塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

爆報ザ・フライデー、あの名手の現在を特集

2017-10-14 00:33:50 | 日記
 昨日放送された「爆報ザ・フライデー」を見たF・マリノスのファン、特に加茂さん率いる日産時代からのファンがどう感じたでしょうか?

 僕は2015年の時点で、木村和司さんが脳梗塞を患っていることを知らず、昨日の放送を見た形になります。

 「木村さんがF・マリノスの指揮官だったのはもう7年も前の事だったか」
 「中村がスペインから復帰したのもこのころだった」
 「スポンサーもアディダスからナイキに変更し、マリノスはクラブ時代を改革期に位置付けていたのだろうか」

 と様々なことを考え、推測しました。

 映像ではあの韓国戦のフリーキックが確認でき、カリオカと共に80年代の日本リーグをけん引した名手が、監督時代は思い悩んだ出来事が詳細に綴られていますしたね。

 F・マリノスというクラブは

 1・木村和司という、ある種の伝家の宝刀をうまく使えなかった
 2・2016シーズンの中澤への減俸提示と、中村のジュビロ移籍

 というように、監督、選手への心情をフロントがうまく持ち合わせていない印象が強いですね。

 故・松田直樹が退団する際も、ファンがフロントの決定に納得いかずに紛糾しましたが、時には

 「金で買えない物もあるさ」

 という達観した心情も必要ではないでしょうか。

 糖尿病やうつ病など、様々な形で病魔に襲われるも、今を懸命に生きている木村さんの姿が確認できました。

 大リーグはどのようにして資金を用意しているのかわかりませんが、引退した選手に年金だしていますが、Jリーグも年金という形で一定以上結果を残した選手に、引退後の生活を支える制度。

 を検討してみてはどうでしょうか。
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今改めてJリーグの運営を考える

2017-10-14 00:15:22 | 日記
 セレッソの清武がセヴィージャからJ1に復帰する際、英断と捉えられましたよね。

 一方でスタンダールとの契約が暗礁に乗り上げ、ダンディと契約するまで所属先が無かった、同じく日本代表の川島は、頑なにJ1に戻ることを拒みました。

 彼が古巣の大宮アルディージャ、川崎フロンターレに戻る事にファンが意義を唱えたわけではありません。

 ただ川島が頑なに日本復帰を拒んだこと、清武に復帰が話題になったことの根底には

 J1のレベルは欧州リーグに達していない
 刺激的な戦いが待ち受けていない

 事を選手は理解しているということです。

 清武はプロはあくまでベンチではなく、批判を受けても試合で使われて成長するという当たり前の概念でセレッソに戻りました。

 一方で川島はGKという特殊なポジションでありながらも、欧州で探求心を満たすことを最優先しました。

 どうでしょう、村井チェアマンはこうした日本に戻らない選手、戻ってきた選手と会合して、今のJリーグの運営に何が不足しているのかを考えてみては。

 過去のJクラブには、攻撃側も守備側も体格や技量で上回る外国籍選手との対峙で、日々成長していました。

 エムボマやピクシーを攻略できればワールドカップでも問題ない
 ブッフバルトを何としても抜き去りたい

 このような探求心を満たす環境が、過去にはありましたね。

 また日本代表選手たちは国内にいましたから、カズ、中山、そして中田など手本になる選手は存在だけで大きいものでした。

 ここでようやくアジア戦略や放映権料の取得が実ったのですから、チェアマンだけでなく皆が

 日本代表選手が復帰しても刺激的と思えるリーグの環境
 外国籍選手が日本でプレイしたいと思わせるリーグ

 になるための意見を出し合う時期だと考えています。
 
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遺産というもののの在り方を思う

2017-10-14 00:04:32 | 日記
 皆さんのご自宅にも、使う気配が全くない皿、箸、毛布にシーツがあるのではないでしょうか?

 高度経済成長時代に結婚した両親を持つ世代ならなおさらで、

 「来客用に食器や布団は準備が必要」
 「使わなくとも、いつか使う日が来る」

 と頑なに信じていた、しかし使う日は永久に来ず、いまや「それら」はリサイクル・ストアの陳列棚を埋めつつあります。

 「シーツはタオルは買わなくてもいいよ。家に沢山あるからさ」

 と釘をさされますが、僕が欲しい、使いたいのは「それら」ではないのです。

 今治で作られたタオル
 スーピマ綿やオーガニック綿など、肌ざわりに定評がほしい

 と思うのですが、両親世代は自分の購入した結果を顧みず、僕らが欲しいと思う商品を買うのは無駄遣いと考えているように思います。

 タオル一枚ですらこの形なのですから、政治家が

 「人材を適所に当てはめる」

 という言葉ほどむなしいように思います。

 サッカー監督も新しいクラブを率いる際、すぐに選手の顔ぶれを買えるのは、手持ちの駒の顔ぶれが自分の求める顔ぶれではないこともあるでしょうが、ファンに新鮮さを与えることも考慮しての事でしょうか。

 タオルやシーツは確かに使えば問題はありません。

 しかし、選手と政治家は感情を持つ人間であり、ただ使うだけでは自尊心は得られず。使う側が本当に大切にする意志を常に表現しないといけません。

 ハメス・ロドリゲスがアンチェロッティに請われてブンデスリーガにやってきた際、自分を重宝してくれた指揮官と再会でき、やる気に満ちていたと思います。

 コロンビア代表監督も彼の実力は理解していると思いますが、一方でアンチェロッティ解任でロドリゲスのやる気が失われることも恐れていると思います。

 「子飼いの選手」

 というものは新監督からすれば、前任者にとって有益という印象が強いものですし、チェルシーがユナイテッドにマティッチを売却したのも、モウリーニョを連想させる面が強いためではないかと感じます。
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