ウォーク更家の散歩 (東海道を歩く、中山道を歩く)

「東海道五十三次を歩く・完全踏破の一人旅」
(http://www.minedayo.com/)

奥州街道を歩く(22-3:大田原から鍋掛へ) 栃木県大田原市

2018-02-04 18:29:41 | Weblog

(写真は、中田原の一里塚)

朝から、大田原の金燈籠や歴代大田原藩主の墓などを見て回り、宿場の外れの「大田原城址」を見学したところで昼過ぎになりました。


先程、太田原神社から大田原城址の入口へ渡った高架の横断歩道橋が、上の写真の中央に見えています。

大田原城址公園前のバス停がある奥州街道を少し進み、「蛇尾川」(さびがわ)に架かる蛇尾橋を渡ります。







橋の上から振り返ると、左手に大田原城址の崖の木立が見えます。

蛇尾橋を渡り、先程、大田原城址の対岸に見えた「大田原温泉・太陽の湯」に向かいます。


目指す日帰り温泉は、上の写真の「ホテル竜城苑」に併設された下の写真の平屋の建物で、「大田原温泉・太陽の湯」の看板が出ていました。



私は、当初、この奥州街道沿いの「ホテル竜城苑」に泊まるつもりでインターネット検索したのですが、1泊2万円以上の部屋しか
空きがなかったので、仕方なく、西那須野駅前の1泊4千円のビジネスホテルを予約しました・・・

「日帰り温泉・太陽の湯」は、ホテル竜城苑の併設の温泉なので、入浴料は高めかなと思いましたが、意外に安く700円でした。

施設は新しくて清潔感があり、内風呂には、大浴場の他にサウナも付いていました。

露天風呂は、広い岩風呂と檜風呂があり、気持ちがいいです。

温泉は無色透明ですが、スベスベ感があり、少し硫黄の臭いがします。

飲食スペース、マッサージ、ゲームなどの施設も充実していました。


お昼過ぎだったので、湯上りに、生ビールを飲みながら、写真のランチ(750円)を食べます。

そして、未だ時間も早いので、ついつい良い気分になり、生ビールをもう一杯・・・

私の街道歩きのタイトルを、”完全踏破の一人旅”から、”温泉三昧一人旅”に変更しなければならない感じになりました・・・?

ほろ酔い気分で「太陽の湯」を出て、蛇尾橋に戻ります。

奥州街道は、蛇尾橋を左手に見て、大きく右にカーブして県道72号になります。

道は一直線で、やがて左手に、広大な富士電機の工場の正門が見えました。



その後は緩やかな上り坂になると、左手に、写真の立派で広大な家がありました。



塀の脇には、上の写真の真新しい説明の石碑が立っており、それによると、この家は平家の末裔の「瀬尾家」で、ここは「居館(中田原城)跡」らしいです。




更に、一直線の道をどんどん進んで行き、巻川に架かる二本松橋を渡ると、少し先のセブン・イレブンの駐車の脇に写真の「中田原の一里塚」がありました。



右側の塚は失われ、左側の塚が少し削られた形で残っています。






中田原の一里塚から、更に1キロくらい歩いた写真の市野沢小入口の交差点には、「黒羽刑務所の作業製品の展示場へ お気軽にお寄りください」
と大きく書かれた目立つ看板が立っています。


つい、刑務所の広告看板?に気を取られてしまいましたが、実は、この交差点は、奥州街道と「棚倉街道」の追分(小滝入口分岐点)なのです。


交差点の角には、刑務所の広告看板に隠れる様に、「記念物 (史蹟)道標」の白杭が立っており、大小3基の「道標」と「聖徳太子顕彰」の石碑があります。


案内板によれば、「道標」には、正面は「南無阿弥陀仏」、側面には「右 たなくら(棚倉)、 左 しらかわ(奥州街道の白河宿)」と彫ってあるそうです。

しかし、案内板の立っている位置が曖昧なうえに、文字が風化してしまっているので、大小3基の道標うちのどれの説明なのかわかりません・・・


「棚倉街道」は、茨木県の水戸藩の城下町と福島県の棚倉藩の城下町を結ぶ街道です。

1629年、有名な「紫衣事件」(注)で、流刑地の羽州上山(かみのやま)と奥州棚倉に流されることになった沢庵と玉室は、この追分で別れを告げました。

(注)紫衣(しえ)事件

   「紫衣」とは、天皇の勅許を受けた高僧だけが着けることが出来る紫色の袈裟の事です。

   幕府は、朝廷がみだりに紫衣を高僧に授けることを禁じましたが、後水尾天皇はこれを無視して、従来の慣例通りに紫衣を与えました。

   これに腹を立てた幕府が、これまでの朝廷の紫衣勅許を全て無効にした、という事件です。

   寺院の僧達も激しく幕府に抵抗しましたが、幕府のこれに対する態度は厳しく、有名な沢庵和尚や玉室らは流罪となりました。

追分から更に暫く歩くと、練貫(ねりぬき)交差点に来ました。

この辺りの交差点の表示は、交差点ではなくて十文字と表示されており、バス停の名前も練貫十文字です。

なるほど、十文字の交差点のイメージが湧きやすくて分かり易いです。

ここ練貫交差点のバス停から乗って、約20分で太田市役所へ戻り、バスを乗り継いでJR西那須野駅へ向かい、東北本線と新宿湘南ラインで、
今晩、横浜の自宅に戻る予定です。

現在、15:45ですが、大田原市街地に戻る最終のバスの時刻は、何と!15:14で、最終便が行ってからもう30分も過ぎてしまっています!!


えぇ~?、最終便に乗り遅れた?、ウソ~・・・

最終便が15:14なんて早すぎない?、と、事前に最終便の時刻を調べてはいたものの、ついつい愚痴が・・・

「大田原温泉・太陽の湯」で、のんびりと生ビールを飲み過ぎて、気持ちが大きくなってしまったので、最終便の時刻への緊張感が鈍ったのかな~?

う~ん?、電車も無い、バスも無い、タクシーも走ってない、聞く人も歩いてない、こんな田んぼの中のバス停で、日没になったらどうすればよいの?
ホントに、参ったなあ~・・・

途方に暮れ、バス停の前に呆然と立ち尽くしてしまいます・・

(to be continued ・・・)
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8 コメント

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劇的な (hide-san)
2018-02-05 10:55:03
今日のブログ劇的な結末で次回を期待させます。

ところで大田原の次が中田原ですと、次は小田原でしょうか?

難しい地名が続きますね。
練貫十文字は(ねりかんじゅうもんじ)と読むのでしょうか?

練馬鑑別所の練鑑を思い出してしまいました。
劇的な次回の結末? (ウォーク更家)
2018-02-05 11:40:38
ええ、ブログを面白くするために、少し引っ張ってみました、すみません・・・

なるほど!、田原が、大→中→小(大田原→中田原→小田原)ですか、上手い!!

練貫十文字は、「”ねりぬき” じゅうもんじ」ですね。

そうですか、練馬鑑別所は練鑑と略するんですか。
(ウォーク更家) さん へ (もののはじめのiina)
2018-02-06 12:39:35
蛇尾川などと聞くと、八岐大蛇でもあらわれそうです。「じゃびがわ」と読まずに(さびがわ)でした。

スサノオが出て来なくて竜宮の「ホテル竜城苑」でしたか。・・・ややこしい・・・

路線バスに乗り遅れたとは、・・・南無阿弥陀仏。
ヒッチハイクの手がありますが・・・、果たして・・・。

(ウォーク更家)さんの投稿サイクルは、心得ていますから気楽にコメントにおいでください。
「 コメントとTBを歓迎 必ずコメントに参ります by iina 」 をモットーにしています。

龍城公園 (ウォーク更家)
2018-02-06 13:24:27
確かに、蛇尾川のイメージは八岐大蛇ですね。
蛇尾(さび)の読み方は難しいです。

大田原城のある山は龍体山と呼ばれており、現在、城址は龍城公園として整備されています。
ホテル「竜城苑」は多分、ここからとったのだと思います。

なるほど、ヒッチハイクという手もありましたね。
意外な結末は、次回をお楽しみに!
西那須野駅? (コスモタイガー)
2018-02-08 12:53:02
最終バス15:14!
まぁ田舎のバスはこんなもんですよ。

中山道では、(京都→江戸の場合)和田峠を越えた最初の和田宿。
バスは確かにありましたが、1日4本で、最終は何と!14時半頃。(※屈ブログ中山道編25:http://blog.goo.ne.jp/cosmotiger_1968/e/ccfa1348c2746b0955c5d992ba6d01a3:参照。)

まぁ、街道歩き(run)の基本としては、鉄道の駅を起・終点にするのが理想なんでしょうけど、なかなか理想通りにはいかないですもんね…。

ただ、見知らぬ土地で、路線バス乗ると、地元の人たちばかり、というケースが多く、その町の「素」の姿、あるいは「匂い」とでも言うべきかな?そんな何かを感じ取ることができて、ちょっとワクワクしたりします。
これは鉄道や観光バス・高速バスにない魅力ですね。

もし、更家さんと同じ状況なら…。
ここなら東北本線「西那須野」駅まで4kmぐらいでしょうか?
うん、走ろう!となりますけど…(笑)。

もちろんそれは私が走れるからであって、更家さんがこの窮地をどするのか、次回を楽しみにしています♪
西那須野駅まで歩く (ウォーク更家)
2018-02-08 13:30:59
ええ、田舎のバスはこんなものだと、最近は諦めています。

そう、私も、もし1日5キロの制限がなければ、当然、JR西那須野駅まで歩きました。
(私の場合、たとえ日没が迫っていても、走っては行きませんが・・・)

コスモタイガーさんの和田峠越えの写真、懐かしいです。

凄いですね、コスモタイガーさんは、11時に樋橋をスタートして、約18km先の和田宿まで、山間の激しい道を走ったんですね!
しかも、和田宿の14時半の最終バスに乗ろうなんて無謀な計画です。
でも間に合ったんですねえ、信じられません・・・

そう、見知らぬ土地で路線バスに乗ると、地元の人たちばかりで、地元の雰囲気を肌で感じられ、私も何となくワクワクします。
こんばんは。 (こもよみこもち)
2018-02-08 23:10:29
木がなくて、形は残っている一里塚なんですね。

十字路ではなく、十文字ですか。
珍しい表現ですね。

最終バスが行った後でしたか...
う~ん、ビールのおかわりが失敗だったのでしょうか。
しかし、最終便、すぎますよね
2杯目のビール (ウォーク更家)
2018-02-09 06:08:03
そうですね、木は再現しないで、少し削られた形だけが残っている一里塚でした。

栃木県固有の地名なのでしょうか、県内には、○○交差点ではなくて、○○十文字という地名やバス停がやたらと目立ちます。

予定より多少遅れてもなんとかなるだろうと、滞在時間を伸ばして飲んだ2杯目のビールが失敗でした。

そう、いくら田舎とはいえ、最終便が早すぎますよねえ~!

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