ウォーク更家の散歩 (東海道を歩く、中山道を歩く)

「東海道五十三次を歩く・完全踏破の一人旅」
(http://www.minedayo.com/)

日光街道を歩く(22-3:日光東照宮 3/3) 栃木県日光市

2017-06-03 17:43:30 | Weblog

(写真は、修復された日光東照宮の”眠り猫”)


前回の日光東照宮の見学の続きで、「日光街道を歩く」シリーズの最終回です。




上の写真は、有名な国宝「眠り猫」です。
こちらは、丁度、60年ぶりのお色直しを終えたばかりで、色鮮やかに復元されています。
修復前は、猫は目を閉じていましたが、資料に基づき、何と!、目を開けた姿にして修復したそうです!

目を閉じている様にも見えますが、家康を護るために、目を細めて、いつでも飛び掛かれる姿勢をとっているのだそうです。

下の写真は、その「眠り猫の裏側」の2羽の雀で、平和な時代を象徴しているらしいです。

眠り猫は、江戸時代初期の作品で、左甚五郎作との伝承はあるものの、作者不明だそうです。


上の写真の五重塔では、ちょうど塔の内部の初公開をやっていました。

(東照宮五重塔の心柱特別公開(300円)」

上の写真ではちょっと分かり辛いですが、心柱(しんばしら)の下は浮いており、塔と分離した心柱は、免震の機能を果たしています。
そして、この心柱の技法は、東京スカイツリーに活かされているそうです。


そうか!、入場のときに配られたクリアファイルに、五重塔と並んでスカイツリーの写真があるのはそう言う意味なんだ!




上の写真は、輪王寺「大猷院(たいゆういん)」で、三代将軍家光の霊廟です。(550円)

この大猷院の建造物も、残念ながら修復中でしたが、下の写真の鐘楼や唐門は見られました。

東照宮を凌いではならないという家光の遺言により、黒と金を基調とした落ち着いた造りに抑えられているそうです。






完訳 日本奥地紀行1―横浜―日光―会津―越後 (東洋文庫)
イザベラ・バード
平凡社

最後に「家康の墓」に行きますが、ここについては、明治11年に書かれた英国旅行家のイザベラ・バード「日本奥地紀行1」
(平凡社:3,240円)に記載された「家康の墓」についての紀行文に、私の写真を挿入してご案内します。


 「家康の墓」へ行くには、東回廊に設けられている坂下門をくぐり、苔や二輪草の緑が目立つ石畳の参道に入って行くことになる。

 墓は、207段の石段を上った山の頂きの一番奥の高い所、家康を称えて建立された全ての社殿を背後から見下ろすかの如くにあった。



 大きな石積みの上に青銅の壺が乗る簡素な墓(宝塔)で、そこに家康の遺骸が眠っているのである。

 宝塔の前には、石の台が置かれ、その上には、青銅の香炉と青銅の鶴が乗っている。

 私は、石垣、石畳の参道、石段、石棚の柱石にも感服した。

 これらは全て、漆喰やセメントを用いずに、極めて精密にぴったりと組み合わされている。
 このため、260年も経っているのに、継ぎ目は、雨にも湿気にも根付こうとする植物にもほとんど侵されていない。

 背後の山に生成する杉の大木は周りを昼なお薄暗くしており、木漏れ日が斜めに差し込むだけである。

 周囲の自然が、偉大な将軍の荘厳な墓を、悲しみをたたえながらすっぽりと包んでいる。

(以上、イザベラ・バード「日本奥地紀行1」から : 私の文章ではありません、念のため・・・



東照宮を出て、東武日光駅から、JR新宿駅行きの東武電車に乗って、横浜まで帰ります。

東武とJRとの相互乗り入れの電車に乗るのは始めてです。


ps.
日光街道踏破の全行程は、ホームページ(「中山道を歩く(完全踏破の一人旅)」)の欄外に、
「日光街道」として補記追加しました。

また、ホームページ(「東海道五十三次を歩く(完全踏破の一人旅)」)もありますので、
こちらも併せてごらん下さい。


今後予定している奥州街道/甲州街道や横浜東京近辺のウォーキングは、引き続きこのブログ「ウォーク更家の散歩」
(http://blog.goo.ne.jp/mrsaraie)でご覧下さい。
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8 コメント

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大猷院 (hide-san)
2017-06-03 20:30:21
ボクが訪ねた時は、輪王寺と大猷院は修復中でした。
綺麗になったのですね。

この後は奥州街道ですか?

白河までちょっとありますよ。
お気を付けてお出で下さい、楽しみにしています。
大猷院も綺麗に (更家)
2017-06-04 04:23:58
大猷院は一部修復中でしたが、鐘楼や唐門などは見られました。
写真の様に、ホントに色鮮やかに綺麗になりました。

次は白河までの奥州街道のつもりですが、この猛暑なのでいつスタートしようかと思案中です。
やはり、気候の良い季節に、快適にどんどん歩いて行きたいです。

街道歩きの楽しさにハマってしまったので、並行して、奥州街道以外の身近かな街道にも手を出したい気がしてきました。
ご期待ください。
ブログランキングの応援 (丹波の國から)
2017-06-06 07:14:39
最近ですが自転車で日本一周中の青年のブログと、更家さんのブログのバナーをクリックしています。(出来る時だけですが)
丹波の國さんへ (更家)
2017-06-06 08:27:04
ブログランキングの応援、ありがとうございます。
日光街道のあとも、色々な街道歩きを計画中ですので、引き続きよろしくお願いします。

私も、これから、自転車日本一周中の青年のブログを見てみます。
日光街道踏破 (iina)
2017-06-07 09:03:38
日光街道の踏破を、おめでとうございます。 おつかれさまでした。^^  東照宮で癒されましたね。

左甚五郎作の”眠り猫”は、国宝だったのですね。眠っていそうですが、いつでも飛びかかれる態勢だそうです。

東京スカイツリーに活かされた心柱の技法は、聞いても理解しずらかったですが、東照宮五重塔の実物を見て分かりました。
http://blog.goo.ne.jp/iinna/e/88068d646e1515f37de83ea9b7a0c9e3


iinaも大阪に暮らしましたから、天下茶屋の名から秀吉にまつわると思っていた通りに、秀吉がこの地に立寄り、お伴の千利休に
茶を点てさせ関白殿下の「殿下茶屋」、天下人の「天下茶屋」と呼ばれるようになったのだそうです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E4%B8%8B%E8%8C%B6%E5%B1%8B

河口湖と富士山を拝める天下茶屋も、太宰治が気に入って長期滞在したのが分かります。
2枚目写真は、茶屋前からの眺めで富士山の頂に雲がおおっていますが、まさしく富士ですょ。

ありがとうございます (更家)
2017-06-07 10:29:00
ありがとうございます。
ええ、踏破のご褒美の鉢石1泊と東照宮見物で癒されました。

そうか、「眠り猫」は、いつでも飛びかかれる態勢なので、目を開けていても、目を閉じている様に見える訳なのですね。
納得しました。

ええ、東京スカイツリーに活かされた心柱の技法は、私も五重塔を見て分かりました。

iinaさんの東照宮の写真、私の写真よりも綺麗に撮れていますね。
こんばんは。 (Komoyo Mikomoti)
2017-06-07 21:04:41
五重塔の技術が、スカイツリーにも活用されているんですね。
昔から耐震を考えて設計されているということを考えると、これはスゴイことですね。

中学校の修学旅行で行ったときには、このきらびやかさが苦手でしたが、最近は、これもいいと思うようになりました。
本当に、どの建築物もすばらしいですね。
耐震を計算して設計 (更家)
2017-06-08 06:13:53
この時代に耐震を計算して設計されているということを考えると、
ホントに、巧みの技の凄さに驚くと共に、日本の文化を誇りに思います。

私も、昔は豊臣びいきで徳川は嫌いだったので、東照宮は好きではなかったのですが、最近は純粋に美術としてこれも良いと思うようになりました。

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