塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

過去と現在に語る材料はあるだろうか

2016-10-18 01:14:36 | 日記
 「モリヒコ、何やってんだよ!」

 ああ、この響きは久々に聞いた、懐かしいなあと感じました。

 小学生から中学生の時、僕は今ほど人付きあいに対して臆病ではなく、親しい間柄の友人は下の名前で「モリヒコ」と呼んでいました。

 顔みしりではない
 他のクラブでも勝手にそう呼ぶ人物がいる

 事はありましたが、それほど不快は気持ちはしませんでした。

 高校に進学し、クラスにも校風にも馴染めない僕に、一人だけ親切にしてくれる女性がいて、その女性は僕のことを「モリヒコ」と名前で呼んでくれました。

 哀れみだっただけなのか
 他に理由があったのか

 それは僕にはわかりませんが、先週土曜日、高校の同期会で20年ぶりにその女性の顔を見て、そう語りかけてくれた時のうれしさ、懐かしさはとても感慨深いものでした。

 でも、彼女は今も昔も人気者で、それほど長い時間話せたわけではありません。

 僕には当時も今も、彼女に話す材料もなかったのですが。

 かつて欧州サッカーにG14という、ビッグクラブの団体がありました。

 ユナイテッド、バルサにレアル、ミランと絢爛豪華なクラブが彩る中で、異彩を放っていたのがリヨンです。

 なぜ異彩といえば、リヨンは当時絶頂期で、リーグ1を席捲していたものの、肝心かなめのチャンピオンズ・リーグ優勝はできていませんでした。

 他のクラブはみな、ビッグイヤーに口づけをした経験を持ち、通常でしたら怯む、音頭は取らないものですが、ジャン・ミッシェル・オラスは、その野心を隠すことなく参加したものです。

 1967年のセルティックの優勝など、覚えているファンの方が少ないといえます。

 それでも彼らは選手たちを今でも「リスボン・ライオンズ」と賞賛し、語り続けています。

 それだけチャンピオンズ・リーグ優勝の意義は大きいわけですが、オラスのように風を切って歩く度胸は、僕も参考にせねばなりません。
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