ミセスローゼンの富士日記

チェリストのナサニエル・ローゼンと日本に住んで七年目。音楽仲間と富士山麓に暮し、俳都松山へ通う日々!

香菜を刻めば山の月のぼる

2016-09-17 19:49:22 | 日記

子規の命日に、小海老のブリトーを食べる。幸い香菜(パクチー)も届き、イチヤマでサワークリームも買えた。豆の缶詰は忘れた。が、お赤飯のパックをチンしてOKとする。小海老はお酒をかけてチンして、ピーマンは大蒜とさっと炒める。トルティーヤをガス火で炙り、熱々を広げた上にレタス千切り、小海老、ピーマン、赤飯、チーズを載せ、グァカモレとサワークリームかけて巻く。キッチンでシャンパンを開けたら、皿に盛る間もなく、巻きたてブリトーをニックが食べる。私も負けじとかぶりつく。小海老のぷりぷり、レタスのシャキシャキ、香菜とライムとタバスコの香、もちもち豆ご飯にとろけるチーズ、冷たいサワークリーム、あゝこれを子規に食べさせたかった。きゅんきゅんに冷え冷えのピンクシャンパンを飲ませたかった。夢中で二つ共食べてしまい、写真に撮れなかった。

私は何か珍しい物、美味い物を食べると、あゝ子規にこれを食べさしたかった、とよく思う。私達の父も割と若くして亡くなったのだが、父にはさほどあれこれ食べさせかったとは思わん。何故か。子規は食に対する情熱が恐ろしくあり、父にはあまり無かったから。余談だが、私達の田舎では魚は釣り放題、海老蛸貝は採り放題。祖父が〆た鶏をたまに鍋にしてた。その鶏肉は硬かったように思う。牛肉だけは町まで買いに行かねばならなかった。誕生日に何が欲しいか聞かれると姉は必ず、お肉、と言っていた。父がいそいそと牛肉を山と買って来てすき焼きをした。あの頃の卵は味が濃かった。父も実は牛肉が大好きだったと思う。普段は刺身、焼魚、煮付けの繰り返しに文句も言わなかったが、町からひき肉を買って来て、晩酌後のご飯のおかずに、ひき肉だらけオムレツを自分で作ってた、それはそれは幸福そうな顔で。それを横から貰うのがえらい楽しみだった。

特に、お月見の頃に美味いものが食べたくなる。和菓子も綺麗な物を求めたくなる。特に、子規の命日には、美味いものを作りたく、珍しい物を食べに行きたくなる。例えばコロンビア料理店で野菜と豆とトリッパ(モツ)を煮込んだモンドンゴを食べたり、ステーキハウスのバーでフレンチワイン飲んで、牛の骨髄を輪切りにしてオーブンで焼いたロス・ア・モワルを小さなスプーンで掬って食べたりすると、あゝこの濃厚などろどろの滋養の塊を子規に食べさせたかったなあ、と思う。ワインを掲げ、心の中で子規と乾杯する。それで何となく幸福になるのである。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 狼の眼持ちたる無月の狗 | トップ | いのこづち尾を振り帰る小犬かな »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。