塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

別れの際に思う感情

2017-02-22 01:03:20 | 日記
 僕の部署で先日定年退職を迎えた方がいました。

 業務で難しいのは

 「年齢は下だが上司にあたる」
 「入社は向こうが先だが、職位は自分が上」

 という時ですよね。

 サッカーでも近年、指揮官の低年齢化が進み、たとえばヴィラス・ボアスがチェルシーのオファーを受諾した際も、やはり選手と年齢が近すぎることで、指揮系統が潤滑に進むか。

 この点は議論となりました。

 定年を迎えた方よりも僕の方が職位は上でしたが、実務経験は僕よりも豊富、ということもあり、僕のミスを幾度もはカバーしてくださったんです。

 「それは不可抗力で、自分を責めないで」
 「こんな時もあるよ」

 と穏やかに接して下さり、僕は幾度も気分的に救われたものです。

 個人的なお餞別と手紙を添えて

 「本当に感謝しています」
 「一緒に仕事ができて嬉しかったです」

 と渡したのですが、サッカーでも実生活でも、別れが潔いことは明日への糧になると言えます。

 僕は以前にも、違う部署ですが退社する方から

 「あなたと仕事ができて嬉しかった」

 とお礼を言われ、こんな僕でも役に立ったのかと有難く感じた次第です。

 もちろん、すべての別れが感傷的ではなく、形式だけの事の方が多いわけですし、僕は今の上司が転勤しても、やはり頭は下げますが、ただそれだけのことと感じます。

 人間、どこかで必ず評価してくれる人間が存在する、そう思える事で生きていきたいと思います。

 ジェイミー・バーディのようなおとぎ話が、今後もサッカーで現れることを期待しながら。
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