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電子同人雑誌の可能性 93

2016-11-05 13:45:23 | 日本文学の革命
しかしメディアとしての電子同人雑誌には大きな弱点もある。それは情報がどうしても偏ってしまうという「情報性」の問題である。電子同人雑誌の購入の際何を購読するかは、どうしても自分の趣味や関心に偏ってしまう。自分の関心やマニアックな趣味に閉じこもってしまう傾向があり、より広い社会的公共的関心が失われてしまうのである。昔の町や村やご近所はそれ自体がメディアのような機能を果たしていたが、同時にそれは極めて狭い局地的なコミュニティであり、広い社会的関心を失いがちだったのだが、それに似ているのである。

テレビのニュース番組では様々なラインアップのニュースが流されていて、中には自分には関心のないようなニュースも見せられるだろう。しかし自分には関心がなくても、それは社会的には重要なニュースなのであり、それを強制的に見せられることによって広い社会的視野を得ることもできるのである。メディアというものは人々の視野にとって非常に重要な役割を果たしていて、それを見ないでいるとあるいは知らないでいると、その部分にポッカリ空洞があいてしまうこともあるのだ。もうずいぶん前の話だが、僕は二か月ほどインドを一人旅したことがある。ツアーとかではなく全くの一人旅で、実に冒険的で楽しみに満ちた旅だったが、その間片言の英語しか使わなかったし、また現地のメディアにも全く触れなかったし、メディアというものから全く閉ざされていたのである。その間世界ではベルリンの壁崩壊という一大ニュースが席巻し、世界を震撼させていたのであった。だが僕はそんなことは知るよしもなく、インドの大地を楽しく自由に朗らかに旅して、旅行生活とインドの人々との交流を満喫していたのであった。おかげでベルリンの壁崩壊というニュースが今でも僕にはなんだか現実感のしないものに感じられて、そこだけポッカリ空洞があいているように感じられるのである。

しかしこの電子同人雑誌の弱点を補って余りあるものがある。それは本来のインターネットそれ自体である。情報のメディア・インターネットにはそれこそ世界中のありとあらゆる情報が溢れている。もちろん政治情勢や経済情勢や世界の動向など広い普遍的な情報も常に流されている。まさに電子同人雑誌のマニアックな、局所的局人的情報を補って余りある存在である。
もともと電子同人雑誌はインターネットと不可分に結びついていて、インターネットを地盤としてはじめて成長できるメディアなのである。電子同人雑誌はコンピュータ・テクノロジーを存分に利用でき、またインターネットのネットワークをフル稼働させ、その上に自己を作り上げているのである。インターネットの一部であり、その一つの特殊な現われと言ってもいいのである。インターネットそれ自体はいまだ独自の文化を生成していない。そこにはまともな「読み物」すらいまだない。それを補い、インターネット上に一つの文化を生み出そうというのが電子同人雑誌なのである。インターネットが広大な情報とテクノロジーを与え、その上に立って電子同人雑誌がネットならではの独自の文化を作り出す、そういう補完関係が生じ得るのである。インターネットと結びつくことによって電子同人雑誌は、一つの完全なメディアに成り得るのである。
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