ゆーぱの部屋 ~幸福の科学の教えから~
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



わがままな人にも、そのいうことをしっかり聞いてあげて、してあげるようにするのが、人に優しくするってことだし、愛を与えるってことだよね? ・・・なーんて考えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『幸福の原点』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 ほんとうの優しさと、意志の弱さによる優柔不断、この両者は外見上は非常に似ていますが、実際においては、かなりの違いがあるのです。
 みなさんはいま、「優しさ」という言葉で、あるいは「慈悲深い」という言葉で表わされている考え方を、もう一度、点検してみる必要があると思います。たとえば、まわりの人が言うことを「はいはい」と言って聞くことが、真実の優しさにつながるかどうか、それがほんとうの優しさなのかどうかという検討です。(中略)
 みなさんは、たとえ一時期、他人に対して厳しい面をのぞかせるようなことがあったとしても、たとえば、他人の悪いところを見いだし、それをしかるということでもって、厳しい面を見せることがあったとしても、それが長い目でみて愛である場合もあるということを知らねばなりません。(中略)その人が、いまここで立ち直らなければ、どうしようもないというような状況であるならば、厳しい一言を加えること、厳しい姿勢をとることも、大いなる愛であることを知らねばならないのです。(中略)
 これが、「怒る」ということと、「しかる」ということとの違いでもあると言えましょう。怒るということは、仏法真理に反したことだとよく言われています。だからといって、いつもにこにこしているだけであっては、世の中はうまくいかない場合もあります。これを「しかる」という言葉で表現するのです。(中略)
 ほんとうの意味において人びとを救うためには、彼らを立ち上がらせるためには、言うべきことは言い、また、修正させるべきことは修正させることも必要です。単に冷たく突き放すことだけであってはいけませんが、「言うべき時には言い、行動すべき時には行動する」という、割り切った考え方も大事であるということを知らなければなりません。
(163~168ページ)

大川隆法先生は、愛ゆえに厳しい姿勢を見せるべき場面では、慈悲が転化した仮の姿として、「勇気」が現われているのだ、と説かれます。

勇気あってこそ、愛をほんとうに示すことができることもある、と考えることができるのかもしれません。

愛っていうのは、ほんとに、一面的に理解するだけではいけない、奥深いものであるのだと改めて私は感じているのです。

 

『幸福の原点』

大川隆法著

 

(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!) 
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


« 無神論の夫を... 制度や役所の... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。
 
この記事のトラックバック Ping-URL
 


ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません
 
※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。