塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

僕が水にケチな理由

2017-10-15 01:16:00 | 日記
 僕は毎日洗い物をします。

 でも水量は控えめ、ジャージャー威勢よく水を使うことはありません。

 「そんな水量じゃあ、茶碗や皿の汚れは落ちないぞ」
 「メーターを気にしないで、もっと使っていいぞ」

 と両親は言いますが、僕が気にしているのは料金よりも使用料にあるんです。

 これは無意識のうちにサッカーを考えているためでしょうね。

 例えば先日、日本代表に勝利してワールドカップ出場を決めたサウジアラビア。

 日本でもサウジでも「湯水のように使う」という表現がありますが、サウジでは王侯貴族はともかく、庶民からすれば水はいつの時代でも貴重品です。

 ですから日本では湯水、つまりじゃんじゃん使いたい放題と捉えられるこの言葉、サウジでは文字どおり
 
 「大切な水同様に大切に扱う」

 事を意味するのです。

 サウジだけでなく、内戦の混乱が続くイエメン、ヨルダン、そしてシリアなど、衣食住で満足のいく生活ができない中東地域で、飲料水を確保することは本当に困難でしょうし、疫病が流行らない事を願ってやみません。

 日本人は大変な風呂好きですが、確かに清潔であることは疫病の撲滅になりますし、体を休める最適の方法です。

 でも、それは日本が水産資源に恵まれ、同時に水道技術が発達しているためです。

 鹿島アントラーズのスポンサーであるリクシルが、アフリカ諸国で衛生面をサポートするため、現地住民の雇用を踏まえつつ簡易トイレを手掛けていますね。

 これもアントラーズという日本屈指の強豪を支援している賜物ではないでしょうか。

 サッカーを知れば世界が見える
 サッカーを知れば社会貢献がしたくなる

 僕らにとって当然の出来事が、諸外国では羨望のまなざしという側面、忘れてはいけませんね。
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