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【非売品】 アントニオ猪木 本人使用 闘魂タオル

2017年11月02日 15時37分04秒 | プロレスグッズ

闘魂タオル 本人使用済み。

昭和62年(1987年)8月19日 新日プロ「サマー・ナイト・フィーバー・イン国技館」両国国技館 アントニオ猪木、坂口征二、藤原喜明、星野勘太郎、武藤敬司対藤波辰巳、長州力、前田日明、木村健吾、スーパーストロング・マシンで使用され、リングから観客席に投げたもの。

アントニオ 猪木(アントニオ いのき、: Antonio Inoki, 1943年2月20日 - )は、日本の元プロレスラー実業家政治家日本を元気にする会所属の参議院議員(2期)、日本を元気にする会代表。本名:旧リングネーム:猪木 寛至(いのき かんじ)。神奈川県横浜市鶴見区出身。血液型AB型。新日本プロレス設立後のキャッチフレーズは「燃える闘魂[3]」(当初は「燃ゆる闘魂」)。日本プロレス所属時代のキャッチフレーズは「若獅子」。愛称は「アントン」。元妻は、女優倍賞美津子。倍賞との間に娘が一人いる。1991年イラクシーア派聖地カルバラーにてイスラム教に改宗しており、ムスリム名は「モハメッド・フセイン[4]

プロレスラー現役時代は新日本プロレスの創業や異種格闘技戦で活躍。

新日本プロレス設立

日本プロレスを追放された後の1972年(昭和47年)1月26日に新日本プロレスを旗揚げした。当初はテレビ放送もなく苦しい経営であった。また、ジャイアント馬場率いる全日本プロレスの圧力により有力な外国人プロレスラー招聘に難航したが、元国際プロレスのエースストロング小林との大物日本人対決、日本プロレス時代の先輩である大木金太郎との遺恨試合、ビル・ロビンソンとの実力世界一決定戦などで人気を博す。タイガー・ジェット・シンスタン・ハンセンハルク・ホーガンなどを外国人エースとして育成もした。WWWFと提携して以降は多数の外国人スターを呼べるようになり、力道山亡き後のプロレス黄金時代を築いた。

異種格闘技戦

新日本プロレスは、「プロレスこそ全ての格闘技の頂点である」という「ストロングスタイル」を標榜。その後のプロレスに大きな影響を与える。猪木は自身の最強を証明するため、パキスタンの英雄アクラム・ペールワン、「熊殺し」の異名をとる空手家ウィリー・ウィリアムスとの対戦など、異種格闘技路線への挑戦を続け、後年の総合格闘技の礎を築いた。

中でもプロボクシング統一世界ヘビー級チャンピオン、モハメド・アリとの一戦は世界各国に中継され話題を呼んだ。日本では、昼間の生中継と同日のゴールデンタイム19時からのNETテレビでの録画中継という形で2度放送された(詳しくはアントニオ猪木対モハメド・アリを参照)。1979年(昭和54年)1月にはアフリカの元ボクシングヘビー級チャンピオンでウガンダの元大統領であるイディ・アミンとの異種格闘技戦の計画が浮上した。アミンは猪木戦を承諾したが、その後クーデターを受けサウジアラビア亡命したため、結局対戦は実現しなかった。

Wikipediaより

 

 

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