荒井山から

札幌は荒井山に家がある。そこから東京-札幌-旭川-富良野-札幌と異動した。今回は古里・室蘭へ。もう疲れたぜ。

唯一無二が多い方が幸せだと思うが

2017年07月16日 23時33分46秒 | 日記
腹が立つと手が震える。目がくらくらする。電話での言葉のやりとりは、目の前に人がいないだけに相手の表情は見えず、もちろんこちらの表情も見えない。つまり言葉だけのやりとり。だからこそ不満があると、その相手の言葉に険がほの見えるようになる。
 場合によると、険なんかという麗しい表現より、ぶつぶつ直接言い(独り言を装い)、人を小馬鹿にした言葉を放つ。「何でこちらの言うことが分からないの」って。
 嫌な気持ちにさせられた。電話なんて取るべきでなかった。だが、仕事だものな。
 そっと唇を拭う。苦みがじわじわ、口の中に広がる。口角が痛みを伴ってくる。ばかばかしいと分かっても、相手に何とか分かってもらいたかったのだが。きっと、相手は気に入らなければ人を小馬鹿にするタイプなのだろう。
 今日は悪くない一日だったはずだ。ある冊子を見たら、ある人がある歌人の言葉を紹介していた。「歌になる一生忘れられない出来事がたくさんある人ほど幸せかもしれない」。出来事とは唯一無二の感覚や感触と同義語だ。
 ただし忘れられない一回性は本来喜びであった方が断然良い。だがその一回性が起きた時点で苦く、厳しく、そしてその結果がもたらす運命が一層過酷であった場合は、その後も歯を食いしばりながら長く長く苦さを味わわなければならない。これも唯一無二なのだろうか。本当は御免被りたいのだが。
 口直しだよな。これは1カ月前のJR東室蘭西口近くの焼き鳥屋の串だ。

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早期褪色じゃ (広能昌三)
2017-07-20 00:58:28
ほじゃけえ、わしら極道はいっつも言いよろうが。はよう早期褪色してして世の中と縁を切ってのう、小樽の雪深い小路の奥の銭湯の二階に下宿して押入れで池内紀先生の本を読む生活に入るんがいちばんええんじゃ、ゆーてのう。ほうすりゃあ〓から余計な電話もかかってこんようなるわ。暴力デスクやら反主流派やら言われて、会社の中で馬鹿にされっぱなしで虐げられとるわしら極道の生きる道は早期褪色しかないのう。雅人先生もタイ人先生も心からそう思うとるじゃろうのう。わしら極道も心からそう思いよるわ。のう。

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