「/(スラッシュ)」

ナニワのオッサン 怒りのエッセイ!!

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/52.ワーキングプアからのメッセージ(ミスター「/」の告白)

2006-12-23 22:56:56 | Weblog
 突然でビックリされると思うがズバリ言おう。僕は今ワーキングプアの延長線上にいる労働者だ。いや、生活実態を見れば明らかにワーキングプアかも知れない。今の肩書きは某大手メーカーの派遣社員で、現在はレーザーカラープリンター関連の仕事をしている。文句を言うと何時解雇されるかも分からず、職場では例に漏れず「面従腹背」だ。
 ミスタースラッシュなどと言う謎の男風の仮名で、優雅な生活をしながら社会の色々な現象を、さも知った様な口調(文面)で、評論家の如く高慢ちきに現状批判していると思われているかも知れないが、とんでもないと言いたい。生活実態は「貧乏暇なし」、少ない給料でギリギリの「その日暮らし」だ。

 僕の「/」は、世の中の△と×の間の、限りなく×に近い現象にメスを入れるという意味で、今までエッセイを書き続けて来た。人を読む力のある人なら、薄々感じておられたかも知れない。僕の名前はミスター「/」だ。ミスター「/」なら、きっと「/」人間の筈だと。その通りだ。僕は世間的には、完全に×に近い人間だろう。

 実は、当初からその「/」を、「/100」の最後に告白して、ミステリアスな推理小説の様に、このエッセイを終えるつもりでいた。しかし、告白を早める決定的な映像をごく最近偶然に目にしてしまった。それは、NHK深夜の「ワーキングプア」という番組の再放送だ。仕事でグタグタに疲れて帰った我が身に、あまりにも衝撃的な貧困の実態。他人事ではない。明日は我が身だ。
 僕も、「ワーキングプア」というタイトルで、「/17」に、それこそ他人事の様に書いたが、あんなものではなかった。しばらく寝付けず、僕も考えた。今社会の底辺で暮らす人達の実態を知らない人に、せめて「ワーキングプア」という言葉を知ってもらうために、僕は一度自分のブログで「ミスターワーキングプア」になろうと。ミスターワーキングプアになって、自分の過去のスラッシュ度を告白することによって、それらの人達に僅かながらも勇気を与えられたら、少しは僕も気持ちが楽になるだろうと。

 だから、僕のワーキングプアの「/」をまず書こう。話せば長いので簡潔にする。何を隠そう僕は、40代半ばまで20年以上公務員として平穏無事な生活を送っていた。何故公務員を辞めたのかは、未だに自分でも分からない。強いて上げれば、国内外へ旅をしたいというその時の単なる思い付きだ。辞めてからその通り約2年実行し、旅とスキーなどスポーツに退職金のほとんどを使った。
 その後は、もうサラリーマンに戻るつもりはなかったので、事業説明会で一番感触の良かったフランチャイズチェーン店のオーナーの道を選んだ。大阪市内の約25坪のCD、ビデオ店で、2500万円超の自己資金は、自分の貯金とプラス500万円は国民金融公庫で借りた。主に関西大学の学生をアルバイトに使い、仕入れ等店舗の管理は全て自分でやった。売り上げは順調だったが、3年以上経った時、入居したビルの建て替えに伴う店舗移転のトラブルに巻き込まれ、裁判沙汰になったのを機に嫌気が差して店舗を別のビルのオーナーに売却。結局、売却による利益を得たものの、それまでの売り上げが損益分岐点に達せず、1000万円以上の損をした。警察にお世話になったこともある。

 さあどうする?  それから後が暗転だった。現状を維持するため、またサラリーマンに逆戻りだ。丁度失われた10年と言われた時期で、思う様な仕事になかなか就けず、ルートや飛び込みなどの営業、現場のラインの仕事、大手スーパーの荷役や構内作業、機械メーカーの品質管理、インテリアやエクステリアの工事、ラーメン屋の修業など約10種類の仕事に従事。いずれも長続きせず、最近4年間は派遣の仕事に就いている。 公務員を退職してから10年以上、いかに身から出たサビとは言え、僕にとっては波瀾万丈の年月だった。 だから、自分では今までの人生、「2度失敗」していると思っている。これこそまさに「/」人間だ。

 しかし、僕はこれにめげてはいない。いかに思い付きとは言え、自分で決断したからには自分で責任を取る。むしろこの10年間、公務員時代には見えなかった世の中の裏側を垣間見た思いで、色々勉強になったと前向きに捉えている。その間、確かに僕は長続きはしなかったが、何とか自力で仕事をし、精一杯生きて来たではないか。公務員関係のコネに頼ることもなく、ハローワークも民間の人材派遣会社のお世話になったこともなく、全て自分で仕事を探した。人の力を一度も借りたことがないという自分なりの自負心もある。が、結果として、世の中そう甘くはなかった。今の社会的位置は確かにワーキングプアに近い。そう言われれば情けない。返す言葉もない。ただそれだけだ。

 だが、僕にはまだ夢がある。幸いにも国内外の旅や色々な仕事にチャレンジして、普通の人では経験出来ない貴重な宝物も得た。これは生涯の糧になる。そして、いかに歳を取っていても、この経験を無にすることは出来ない。人生まだまだ先は長い。何時まで経ってもプラス思考だ。負けてなるものか!! 本当にそう思っている。だから、僕よりまだ苦しい思いをして、それこそ死にもぐるいで生きているワーキングプアの人達にも声を大にして叫びたい。

 ワーキングプアの人達よ。例え死にたいと思っても、決して人生を捨ててはいけない。若い人もお年寄りも、今日に続く未来を信じて生きて欲しい。ここでくじけたら自分自身の負けだ。そして、明日に希望を持って生きていれば、何時の日かまた陽は昇る。きっと小さな幸せが待っていてくれる。ミスター「/」も負けないから、全国のワーキングプアの人達も僕以上に負けてはならない。だから、みんな頑張れ!!  これが僕のメッセージだ。

 もともと僕はこのブログで、自分の趣味やスポーツ、クイズなどのジャンルで仲間を募りたいと軽く考えていたが、今の自分の生活実態が、その思いとかけ離れ過ぎていた。そして、そんな現状に対する社会への不満が、自分の心の中に充満していたので、その怒りをエッセイにしようと考えたのがそもそもこのスラッシュの始まりだ。社会の現状にメスを入れると言うのは簡単だが、ブログというのはそんな性質のものでもない。それに、僕の今の状況では、なかなか難しいことだと最近になって分かった。何故なら、今僕は、それこそ寸分の暇を惜しんで、やっとこさの状態でこのエッセイを書いている。与えられた時間はごく僅か。推敲する時間もない。インターネットの前で行き当たりばったりだ。もう少し華のあるブログにしようと思っても、書き込むだけで精一杯だ。だから、このスタイルを踏襲せざるを得ない。でも、こうして書くことによって、誰かが読んでくれる。これがブログのいいところでもある。 

 今改めて過去を振り返ってみれば、僕が文章を書くということを身近に感じたのは仕事ではあまりない。強いて上げれば、公務員時代「業務課」という部署にいて、指示文書や会議の議案書、仕様書などを作成していたこと位だ。組合の青婦部の機関紙もあったが、あれは書くことを半ば強制されてのものだ。
 本当に好きになったきっかけは、やはり僕には欠かせない「旅」の存在とその縁だ。八丈島などに育つ「あした葉」という名の機関紙で、大阪の編集委員として旅にまつわる文章を投稿していたが、これが大きな影響を与えている。そして、その縁を与えてくれたのが、僕の昔の恋人、旅好きの「飛鳥美人」だ。やはり、僕には旅が切っても切り離せない。

 最後に、もう一つ、ミスタースラッシュの「/」を告白しておく。僕はかつて女性(恋人)と同棲したことはあっても、結婚してことは一度もない。正真正銘の独身だ。あまり胸を張っては言えないが、ミスター「/」を告白し、ワーキングプアと言われる人達を叱咤激励したその日を記念して宣言しておく。勿論僕の独身などどちらでもいいことかも知れないが。 これも何かの縁だ。
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