ウォーク更家の散歩 (東海道を歩く、中山道を歩く)

「東海道五十三次を歩く・完全踏破の一人旅」
(http://www.minedayo.com/)

震災後の熊本城

2017-04-20 09:02:19 | Weblog

(写真は、熊本城を背景に走る市電)


熊本大地震から1年が経ちました。

私は、地震で崩壊した我が家の墓を修復するために、先月末(3月27日~31日)に、実家の熊本へ帰省しました。

そして、帰省期間中に、震災後の熊本城を訪れてみました。

熊本城は、現在、熊本地震による修復中のため、本丸などへの立ち入りが規制されています。

しかし、二の丸広場周辺からの被災した熊本城の外観の見学や、城内の食事処での食事は可能です。

以下に、被災した現在の熊本城の”悲しい”姿をカメラに収めて来ました。


「飯田丸 五階櫓(やぐら)」:“一本足”の石垣で支えている姿がすっかり有名になりました。


「未申櫓」(ひつじさるやぐら):櫓は被害が少なかったものの、写真左手の石垣は大きく崩落しています。


「戌亥櫓」(いぬいやぐら):戌亥櫓は、角石一列で姿を保っています!


(左から)「小天守、宇土櫓、大天守」:重要文化財の宇土櫓は持ち堪えたものの、手前の西出丸の塀は倒壊しました。


「加藤神社」:現在、加藤清正を祀っている加藤神社への参拝は可能で、天守と宇土櫓が並ぶ絶景を真近に見ることが出来ます。


(加藤神社から望む)「小天守と大天守」:望遠で撮影すると、屋根の部分の損壊が酷いのが分かります。





「馬具櫓」:5月10日の余震で石垣が崩れました。


「長塀」:242メートルもある日本で最長の塀が倒壊しました。


上の写真の説明板は、被災前と被災後の長塀です。




上の写真は、復元のために番号が振られた石垣です。


「熊本城稲荷神社」:加藤清正公が肥後の国主として入国した際に、熊本城の守り神として勧請された神社ですが、
境内には、重機が入って急ピッチで復旧が進んでいます。


本来は、熊本城一帯は、絶好の花見スポットで、今年も、お花見の提灯が準備されていました。
(昨年の熊本城のお花見については、2016/4の「今年のお花見・熊本城」を見てね。)
しかし、今年の熊本は異常な寒さで、本来なら桜満開の時期である3月末なのに、未だ蕾で一輪の花もありませんでした・・・


城内にある写真の「城彩苑」には、熊本のご当地グルメ店や土産店があり、被災後も、観光客で賑わっています。







城彩苑の中には、写真の「湧々座」があり、映像、芝居、展示物などで、熊本城の歴史を楽しく体験出来ます。

(湧々座については、2013/7の「熊本城散歩」を見てね。)

熊本と言えば、「馬刺し」と「ラーメン」です。


城彩苑の中の写真の「桜道」で、「馬刺し三種盛り」(1,700円)を注文します。

新鮮で上品な味の馬肉で美味しい!


(城の前の加藤清正像)


(熊本市役所前の加藤清正の兜のオブジェ)

今週のNHK特番では、今回の地震で崩落した石垣は、大部分が明治以降の改修のもので、加藤清正が築いた石垣は
今回の大地震にも耐えてほとんど無傷だったそうです。

特番によると、熊本城の築城開始の直前に大地震による伏見城崩壊を目前にした清正は、地震対策として、あの美しい
石垣の傾斜”武者返し”を考案したとのこと。

やはり、熊本の英雄・加藤清正は偉い!


全体として、熊本城の復旧は、まだまだこれからといった感じでしたが、復元向け着実に作業が行われていました。


お城を出て、熊本の中心街へ向かいます。

熊本と言えば、「馬刺し」と「ラーメン」です。

熊本の市街地の写真の「桂花(けいか)」で、熊本ラーメンを注文します。

(桂花は、新宿、渋谷、横浜などにも支店があります。)
久し振りの熊本ラーメン固有のこってりとした豚骨スープで美味い!


熊本の中心街の表通りは、綺麗に復旧していますが、一歩、裏通りに入ると、未だ、地震の影響でブルーシートや
囲いをして作業をしている家やビルも散見されます。



3月31日に、熊本空港から帰京しましたが、空港内には、写真の様に”完全復旧”の掲示板がありました。
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10 コメント

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じっくりと (hide-san)
2017-04-20 11:08:45
以前観光旅行で熊本城を見ましたが、
じっくりと見るのは今回が初めて。

復旧工事が急ピッチのようですが、
報道によれば20年は必要との話。

それにしても清正公は地震でも崩れ落ちないように、手抜きもせず、馬鹿の一つ覚えらしく、
しっかりしたものを造っていたのですね。
難攻不落とはよく言ったものです。

じっくりと復旧 (更家)
2017-04-20 11:41:31
そうなんですよね、完全な復旧までには20年という事みたいで気の長い話です。

でも、天守閣は3年後には完全修復とのことですし、その他も現代土木の粋を集めた計画的な工事が行われているみたいなので安心です。

NHKスペシャル「熊本城再建 サムライの英知を未来へ」では、”武者返しの石垣”の設計図にあたる「石垣秘伝之書」が発見され、
それには、現代土木でも通用する詳細な耐震設計の計算式が記載されていたそうです。
驚きです!
NHKスペシャル「熊本城 再建 "サムライの英知"を未来へ」 (丹波の國から)
2017-04-20 19:48:21
お墓の修復も大変ですね。
熊本の方はお城の復興も大事ですが、身近な所の復興も考えなくてはいけないので難しいですね。我々は情報を見ているだけなので、申し訳なく思います。
熊本城は本当にいい城なので50年後、100年後を見据えて復興してほしいです。出来る事なら木造復元天守がいいのでしょうが、熊本の方の気持ちとしては、心の拠り所でもあるので、少しでも早く再建がいいのでしょうね。
熊本城と熊本ラーメン (船橋原人)
2017-04-21 05:33:42
・熊本城
 熊本城には数回訪れていますが、日本の城の中でも最上位の姿だと思っていましたが、昨年の地震で受けた被害は相当なものだと解りました。改修後の城を見てみたいと思っています。
・熊本ラーメン
 新宿の職場で働いた仲間との会合の後、職場の周囲を散策しました。すぐそばにあった「桂花ラーメン」の店が
続けて営業していました。今度行ったときに食べてみたい。
丹波の國さんへ (更家)
2017-04-21 06:22:14
被災へのお気遣いありがとうございます。
でも、我が家の被害は墓の全壊だけで、実家の家の方は無事だったのでご安心下さい。

普通なら、天守はこの際、木造復元でという話もあるかもしれませんが、やはり、心の拠り所なので、天守だけは早く再建して欲しいです。
それと、熊本城の天守には、他の天守と少し違う思いもあります。
それは、熊本城の天守は、未だ木造復元が主流ではなかった頃に、熊本の松崎さんという1個人の寄付で再建されたことです。
熊本市民には、この松崎さんへの感謝の気持ちの復元もあると思います。
船橋原人さんへ (更家)
2017-04-21 06:25:24
そう、熊本城は郷土の誇り、日本一の城郭だと思っています。

ええ、昨年の地震で受けた熊本城の被害はホントに大きく、見学に行って涙が出そうになりました。

新宿の桂花ラーメン、是非、一度、食べてみて下さい。
同じ豚骨ラーメンでも、あっさり系の博多ラーメンと違い、濃い系で全く違う味ですよ。
熊本城 (Komoyo Mikomoti)
2017-04-22 13:09:09
無残な光景ですね。
20年というのは、長いですね。

大学時代に一度だけ行ったことがありますが、
100名城の1つなので、5~6年の間には再訪したいと思ってます。
修復中の熊本城しか見られませんが、せめて天守だけでも復旧してから行きたいと思います。

熊本では、加藤清正公は本当に愛されているんですね。
熊本城 の復旧 (更家)
2017-04-22 13:49:40
そうですね、天守の復旧は3年後なので楽しみです。

ええ、無残な光景に心が痛みました。
惨状を目前にして、20年は長いけど仕方ないなと思いました。

そう、鹿児島の英雄は西郷隆盛、熊本の英雄は加藤清正です。

昔、住居表示制度が実施された際、町名の変更に伴い、全国で多数の歴史的な地名が消滅しました。

しかし、熊本の城下町では、”町名変更したければ、加藤清正の許可を取って来い”と言って取り合わなかったので、現在も清正時代の町名がそのまま残っているそうです。
加藤清正公 (iina)
2017-04-24 11:38:40
熊本城の飯田丸 五階櫓は、かろうじて角の石垣が一本足で支えているかのような姿は、むしろ頼もしいです。

同じ城普請でも、加藤清正は土台を整備後に放置して子供たちを遊ばせるのを、他の城主たちは見下すように
直ぐに担当部署の建築かかかります。ところが台風等で地盤が弱く崩れたのに、土台を固める手間をかけた清正
が手掛けた部署は強固で壊れることはなかったそうですね。
http://blog.goo.ne.jp/iinna/e/53001666626578a836b5f41a629df0b1

ふたたび、もとの雄姿を拝みたいものです。


> 学生時代は、歌声喫茶の全盛時代で、歌声喫茶が何軒もあり、渡される小冊子の曲は全てロシア民謡でした。とても懐かしい青春時代です。
そんな時代もありました。 ^^

加藤清正の手掛けた石垣 (更家)
2017-04-24 12:30:02
ええ、角の石垣の一本足が支えていて、感動すら覚えます。

そうですね、石垣をよく知る清正は、土台を固めることに手間をかけたのでしょうね。

今後の地震にも耐えられる様に、時間をかけてじっくりと修復して欲しいです。

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