塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

今自分は一人である、という実感を感じる

2016-10-15 20:33:33 | 日記
 僕は本を読みます。
 
 僕は新聞を読みます。

 なぜ読むかといえば習慣である、という見方もあるのですが、単純に

 「自分がいま一人でいることを実感したいため」

 という観点もあります。

 サッカーも同様でバスに乗る、スタジアムに着いて空いている席を探す、座る、プログラムを見る、選手の練習内容を見ながら試合が始まるのを待つ。

 この間に誰かと話をすることはありません。

 それはひとりで観戦に来ていることもそうですが、僕は矛盾しているようですがサッカーの話を誰かとしたいと思う反面、ひとりでいるのが好きなんですね。

 一人でいれば少なくとも軋轢、不和をは無縁です。

 サッカーでは時に

 ファンと警備隊が真正面からぶつかる
 監督人事を巡ってファンが座り込みを行う

 という出来事が起こりますが、あれは集団で同様の考えを持つ人物がいるからこそできることで、もし行動を起こすのが自分だけならば、それらの行為には踏み切らないはずです。

 モームの代表作「月と6ペンス」において、ストリックランドは周囲の評判、悪評などを一切きにすることなく、自我を貫きます。

 僕もそれだけの肝っ玉があればよいのですが、実際はひとりでいることを好みながらも、他人の視線に恐怖を感じています。

 案外サッカーという競技を一人でみると、集団でみるよりも冷静な気分かもしれません。

 それは自分の感情を周囲に迎合する必要が無いためであり、自分の考えをまとめる時間があるためです。

 僕は今もどこかでコラムニストになりたいと思うことがありますが、それはコラムを書くという行為に関してだけは一人でいられるからですが、そこには出版社と編集者が存在します。

 でも、夢中になって意見をまとめているとき、そこに他人の視線を感じない落ち着きがあるものです、
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