ゆーぱの部屋 ~幸福の科学の教えから~
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



先日、人間、トシをとるものなんだ、という「人生の無常」について書きました。でも、「無常」なんて、なんとかならないの? なーんて思ってる人、たくさんいるんじゃないかな。ほんとに、なんとかならないんでしょうか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『沈黙の仏陀』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 仏教の教えの基本は、「三法印(さんぽういん)」という言葉でよく表現されます。まず第一の法印(ほういん)として「諸行無常(しょぎょうむじょう)」があります。

 すべてのものは移ろいゆくものである。
 変化変転していくものとして、一切の現象を見つめなさい。
 一切の現象のなかには、物質や肉体のみならず、
 あなた方の心のなかに生起し、去来するものも含まれている。
 すべてのものは流れ去っていくものである。
 そのような、川の流れのようなものであるのだから、
 執着してはいけない。
 何ひとつ、「自分のものだ」と思ってつかんではいけない。
 「これが私だ」と思ってもならない。
 「私のものだ」と思ってもならない。
 そこにあるものを所有しようと思ってもならない。
 すべては過ぎ去っていく。
 親であったものも親でなくなり、子であったものも子でなくなる。
 夫婦であっても、友人であっても同じである。
 すべては変化変転のなかにある。
 そのようななかにあって、
 ほんとうに自分自身の人生の意味を考えるならば、
 執(とら)われから脱しなくては、自分自身のほんとうの姿はわからない。
 人は、固定化し、固形化したもののなか、
 安定したもののなか、変化しないもののなかに、
 自分を求めようとするが、
 そうした試みが、かえって
 本来の自己というものを見失わせることになっている。
 しかし、そうではなく、
 「変化のなかにすべてがあるのだ。
 変化変転していくことこそが真理なのだ」と思ったときに、
 「さあ、そうであるならば、
 流れゆく川のなかを下っていく筏(いかだ)のように、
 自分は生きていかねばならないのだ。
 この川の流れを止めることができないならば、
 いかに竿(さお)を操(あやつ)って川を下っていこうか」と、
 考えていかねばならない。
 これが人生の真実なのである。
(15~18ページ)

ちょっと今日は、むずかしいお教えのご紹介ということになります。

流れ変転することこそが人生だ、というのが「諸行無常」の教えであり、仏教の大事な3つの根本的教えのひとつである、ということ。

そして、そのなかにあって「本来の自己」とはなにかを発見するための修行をすることで、「悟り」の世界はほんとうに広がってくる──。

この『沈黙の仏陀』では、こんな深遠なお教えが説かれているんですね。

仏教的な修行論は、なかなか簡単な話にならないなと思いつつ、この続きは、また次の機会に! 

 

『沈黙の仏陀』

大川隆法著

 

(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!) 
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


« こんな私でも... 人類の歴史っ... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。