塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

大人の会話は誰かを護るためにあると感じるエピソード

2017-05-18 00:10:13 | 日記
 パルセイロと同じJ3のカテゴリーで戦う藤枝MYFC。

 彼らには今季、カンボジア代表のチャン・ワタナカが加入し、カンボジア国内からも藤枝という地域がものすごく注目されています。

 カンボジアはフランスの植民地、そしてクメール・ルージュの政策など、時代の国策がその都度変化し現在に至るわけですが、ワタナカ選手の知名度と人気は国内で抜群と言われています。

 彼が藤枝で入団会見を行う際、何とカンボジアから政府首脳も来日し、クラブ関係者に対して

 「我が国の至宝を、くれぐれもぞんざいに扱わないように」

 と忠告して帰国したと聞きました。

 国の英雄を送り出す
 スポーツ選手も持つ意義と凄さ

 このエピソードからもわかりますよね。

 例えば日本政府の要人ががイチローさんがシアトルと契約する際に、

 「彼は間違いなく皆さんの戦力になりますよ」
 「得をしたのは間違いありませんね」

 くらいの事をいったならば、米国も同盟国という視点以外で日本を観察するようになったかもしれません。

 カズがジェノアの移籍する際も、現地ではスポンサーがらみの発言が多かったものです。

 政府首脳とまではいわないまでも、チャレンジする選手を庇う姿勢があったなら、カズの立ち位置はもっと穏やかな物になったのではないかと感じます。

 例えばカナダを代表するアスリート言えばウエイン・グレツキーが挙げられます。

 「氷上のマイクル・ジョーダン」
 「NHL史上最高の天才」

 と称えられた彼ですら、古巣のエドモントン・オイラーズからLAキングスに移籍する際

 「カナダの至宝を金のために米国へ売却するのか」

 と国会で審議されてほどです。

 ある意味、これこそが成熟した大人の会話ではないでしょうか。
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