私の知人所有のしょぼいプロレスマスクコレクション等です。 どうぞ、お暇なら見て笑ってやって下さい。とほほ…

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【売却済】 獣神サンダー・ライガー 本人使用

2017年09月18日 20時28分29秒 | マスクコレクション

シマ・スポーツ豊嶋製 獣神サンダー・ライガー 本人使用済みです。
平成6年(1994年)4月16日 新日プロ「スーパーJカップ」両国国技館

① 獣神サンダー・ライガー対ハヤブサ

② 獣神サンダー・ライガー対リッキー・フジ

③ 獣神サンダー・ライガー対ザ・グレート・サスケ戦等で本人使用
その日付の直筆サイン入り。

獣神サンダー・ライガー(じゅうしんサンダー・ライガー、1989年4月24日 - )は、日本覆面レスラー新日本プロレス所属。本名は非公開(山田恵一(やまだけいいち))。永井豪宅出身、もしくは広島県広島市。血液型AB型。通称「世界の獣神」。

正体について

正体とされるのは、新日本プロレスに所属していたプロレスラー山田 恵一(やまだ けいいち、1964年11月10日 - )で、当時の週刊プロレスでも山田→ライガーの特集記事が組まれたこともあった[要出典]。しかしギミック上はあくまで正体不明であり、ライガー自身も「山田は死んだ。リヴァプールの風になった」と発言している。

一方でTV中継では、デビューの対小林邦明戦の実況の辻よしなりが「あの山田恵一が獣神ライガーの中に入っているのではないかという」「(浴びせ蹴りを出した後に)骨法炸裂、やはり山田か!」などと隠さない姿勢の実況をしていた。その後もしばしば山田の名を出し、1991年のトップ・オブ・ザ・スーパージュニア決勝(対保永昇男)では、「山田恵一が獣神サンダー・ライガーになったのは周知の事実」とまで言ってしまっている。試合中にマスクを剥がされて、素顔がむき出しになったこともある。

またバラエティ番組や対談等における出演の際には、紹介されたプロフィールや、自身の経歴として語った若手時代の内容が、山田のものだったこともある。また、2013年12月発売の『G SPIRITS』誌に掲載された小佐野景浩によるインタビューでは「素顔時代の自分があるから、その後のライガーがあるわけだし、専門誌に“獣神ライガーに生まれ変わります”って素顔で永井豪先生と一緒の写真が掲載されたこともありますからね。本名だって知られてるじゃないですか。隠すものは何もありませんよ」と語った上で、自らの山田時代の活動を回顧しており、本人はギミック上ほど正体を隠そうとはしていない。

新日本のロサンゼルス道場が完成したときに、練習に遅刻した安田忠夫ドン・フライが激怒して乱闘になった際に、山田と思わしき人物が他の選手とともに制止している姿がテレビに映っている。

永井豪側からの発信では、ライガーの中身が山田であることは『永井豪のヴィンテージ漫画館』で明記している。

1989年4月24日、東京ドームでアニメ「獣神ライガー」とのタイアップ企画で獣神ライガーが小林邦昭戦でデビュー。ライガースープレックス(獣神原爆固め)で勝利を収めると、翌月の5月25日には馳浩を破り、IWGPジュニアヘビー級王座を獲得し第9代王者となった。

ギミックのモチーフとなったのは永井豪原作の漫画「獣神ライガー」で、当時放映されていたアニメにシンクロして獣神ライガーファイヤーライガー獣神サンダー・ライガーへと変化している。

1990年代前半はIWGPジュニアヘビー級王座を巡り保永昇男佐野直喜(現:佐野巧真)、ペガサス・キッドエル・サムライ、2代目ブラック・タイガー、野上彰(現:AKIRA)らと激闘を展開。これ以降、日本ジュニア界の中心人物とて活躍していくことになる。

また他団体との交流戦、対抗戦が盛んになると、積極的に動いて他団体選手の新日本参戦に尽力し、ザ・グレート・サスケウルティモ・ドラゴン等と団体の垣根を越えて協力し、ついに1994年スーパーJカップを開催、成功を収めた。しかし、同年愛知にて行われたメインイベント、ライガー&長州力組対ワイルド・ペガサス&武藤敬司組の試合で、足を骨折する。

その一方で、新日本内部のジュニア活性化も行い、1990年代中頃からエル・サムライ、ケンドー・カシンらと組み、一世代下の金本浩二大谷晋二郎高岩竜一らと戦った(もっともカシンは一世代下であるが、カシンが偏屈な性格であることと覆面レスラーという共通点もあり、ライガー側となっていた)。特にディーン・マレンコ、ワイルド・ペガサス(ペガサス・キッドから改名)、2代目ブラック・タイガーの4名は「ジュニア・フォーホースメン」(当時WCWで一斉を風靡していたユニット「フォー・ホースメン」にちなむ)と呼ばれ、1990年中-後半のジュニアを牽引する。またWCWにも遠征し、ベルトも獲得。その出で立ちと実力から人気を博した。

2004年7月3日、大阪プロレスへ参戦し、当初はサムライ、金本、井上亘らと共に出場すると思われていたが、邪道外道竹村豪氏らと出場。以降、三人と共に、コントロール・テロ・ユニットControl Terror Unit 略称 : C.T.U)を結成し、ヒールターンを果たす。一時、蝶野正洋率いるブラック・ニュー・ジャパンBlack New Japan 略称 : BNJ)というヘビー級の新軍団と合流したが、2006年半ばにBNJが自然消滅になったため再び独立ユニットとして活動するようになる。

2007年3月26日、DRAGON GATEに参戦し、オープン・ザ・ドリームゲート王座を保持するドン・フジイを破り、第7代王者に輝く。4月17日に望月成晃を相手に初防衛に成功するが、7月1日にCIMAに敗戦し王座から陥落した。

6月26日、新日本本社にて会見を開き、C.T.Uの解散を発表。解散の理由として、ユニット結成の目標として掲げていた「ジュニア制圧」が達成し、ユニットに括られて活動するよりも新たな道を個人で進んでいく方がいいんじゃないかと、ライガー自身が語っており、プロレスのユニットとしては珍しいメンバー全員の見解が一致した上での発展的解散となった。8月26日にC.T.U解散興行を行い、その後は長州、蝶野らが率いるレジェンドに合流した。

Wikipediaより



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