塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

自分で脳みそを回転させて任務遂行した暁には

2016-10-14 06:10:52 | 日記
 自分の部署に責任者がいるといないでは大違い、という時は誰にでもあると思います。

 大学時代、僕も人気漫画「エヴァンゲリオン」を読んでみましたが、確かその中に

 「責任者は高い給料をもらっているからこそ責任者なのだ」

 というセリフがあったと記憶しています。

 僕は確かに責任者がいた方がよい場面はあると思いますが、その場面はむしろ少数であり、責任者がいない方が命令(言い換えれば監視ともいえる)がなく、仕事がやりやすいと思います。

 つまり自分で自分に責任を負う

 「自由裁量」

 がそこには生じ、良い結果、方法を生み出すために脳みそはめまぐるしく回転し、集中力はすこぶる高まります。

 サッカーでいえば

 「戦術的アナーキー」

 と呼べるものでしょうか。

 確かに戦術を守ることは、選手に与えられたタスクであり尊重すべき物です。

 一方でその戦術が開始わずかで崩れてしまう、つまり相手がスカウティングにはなかった作戦を見せたとき、早々と失点したときなど、選手が知恵を出し合い良い方向に舵を取らねばなりません。

 自由裁量とはいえ、翌日にはその結果が覆っていることは多々あり、不信任を突きつけられることはしょっちゅうです。

 「ああ、きっとこのやり方も批判されるのだろう」  

 という不安と対峙しながら作業を行うわけですが、選手がリスクを背負うのだから、僕も背負ってみようという気にもなります。

 自分で必死に考え、それでも出来ないことと批判や罵りを恐れて動かないことは、やはり別物と言わざるを得ません。
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