ゆーぱの部屋 ~幸福の科学の教えから~
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



「国益」って言葉あるけど、まずは国民だよね。国の利益なんて言ってると、すぐナチズムみたいな全体主義になっちゃうでしょ。国民が第一なんじゃないのかな。・・・なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『愛、悟り、そして地球』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 幸福の科学では、「利自即利他」ということを、よく言っています。
「個人としての幸福を求めなさい。個人としての悟りを求めなさい。そして、個人として人に愛を与えられる存在になりなさい。個人の幸福を求めると同時に、それを公的な幸福、公の幸福と一致させるようにしなさい。利自即利他──。自分を利するその生き方が、同時に、他を利する生き方、公のものを利する生き方、他の人びとを幸福にする生き方になるようにしなさい。この両方の調和が大事です。この考え方が中道です」
と、いつも教えてきました。
 全体主義の流れのなかでは、この「個人」が消えてしまうのです。悟りを求める個人、幸福を求める個人などは、なくなってしまうのです。
 全体主義は、「お国のためなら、個人の幸福を言ってはいけない」「会社のためなら、個人はもうどうでもいい」「主義・主張のためなら、あとのものは、すべて捨てられてもいい。イデオロギーだけが勝てばいいのであり、個人はどうでもいい」という主義です。こうした全体主義は、幸福の科学が肯定するものではありません。
 しかしながら、逆に、「社会や国家という公共のものは、まったく無駄、無意味であって、個人だけが幸福なら、それでかまわない」という無政府主義的な考え方も、私たちはとっていません。
 確かに、「個人が幸福であれば、それでいい。国がどうなってもかまわない。国が右に寄ろうが左に寄ろうが、戦争をしようがしまいが、自分が生き残れたらいい。ほかの人が貧乏でもかまわない。自分だけご飯が食べられたら、それで結構である。自分だけ幸福なら結構である」という考えはあるだろうと思うし、そうした生き方を実際にしている人もいるでしょう。(中略)
 しかし、人間がこの世に生まれたのは、自分の幸福を求めるためでもありますが、自分のためだけではないのです。人間は、この地上で一緒に生きている多くの人たちを幸福にする生き方をするために、生まれてきたのです。自分の幸福と他人の幸福を同時に実現しなければならないのです。
 たとえばナチズムは、ドイツ民族の幸福を、もしかしたら考えたのかもしれません。しかし、ユダヤ人を皆殺しにして、他の者の幸福を抹殺し、他民族の集団的不幸を基にして、自分たちの民族だけが幸福になろうとした考え方は、幸福の科学の求めている考え方ではありません。
 私たちの考え方は、「個人の幸福は、同時に、社会や国の幸福につながるものでなければならない」というものです。
 もちろん、日本人は日本という国の国益や幸福を考えて結構です。ただ、それがまた、世界の幸福につながるようでなくてはなりません。日本の幸福が、即、世界の幸福、地球の幸福につながるような、両方を貫く幸福を求めなければいけません。その中道にこそ、自分たちの考えの定点を置かなければならないのです。これが幸福の科学の考え方なのです。
(65~71ページ)

「利自即利他」という、自分を利することと他人を利することを調和させること、という大事な教えが、幸福の科学にはあります。

それを国家規模まで広げたときにどう考えたらよいのか、という大きな視点を、ここでは教えてくださってるんですね。

ここに、他の国との付き合い方の根本的視点があるのだと私は思うのです。

『愛、悟り、そして地球』

 大川隆法著

 

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コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )


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コメント
 
 
 
息子の言葉 (かめぱぱ)
2007-04-22 09:21:28
おはようございます!
大川先生の御著書を紹介されるだけでもすごいのに
毎日紹介する書籍も違うので、息子に本当にすごいね、
読むのも速いんだろうね、といったら、
その人にとっては本の文字は言葉と同じなんだよと言われ
”ハっと”しました。”言霊”であられることを忘れていました。
ゆーぱさんの篤い信仰心に学びました。ありがとうございます。
 
 
 
Re:息子の言葉 (ゆーぱ)
2007-04-22 23:28:26
かめぱぱさん、お久しぶりです!
過分のおほめの言葉、ありがとうございます。
たぶん、私にとっての文字は、かめぱぱさんにとっての写真と同じ位置づけなのだろうと思います。
映像によって初めて表現される仏神の世界、というのがありますよね? 私のほうこそ、今後ともかめぱぱさんのご活躍を祈念しております。
 
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