ生まれの選手たちでした。

 しかし、もう東西ドイツが語られる場面そのものが、サッカーでも現実社会でも少なくなりました。

 語り草なのは1974年のワールドカップですよね。

 1・司令塔の座をオベラートと争っていたネッツアーが、東ドイツ戦に出場するも試合に敗れ、以後彼は出場機会を失う
 2・ネッツアーがバイエルンではなく、ボルシアMG所属のため、意図的な配慮があった

 など、この東ドイツ戦は憶測を呼びました。

 ただ変わらないのはアディダスがジャージの提供をしているという点のみ、かもしれません。

 90年代のリベロ・スタイルの停滞
 更に混迷を深めた2000年代前半
 レーブが主導した2000年代中期からの快進撃

 を思うと、強国が強国であり続けるには、時に潔く従来の方法論(リベロの3-5-2)を捨てなくてはいけないのだと、改めて痛感します。

 ブンデスリーガの熱狂度は変わりませんが、そこに日本人選手が数多く加わるようになりました。

 90年の優勝時、クリンスマン、ブレーメにマテウスはインテルに在籍し、フェラーはローマ、へスラーとメラーはユヴェントス、というように、主力が海外で活躍していました。

 現在のドイツ代表は国内でほとんどプレイしていますが、それだけブンデスリーガが魅力的という意味なのでしょうね。
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