すったもんだの中で、今日、いよいよ長野市の聖火リレーがスタートする。さて、どうなるか? 北京オリンピックの不吉な前触れを象徴するかのような寒の戻りが続いた後、突然、気温25度以上の夏日が現れた。早くも地球温暖化を思わせる出来事だ。近所の里山のオタマジャクシも、さぞかし対応に苦労しているのだろう。桜前線は、もうみちのくを越え北の大地まで上陸しただろうか。
朝日を浴びて、若葉がつやつやと光る雨上がりの朝は気持がいい。野面ではタンポポの綿坊主、田面ではネギ坊主が、過ぎ行く春の風情を惜しんでいるかのようにそよ風に揺れている。すぐ近くの公園では、房状の花をつけた藤棚が濃艶だ。この花は、春の汗ばむ頃の気分にピッタリ合う。街頭では、子供達の潮干狩りの頼りが届く。諸人こぞりて楽しむ花の春は、そろそろ終焉に近い。
色々気になるニュースがあるが、それには一切触れずに今日も僕の小さい呟きから。1つ目。 ゴールデンウィークは若葉と新緑の候。朝日新聞のこの頃「訪ねてみたい森林浴の森アンケート」で、ダントツ1位は、やはり「屋久杉林」だった。2位は「八幡平」、3位は「熊野古道」 屋久島には、推定樹齢7200年の縄文杉を含める森の巨人達が集まる。神秘的で「もののけ姫」の精霊が宿る孤高の島は、それだけ魅力的だということだろう。だけど、「春の海、ひねもすのたりのたりかな」の海の良さも忘れてもらっては困る。
2つ目。そのゴールデンウィーク。今年は休みの巡り会わせが悪く、海外旅行は激減しているらしい。特に、中国は人気がない。勿論、その原因は一連の悪態だ。代わって、韓国の人気が急上昇だ。当然の成り行きとも言えるが、考えてみれば、僕もアジアではベトナムと韓国が一番良かった。韓国に限って言えば、その理由は、キムチと冷麺が美味かったうえに、パッチもん(バッタもん)と言われる偽造品の土産物でさえ、いまだに長持ちしている。行く価値は十分ある。
3つ目。横丁の風呂屋さんでのオッサンの会話。「一日中テレビを見てたら時間たつの早いな。なんかせんと、カンオケまでこのまま一直線やで。そうちゃうけ」「隠とくゆうてな。隠すことは、ホンマに女の18番なんや。うちの嫁ハンもそうや。だからな。携帯メールもインターネットの裏サイトも、本来は女に一番ピッタリなんや」 この下下の話し。どう思う?
4つ目。会社にしがみつく「パラサイトミドル」が、若手成長のさまたげになっているらしい。僕は、大いに感じるものがある。自分の経験だけで、教えなくてもいい邪見を若手に押しつける、嫌味な処世術信仰者が中高年には多い。これじゃ、会社の改革もままならない。話し変わって、日本は食の「自給」も「製造」も外国人頼みだ。情けない。これじゃ当分、食の改善どころか、食の独り立ちも無理だ。
5つ目。東京ディズニーランド25周年だが、待ち合わせで、「ここで会ったが100年目」とばかりに、「いつも会っている友人」に会った途端、小躍りして大感激する若い女性。ありゃ、いったい何だ? 評論家いわく「あれはまだ子供で、人間の弱さの証明だ。腰が据わった外国人ならああはならない」 全く同感。
6つ目。経済は金。文化は心。この両立は難しいが、この両立こそ、日本民族の道だ。ところが今は、文化を忘れて、経済、経済で物事を評価する風潮が目立つ。日本人は経済がなければ不満なのか? あまりにも味気ない。あまりにも浅い。
次の話題。人には好みの人がいる。僕で言えば、例えば写真家の「浅井慎平」さんだ。「生理的に好きな人」と言った方がいいかも知れない。ファッション感覚も考え方も共感するところが多い。タレントのタモリさんが、東京に出て来て最初に「居候」したのが浅井さん宅だというから、これは大いなるサプライズだ。
同じ写真家でも、ちょっと毛色が違うのが、サブカルチャーの先駆者の雰囲気を色濃く残す「荒木経惟(のぶよし)」さん。ではここで、クイズ番組によく出題される「やさしいクイズ」だ。荒木さんの愛称は何だろう? ・・・・・。正解は「アラーキー」 そのまんまだ。アラーキーは、映画監督もやるユニークな性風俗の達人、というイメージも僕にはある。そのアラーキーがこう言っている。取材でベトナムのホーチミン市を初めて訪ねて、「レンズの中にさ、幸せが飛び込んでくるんだよ。舗装されていない道路も多いし、みすぼらしく汚れた服装の人もいる。それでも、不幸なんてちっとも感じさせない。何でだろう」
与謝野前官房長官は、「私は最近、安い食料の時代は終わったという認識を強くしている。量の確保、安全な食料の確保の面からも、もう一度、夢のある日本の農業をよみがえらせなければならない」 民主党代表代行の菅直人氏は、「モノやエネルギーを贅沢に消費する生活が幸せなのか。省エネ型の生き方というか、『幸せの品格』とでも呼ぶべきことも問われる時代になった。多少手間はかかっても、新しい『幸福の質』をいかにつくっていくかが、大切だと思います」 三人三様、何かを感じさせる発言だ。でもこれは、正直な本音の呟きだろう。この貴重な呟きを参考にして、僕も企業人などに向けて、自分なりの意見をランダムに大きく呟きたい。
高度経済成長期、バブル崩壊、失われた10年を経て、グローバル化という大波をかぶる日本。混沌とした先行き不透明な時代を迎えて、我々の周辺には今、「夏草や、つわものどもが夢のあと」を思わせる事象が充満している。それはどういうことなのか? では言おう。これをズバリ一言で語れば、日本の「体質」が変わったということなのだ。変わった体質は、メタボリックシンドローム克服のように人間の努力で元に戻せるか、と言えば決してそうではない。これもズバリ言えば、もう古き良き時代に戻ることがほぼ不可能な状態なのだ。だから当然、日本は今の時代に見合った「体質改善」を図らなければならない。
夏草や、つわものどもが夢のあと・・・・・。もはや日本は、この名句に懐かしさやロマンを抱いている余地はない。ばかりか、そんな感情や未練をきっぱりと捨て、次の夢を暗中模索する時代に突入しているのだ。かつて隆盛を極めた大手スーパーや百貨店の低迷に見られるように、平成時代の名に欺くかのごとく、日本企業の置かれた立場は非情に厳しい。特に、内需に係わる国内の商売は手詰まり感がある。一方、なりふり構わずグローバル化の波に乗って海外へ進出した大企業は、外需で儲けている。しかし、資本のない中小企業は、大半がその恩恵を受けられず、止むを得ず日本国内に留まりながら死闘を繰り返すも、弱肉強食に自然淘汰されて、今なお倒産が後を絶たない状態だ。中小企業は、日本全体では圧倒的多数を占める。それだけに、これが内需拡大出来ない要因になっているのだ。でも、今日はこっちの話しはしない。僕にとっては大事な、主に企業にまつわるあっちの話しがあるからだ。
あっちの話しをする。このような日本国内の情勢の中で、健全経営をし業績を上げている企業は、本当の意味で力のある企業だろう。それが中小企業であればなお更だ。尊敬に値する。なぜなら、それらの会社は、今の時代に合った企業体質の改善を図ったから今がある、と思われるからだ。そして、そのキーワードは、旧態依然を捨てた「量より質」への「発想の転換」と、良いものは良いとする「付加価値の追求」にあったと僕は想像する。また、それ以外にはあまり考えられない。
思えば、相次ぐ偽装や製品事故は、半ば日常化するマスコミなどの公務員バッシングの陰で、蔓延する民間企業の隠蔽体質、放漫経営を浮き彫りにした。これらの不正は、今のところ内部告発によって発覚するケースが多いが、厳密に言えば、どこの大企業でも、中小企業でも、社員が自覚する表に出ない小さな不正が山ほどあるに違いない。でも、この不正が表に出ないからと言って、企業は己の慢心にあぐらを掻いてはいけない。今の時代、消費者も体質が変わって、それを見抜く賢い購入者になっているからだ。特に、中国製などの安い商品には、相当警戒心が強くなっていると認識した方がいいだろう。
それでも、飽くなき市場原理に翻弄される庶民は、安いものに走らざるを得ず、結果として、貧困などの経済的弱者が不正の犠牲者になっている。ここにも格差社会の歪が露呈しているのだ。だからこそ、企業は、あらゆる目を持って、社会を真摯に見つめる姿勢が問われている。優良企業とはそういうものだ。
企業が置かれた社会的環境を考えてみれば、高度経済成長期を中心とする従来型の大量生産、大量消費の商売は、日本国内ではもう既に終わっている。それこそ夢のまた夢だ。そこで、これからの商売には、大胆な発想の転換が必要なのだ。例えば、売れればいい、ただただ便利だと言う視点などで消費者の好みを独断する儲け主義的発想の商売は、今となっては時代おくれだろう。今は、そんな視点を引っ込めて、環境への配慮、社会的貢献度、安全安心などの付加価値が求められているのだ。そして、そんな会社が優良企業として生き残って行くことを、消費者も期待しているのではないだろうか。
その客観的事実として、先頃トヨタや任天堂、ソニーが日本の優良企業として、世界企業の上位にランクされた。トヨタは、ハイブリッド車「プリウス」の環境に優しい車造りが、任天堂は、「ニンテンドーDS」「Wii」の頭や体に悪いゲーム機といったイメージを覆し、人々の生活に深く入り込んだ商品戦略が高く評価された。ソニーは、世界に技術が認められている。3社とも大企業で、企業活動と環境の両立が困難な中、国、世界、地球の明日を見つめる企業ビジョンを示したのは、その評価に値するものだろう。
このように、世界でも、日本でも、消費者の企業を見つめる目が、一段とランクアップしている。ただ単に、売り上げ実績だけで企業を評価する時代ではなくなったという証明だ。全ての企業がこのような明日を考える優しい目を持った時、「偽」は、行ったきりスズメになって飛んで行くのだろう。ブーメランのように戻って来ないことを祈りたいものだ。
これからは、企業自らが希望の星を創る時代だと僕は思いたい。例えば、温室効果ガスの排出削減だ。僕が好きな本当に美しい国、ニュージーランドでは、約4千万頭もいる羊の「げっぷ」が、国全体の排出量の半分を占めているという話しはあまりにも有名だが、この国は、まさに環境立国だ。人々が企業を見つめる目も相当厳しい筈。軋轢はあっても、双方が幸作用して国一つが希望の星だ。ドイツしかり、カナダしかり。同じように美しい自然を持ちながら、人々の思いが生かされていない日本も、右に習うべきではないだろうか。企業の環境対策は、言葉やイメージだけではない、これからの大事な視点だ。日本企業も、大いなるビジョンを世界に示してもらいたい。
今の時代に合った優良企業の商売の特長の一つに、「既成概念を破る」と「アイデア重視」の姿勢がある。例えば、大方の企業は、戦略として、普通は「交通機関がない、人がいない、金がかかる」とリスクの「ダメだし」から入る。でも、お客さんが「何に価値を求めるか」を基準に考えると、また別の判断が出来るのだ。詳しくは書かないが、僕の身近にそんな企業やお店が確実にあるし、僕自身もよく足を運ぶ。
大阪に本社がある「コクヨ」だって、環境配慮が不足した商品に「エコ×マーク」を付けて他の商品と差別化している。これはある意味、冒険だ。だが、この会社は、環境配慮は付加価値が高いと言うだけではなく、「当たり前」と言う意識が社員に浸透しているのだろう。コクヨは、「エコ名刺」など、エコの理念が会社のウリとなるような工夫をしている。他にも「謙虚」な付加価値を、新たな方針にしている会社は全国にいっぱいあるだろう。最近になって認知度が上った「メセナ」なども、もっと拡がりを見せて欲しいと僕は思っている。
我々も価値観の転換を求められている。ゴールデンウィーク、心ウキウキ状態の非日常体験組には、環境を守る観光、「エコツーリズム」はどうだろうか。この考えを踏襲する旅行会社が増えれば、今までのような「使い切り」から「持続的な旅」への移行も可能だ。要は、魅惑的な言葉が踊るパンフレットに騙されないことだ。たとえ、日本一の景色や珍しい動植物が存在しなくても、見方を変えれば、魅力的な旅は自分で作れる。これが一番、これが旅の付加価値だ。我々も賢い旅人になろう。
企業もそうだが、国や行政も発想の転換が欲しい。例えば、金をかけない地域ブランド商品の開発、バイオマスの利用やバイオマスタウンの創設、都会と田舎を結ぶ「カーボンオフセットモデル」の構築、などなど。地域ブランドには、ヘルシーでクールな体に優しい地場の食材を選べばいい。それを生かす商品の取り組みが「地方活性化の誘因」になる。カーボンオフセットは、東京都新宿区と長野県伊那市が進める「温室効果ガス排出量取引」がマスコミの注目を浴びている。企業人ばかりでなく、頭の固いお役人も、人や地球の明日を考える未来の目が必要だ。まだまだあるが僕の時間がない。この辺まで。
再び企業の話しに戻る。偽装や製品事故の場合、企業は、お決まり文句で「お詫び」を通知するだけで、何となく事務的に事を進めているといった印象が僕にはある。テレビなどでただ朗読するアナウンサーの言葉を聞いていると、何かしら、企業の冷たい視線が感じられてならない。それどころか、返ってそれが耳障りだ。この際、詫び状や侘び言葉も、もっと付加価値を付けて、発想を転換する方法がないものだろうか。と、僕はいつも思う。
企業にとって、信用失墜は想像を絶するものだ。安全の誓いをして、営業再会したジェットコースター事故の大阪エキスポランドは、再開後のトラブルで、お客が2割に低迷し、再び休園に追い込まれた。さぞかし、お客(消費者)の「仕打ち」を思い知ったことだろう。そこで提案だ。企業は、このお客の仕打ちを付加価値ととらえて、その仕打ちに恥じない詳細な一部始終情報を、万人の前に晒すべきだろう。そうすれば、旧態依然の体質が消え、トップと従業員を含めた企業の明日が見える。当然、国もそうすべきだ。それが真の「発想の転換」だ。
朝日を浴びて、若葉がつやつやと光る雨上がりの朝は気持がいい。野面ではタンポポの綿坊主、田面ではネギ坊主が、過ぎ行く春の風情を惜しんでいるかのようにそよ風に揺れている。すぐ近くの公園では、房状の花をつけた藤棚が濃艶だ。この花は、春の汗ばむ頃の気分にピッタリ合う。街頭では、子供達の潮干狩りの頼りが届く。諸人こぞりて楽しむ花の春は、そろそろ終焉に近い。
色々気になるニュースがあるが、それには一切触れずに今日も僕の小さい呟きから。1つ目。 ゴールデンウィークは若葉と新緑の候。朝日新聞のこの頃「訪ねてみたい森林浴の森アンケート」で、ダントツ1位は、やはり「屋久杉林」だった。2位は「八幡平」、3位は「熊野古道」 屋久島には、推定樹齢7200年の縄文杉を含める森の巨人達が集まる。神秘的で「もののけ姫」の精霊が宿る孤高の島は、それだけ魅力的だということだろう。だけど、「春の海、ひねもすのたりのたりかな」の海の良さも忘れてもらっては困る。
2つ目。そのゴールデンウィーク。今年は休みの巡り会わせが悪く、海外旅行は激減しているらしい。特に、中国は人気がない。勿論、その原因は一連の悪態だ。代わって、韓国の人気が急上昇だ。当然の成り行きとも言えるが、考えてみれば、僕もアジアではベトナムと韓国が一番良かった。韓国に限って言えば、その理由は、キムチと冷麺が美味かったうえに、パッチもん(バッタもん)と言われる偽造品の土産物でさえ、いまだに長持ちしている。行く価値は十分ある。
3つ目。横丁の風呂屋さんでのオッサンの会話。「一日中テレビを見てたら時間たつの早いな。なんかせんと、カンオケまでこのまま一直線やで。そうちゃうけ」「隠とくゆうてな。隠すことは、ホンマに女の18番なんや。うちの嫁ハンもそうや。だからな。携帯メールもインターネットの裏サイトも、本来は女に一番ピッタリなんや」 この下下の話し。どう思う?
4つ目。会社にしがみつく「パラサイトミドル」が、若手成長のさまたげになっているらしい。僕は、大いに感じるものがある。自分の経験だけで、教えなくてもいい邪見を若手に押しつける、嫌味な処世術信仰者が中高年には多い。これじゃ、会社の改革もままならない。話し変わって、日本は食の「自給」も「製造」も外国人頼みだ。情けない。これじゃ当分、食の改善どころか、食の独り立ちも無理だ。
5つ目。東京ディズニーランド25周年だが、待ち合わせで、「ここで会ったが100年目」とばかりに、「いつも会っている友人」に会った途端、小躍りして大感激する若い女性。ありゃ、いったい何だ? 評論家いわく「あれはまだ子供で、人間の弱さの証明だ。腰が据わった外国人ならああはならない」 全く同感。
6つ目。経済は金。文化は心。この両立は難しいが、この両立こそ、日本民族の道だ。ところが今は、文化を忘れて、経済、経済で物事を評価する風潮が目立つ。日本人は経済がなければ不満なのか? あまりにも味気ない。あまりにも浅い。
次の話題。人には好みの人がいる。僕で言えば、例えば写真家の「浅井慎平」さんだ。「生理的に好きな人」と言った方がいいかも知れない。ファッション感覚も考え方も共感するところが多い。タレントのタモリさんが、東京に出て来て最初に「居候」したのが浅井さん宅だというから、これは大いなるサプライズだ。
同じ写真家でも、ちょっと毛色が違うのが、サブカルチャーの先駆者の雰囲気を色濃く残す「荒木経惟(のぶよし)」さん。ではここで、クイズ番組によく出題される「やさしいクイズ」だ。荒木さんの愛称は何だろう? ・・・・・。正解は「アラーキー」 そのまんまだ。アラーキーは、映画監督もやるユニークな性風俗の達人、というイメージも僕にはある。そのアラーキーがこう言っている。取材でベトナムのホーチミン市を初めて訪ねて、「レンズの中にさ、幸せが飛び込んでくるんだよ。舗装されていない道路も多いし、みすぼらしく汚れた服装の人もいる。それでも、不幸なんてちっとも感じさせない。何でだろう」
与謝野前官房長官は、「私は最近、安い食料の時代は終わったという認識を強くしている。量の確保、安全な食料の確保の面からも、もう一度、夢のある日本の農業をよみがえらせなければならない」 民主党代表代行の菅直人氏は、「モノやエネルギーを贅沢に消費する生活が幸せなのか。省エネ型の生き方というか、『幸せの品格』とでも呼ぶべきことも問われる時代になった。多少手間はかかっても、新しい『幸福の質』をいかにつくっていくかが、大切だと思います」 三人三様、何かを感じさせる発言だ。でもこれは、正直な本音の呟きだろう。この貴重な呟きを参考にして、僕も企業人などに向けて、自分なりの意見をランダムに大きく呟きたい。
高度経済成長期、バブル崩壊、失われた10年を経て、グローバル化という大波をかぶる日本。混沌とした先行き不透明な時代を迎えて、我々の周辺には今、「夏草や、つわものどもが夢のあと」を思わせる事象が充満している。それはどういうことなのか? では言おう。これをズバリ一言で語れば、日本の「体質」が変わったということなのだ。変わった体質は、メタボリックシンドローム克服のように人間の努力で元に戻せるか、と言えば決してそうではない。これもズバリ言えば、もう古き良き時代に戻ることがほぼ不可能な状態なのだ。だから当然、日本は今の時代に見合った「体質改善」を図らなければならない。
夏草や、つわものどもが夢のあと・・・・・。もはや日本は、この名句に懐かしさやロマンを抱いている余地はない。ばかりか、そんな感情や未練をきっぱりと捨て、次の夢を暗中模索する時代に突入しているのだ。かつて隆盛を極めた大手スーパーや百貨店の低迷に見られるように、平成時代の名に欺くかのごとく、日本企業の置かれた立場は非情に厳しい。特に、内需に係わる国内の商売は手詰まり感がある。一方、なりふり構わずグローバル化の波に乗って海外へ進出した大企業は、外需で儲けている。しかし、資本のない中小企業は、大半がその恩恵を受けられず、止むを得ず日本国内に留まりながら死闘を繰り返すも、弱肉強食に自然淘汰されて、今なお倒産が後を絶たない状態だ。中小企業は、日本全体では圧倒的多数を占める。それだけに、これが内需拡大出来ない要因になっているのだ。でも、今日はこっちの話しはしない。僕にとっては大事な、主に企業にまつわるあっちの話しがあるからだ。
あっちの話しをする。このような日本国内の情勢の中で、健全経営をし業績を上げている企業は、本当の意味で力のある企業だろう。それが中小企業であればなお更だ。尊敬に値する。なぜなら、それらの会社は、今の時代に合った企業体質の改善を図ったから今がある、と思われるからだ。そして、そのキーワードは、旧態依然を捨てた「量より質」への「発想の転換」と、良いものは良いとする「付加価値の追求」にあったと僕は想像する。また、それ以外にはあまり考えられない。
思えば、相次ぐ偽装や製品事故は、半ば日常化するマスコミなどの公務員バッシングの陰で、蔓延する民間企業の隠蔽体質、放漫経営を浮き彫りにした。これらの不正は、今のところ内部告発によって発覚するケースが多いが、厳密に言えば、どこの大企業でも、中小企業でも、社員が自覚する表に出ない小さな不正が山ほどあるに違いない。でも、この不正が表に出ないからと言って、企業は己の慢心にあぐらを掻いてはいけない。今の時代、消費者も体質が変わって、それを見抜く賢い購入者になっているからだ。特に、中国製などの安い商品には、相当警戒心が強くなっていると認識した方がいいだろう。
それでも、飽くなき市場原理に翻弄される庶民は、安いものに走らざるを得ず、結果として、貧困などの経済的弱者が不正の犠牲者になっている。ここにも格差社会の歪が露呈しているのだ。だからこそ、企業は、あらゆる目を持って、社会を真摯に見つめる姿勢が問われている。優良企業とはそういうものだ。
企業が置かれた社会的環境を考えてみれば、高度経済成長期を中心とする従来型の大量生産、大量消費の商売は、日本国内ではもう既に終わっている。それこそ夢のまた夢だ。そこで、これからの商売には、大胆な発想の転換が必要なのだ。例えば、売れればいい、ただただ便利だと言う視点などで消費者の好みを独断する儲け主義的発想の商売は、今となっては時代おくれだろう。今は、そんな視点を引っ込めて、環境への配慮、社会的貢献度、安全安心などの付加価値が求められているのだ。そして、そんな会社が優良企業として生き残って行くことを、消費者も期待しているのではないだろうか。
その客観的事実として、先頃トヨタや任天堂、ソニーが日本の優良企業として、世界企業の上位にランクされた。トヨタは、ハイブリッド車「プリウス」の環境に優しい車造りが、任天堂は、「ニンテンドーDS」「Wii」の頭や体に悪いゲーム機といったイメージを覆し、人々の生活に深く入り込んだ商品戦略が高く評価された。ソニーは、世界に技術が認められている。3社とも大企業で、企業活動と環境の両立が困難な中、国、世界、地球の明日を見つめる企業ビジョンを示したのは、その評価に値するものだろう。
このように、世界でも、日本でも、消費者の企業を見つめる目が、一段とランクアップしている。ただ単に、売り上げ実績だけで企業を評価する時代ではなくなったという証明だ。全ての企業がこのような明日を考える優しい目を持った時、「偽」は、行ったきりスズメになって飛んで行くのだろう。ブーメランのように戻って来ないことを祈りたいものだ。
これからは、企業自らが希望の星を創る時代だと僕は思いたい。例えば、温室効果ガスの排出削減だ。僕が好きな本当に美しい国、ニュージーランドでは、約4千万頭もいる羊の「げっぷ」が、国全体の排出量の半分を占めているという話しはあまりにも有名だが、この国は、まさに環境立国だ。人々が企業を見つめる目も相当厳しい筈。軋轢はあっても、双方が幸作用して国一つが希望の星だ。ドイツしかり、カナダしかり。同じように美しい自然を持ちながら、人々の思いが生かされていない日本も、右に習うべきではないだろうか。企業の環境対策は、言葉やイメージだけではない、これからの大事な視点だ。日本企業も、大いなるビジョンを世界に示してもらいたい。
今の時代に合った優良企業の商売の特長の一つに、「既成概念を破る」と「アイデア重視」の姿勢がある。例えば、大方の企業は、戦略として、普通は「交通機関がない、人がいない、金がかかる」とリスクの「ダメだし」から入る。でも、お客さんが「何に価値を求めるか」を基準に考えると、また別の判断が出来るのだ。詳しくは書かないが、僕の身近にそんな企業やお店が確実にあるし、僕自身もよく足を運ぶ。
大阪に本社がある「コクヨ」だって、環境配慮が不足した商品に「エコ×マーク」を付けて他の商品と差別化している。これはある意味、冒険だ。だが、この会社は、環境配慮は付加価値が高いと言うだけではなく、「当たり前」と言う意識が社員に浸透しているのだろう。コクヨは、「エコ名刺」など、エコの理念が会社のウリとなるような工夫をしている。他にも「謙虚」な付加価値を、新たな方針にしている会社は全国にいっぱいあるだろう。最近になって認知度が上った「メセナ」なども、もっと拡がりを見せて欲しいと僕は思っている。
我々も価値観の転換を求められている。ゴールデンウィーク、心ウキウキ状態の非日常体験組には、環境を守る観光、「エコツーリズム」はどうだろうか。この考えを踏襲する旅行会社が増えれば、今までのような「使い切り」から「持続的な旅」への移行も可能だ。要は、魅惑的な言葉が踊るパンフレットに騙されないことだ。たとえ、日本一の景色や珍しい動植物が存在しなくても、見方を変えれば、魅力的な旅は自分で作れる。これが一番、これが旅の付加価値だ。我々も賢い旅人になろう。
企業もそうだが、国や行政も発想の転換が欲しい。例えば、金をかけない地域ブランド商品の開発、バイオマスの利用やバイオマスタウンの創設、都会と田舎を結ぶ「カーボンオフセットモデル」の構築、などなど。地域ブランドには、ヘルシーでクールな体に優しい地場の食材を選べばいい。それを生かす商品の取り組みが「地方活性化の誘因」になる。カーボンオフセットは、東京都新宿区と長野県伊那市が進める「温室効果ガス排出量取引」がマスコミの注目を浴びている。企業人ばかりでなく、頭の固いお役人も、人や地球の明日を考える未来の目が必要だ。まだまだあるが僕の時間がない。この辺まで。
再び企業の話しに戻る。偽装や製品事故の場合、企業は、お決まり文句で「お詫び」を通知するだけで、何となく事務的に事を進めているといった印象が僕にはある。テレビなどでただ朗読するアナウンサーの言葉を聞いていると、何かしら、企業の冷たい視線が感じられてならない。それどころか、返ってそれが耳障りだ。この際、詫び状や侘び言葉も、もっと付加価値を付けて、発想を転換する方法がないものだろうか。と、僕はいつも思う。
企業にとって、信用失墜は想像を絶するものだ。安全の誓いをして、営業再会したジェットコースター事故の大阪エキスポランドは、再開後のトラブルで、お客が2割に低迷し、再び休園に追い込まれた。さぞかし、お客(消費者)の「仕打ち」を思い知ったことだろう。そこで提案だ。企業は、このお客の仕打ちを付加価値ととらえて、その仕打ちに恥じない詳細な一部始終情報を、万人の前に晒すべきだろう。そうすれば、旧態依然の体質が消え、トップと従業員を含めた企業の明日が見える。当然、国もそうすべきだ。それが真の「発想の転換」だ。