diary of planet

仕事で感じたこと、つづってます

病院とは人生なのかもしれない。

2011-02-19 | Weblog
病院と言う場所は汚いところだと思う。
だって色んな感染症が入院してるんだもん!

だから、ちょっとした病気で

「心配だから入院したい」

と言われると、

「たぶん、自宅に帰ったほうが衛生面は良いと思います」

と喉まで出かかっている。

多くの人は、そういった意味で入院希望しているわけではないから
分からないではないんだけどね。

まあ、それは良しとして。

病院って亡くなってしまう人もいれば
治療効果あって元気に退院していく人もいる。

嬉しいことと悲しいことがいっぺんに起こる
わけの分からない場所。


働いているこちらとしては、そこが生活の場で
亡くなった人がいても、その次の瞬間は笑顔だったり、
逆に、さっきまで楽しく過ごしていたのに、
違う部屋に入れば自分の尿意さえ忘れてしまうくらい
他人の生死の狭間にいる。
自分の鼓動なのか、患者さんの鼓動なのか分からなくなるくらいに。

今日は瑛太くんの父親が自殺というニュースを見た。
子どもが産まれ、全てが上手くいっているように見えて
実はそうではなかった。

ひとつのハッピーが全てを丸く見せるけど
本当はそうじゃないんだよね。
ハッピーに見えるのは周りだけで、本当にハッピーかどうか
なんて聴いても分からないんだろうな。。。

病院の話しと瑛太くんの話はまるで違うけど、
なんつーか、
幸も不幸も蓋を開けて見なければ分からないよね、っていう話し。


暗いと不平を言うよりも、
すすんで明りをつけましょう

じゃないけど、

病院の話は、いつ何事が起きるか、そして起きているか
分からないよって話し。

瑛太くんの話は、一つの抜き出た目出度い話しで
全てがうまく言っているように見えるのは錯覚なんだという話し。

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こだわる。

2010-12-03 | Weblog
こども。

こどもとはワガママなんだろうか?

いや、「知らない」だけなんだと思う。

ある先生に、

「子どもは私に不条理を教えてくれる。
 出来ないことがあるってことを教えてくれる」

と言われた。

子どものいない私にも病院にいる子どもたちは教えてくれた。

諦めと言う言葉だとマイナスに感じてしまうが、
人間、諦めたらダメという考えが強すぎて、他人に対しても
許せないことが増えていくように感じる。私だけかもしれないけど。

育児をしていれば、思い通りにいかないことに必ずぶち当たると思う。
それを知って、出来ないことがあるということが自分の中で
許容できることが増えるような気がする。

それを子どもたちが教えてくれたんだから、今度は私が何かしたい。
病院にいる子どもたちは私よりずっと多くの我慢をしっているから。

その多くの我慢を少しでもちょっとでもいいから
我慢しなくていいこともあるってことが
伝えられたらいいなって思う。

だから私は小児病棟にこだわる。


追記。

出来ないことがあるってことが分かると
自分にも自分以外の人にも大らかになれるような気がする。

今はまだ色々なことを求めてしまうけど…
それが分かっただけでも一歩進んだような気がするんだ。

ザ・ポジティブ!!
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いいなあ。

2010-11-15 | Weblog
家族の付き添いで病院へ行った。
そこは個人病院で内科系で小児から成人まで患者さんがいる。

今日は隣におじいちゃんとおばあちゃんが座っていた。

二人とも歩くのがやっとこという感じで
大丈夫かな〜と思うくらい。

どうやって来たのか不思議に思っていたら
帰宅時間が一緒になり、
おばあちゃんが運転でおじいちゃんと一緒に来ていたみたい。

健康かどうかはよく分からないけど、
二人で支え合っているのが、ちょっとした動きで分かる。

おじいちゃんが注射される時はおばあちゃんが傍にいて。
おじいちゃんもまた同じで。

体は辛いかもしれないけど、

けど、

ちょっと羨ましかった。

いいなあ。あんな夫婦。
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友達のこと

2010-11-13 | Weblog
友達と遊んでいたときのこと。

その子は何事にもクールで、
めんどくさいことが嫌いな先手必勝派。

同じ職場になったことはないが、その子も看護師さん。

その子は

「めんどくさいー」
「はたらきたくないー」

といいつつも、病欠なく通勤。


ある日、彼女と出かけていたら彼女の携帯にメールが。

メールを読んだ瞬間に

「えええっっ!!!」

と、発狂。

どうしたの?と尋ねると


「○○さんが死んじゃったんだって…」


と無言。
いつもクールな子なだけに、私もびっくりした。

仕事をめんどくさいと言っているあの子が
そんなに患者さんのことを考えていたとは。

いや、よく考えると、その子は好きな患者さんのかわいいエピソード
なんかも話してくれてたっけ。


いつも死が訪れるその職場で、
死が当り前になっていない、友人。
「めんどくさい」が強がりだったってことが分かったよ。

内科にいる彼女は色んな死をみてきてるから
死も業務の一部になっているのかな?とか考えたけど
でも全くそうではなかった。良かった。

ちなみになぜそんなメールがきたかというと、
「危なくなったら教えて」と同僚にお願いしていたみたい。
それくらい気にしていたんだねぇ…。

そして彼女はまた

「めんどくさい」

と言いながら真面目に働きに行くのだ。
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ホームページ

2010-11-11 | Weblog
ホームページを作ってみましたぁ。

この日記は「DIARY」にリンクされています。

brainは詩のようなものを載せています。

lovesには自分の趣味を載せています。


良かったら見に来てくださあい☆


http://www.geocities.jp/sweetplanets/
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制限をしているのは私自身だった

2010-11-04 | Weblog
今日行った病院では日中患者さんが服を着てる。
私服のおじーちゃんおばーちゃんが多いなあと思ったら
入院患者さんが服に着替えてお散歩しているからだ。

入職した当初は

多少元気な子を見ると、なぜ服じゃないのだろうか?

逆に「あの子まだ着替えてないね」とか聴くと
なんあかモヤッとしたりもした。
手術は明日なのにな〜と。

と思ったこともあるのに
いつの間にかそれが普通になってしまっていた。
学校で健康であることとか、生活時間とか教わったような気もするのに。
慣れと言うのは怖いものである。

でも、昼間きちんと服を着てって大切だよね。
自分も日中パジャマでそのまま過ごすと一日しまりがない(笑)
たまにはいいんだけどね。たまには。

なんでこのことを書こうと思ったかというと、

入院していた中学生の女の子がいた。

その子はオシャレが好きでファッション雑誌なんか
買っていたりしてたの。
ネイルにも興味が合って、自分でつけ爪アートしたりして。
水玉の綺麗な書き方を教わった。

で、今思えばその子に昼間洋服で過ごすことを
勧めてみても良かったんじゃないのかなって。

それは生活時間っていうところもあるけど、
オシャレが好きってところで入院中もオシャレが
出来る環境と作るべきだったなあって思った。

なんのための看護なんだろう。

彼女の体が許す限り、中学生らしいことをもっと
私から提案すれば良かった。
制限や壁を作ってるのは私だったんだなあと思った。
そしたらもっと過ごしやすい環境だったのに…。

楽しい思い出ももちろん思い出す。
だけど、後悔もやっぱり出てくる。

次はないのに。
だからこそ、毎日きちんと考えて行動しなきゃなんだ。
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接し方

2010-11-04 | Weblog
今年は…ってもう年末気分になってしまいますが

患者家族として病院に行く機会が多かったです。

で、今日もまた行ってきました。

とっても説明の上手なにこやかな(しかも美人)の
看護師さんがいた。

ごく自然に説明していて、さらに表情もにこやかなので
安心して待っていることが出来ました。
絶対忙しいはずなのに、うちの家族が言うくだらない
冗談にもにっこりしてくれてさ。嬉しいなあ。
ありがとうございます。
点滴もビビる家族の前でやりずらかったでしょうに…。


一方で、若い看護師さんがうちの父親にため口で
何かを説明していたんだけど、
娘の私が見て、すごい切なかった。

「これ見れば一目で分かるから〜」って…。

バカにされているようで。

おとーさん、しっかりしてるもん!!

と、思いつつ

自分の対応はどうであったのか考えてしまった。
人見知りが功を奏してため口ではなかったけど
丁寧に説明してたかは、ちょと考える…

恥ずかしいな…


次はきちんと話そう。
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ほくほく☆

2010-11-01 | Weblog
以前入院していた子をネットで生きていることを確認した。

退院してしまうと、先が分からないから
どうなっているのか気になるんだけど…。

わーい!!

って思って思わず書いてしまう。

私はその子と家族のために何か出来たか?って問われると
何も出来なかったように思う。

だけど、やっぱりかわいいかわいい患者さまだったから
気になっちゃうんだよ〜!!

良かった☆

ほくほく

インターネットの有難みを感じました♪

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みんなどんなイメージを持っているのかな?

2010-10-31 | Weblog
看護師の仕事ってなんだろう。

私は色んな要素を取り入れた包括的な職業だなって思う。
どれか欠けても何かが違う。
治療に携わったり
清潔ケア、
精神的ケア、
療養環境を整えたり

色んなことが求められてきた。

だけど専門職種も増えてきた。

精神的ケアも心理士さんがいるし
薬の指導だって薬剤師さんがしてくれる。

じゃあ、看護師だけしか出来ないことって?

それって生活の場での支えなのかな?


他の職種よりも一緒にいる時間が長いところで
関係性を家族みたいな?

んーーーーーーーーーー

なんか違う。


なぜ、こんなことを思ったのかというと
看護師という職業のイメージが良くないと思うから。

だってみんな言うでしょ?

「私には出来ない」

この言葉の裏に隠された意味はなんでしょう。

そんな大変な仕事、私には出来ないなのかしら。


大変だってみんなが思っているんだけど、
いまいち看護師の仕事がどういうものかっていうのは知られていないと思う。

でもやっている人は誇りを持ってやっているんだ。
だけど私は「私には出来ない」って言われると、なんか
すごくバカにされた感じがしたんだ。

あなたが選ばなかっただけじゃない?って。

だからいつもそう言われると「なんで?」って訊くの。
そうすると「大変だから」と返ってくるんだけどね。
大変なだけの仕事で続けていけるかーいっ!!って思うんだけど。

それとも、他の職種の人に対しても「私には出来ない」って言うのかなあ???

出来ないって一体どうゆう意味なんだろう???

一度でもやろうとして、何か理由があって「出来ない」なら分かるんだけど
最初からそこを目標としていないのに「出来ない」って思うのはおかしい!!

そんなに看護師という職業の良いところって見えないものかなあ…。


だからもっと看護師の業務を明確させたらいいんじゃないのかな!と思う。
そうすれば良いところだって見えてくるはず!!

今専門看護師とか認定看護師っていう制度もあるんだけど
いまひとつそれがうまく機能していない気がしてしまう。
なぜかまでは分からないけど(笑)

もっとこの専門性が活発になれば、看護師の業務ももっと明確化されるのかなぁ。


治療が専門的になればなるほど専門的な知識を持つ人が必要だとも思うし、
だからといって、知識だけじゃどうにも補えないこともあるのも確か。

人が生活する場所なんだからあまり機械的に考えてもいけないのだけどね。
色んな事が細分化されすぎているし、そのしわ寄せで
あいまいなものを見ないようにしているような気もする。


私、看護師って仕事ホントやって良かったと思ったけんども。
それと同じくらいの勢いで辛かったことも確かにあったけど、
看護師をイヤで辞めようとは思わないかなあ。

それに辛いから辞めるなんて、他の職種でもあるだろうしね。

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当り前とは分かっていても…

2010-10-30 | Weblog
働いているときに困ったなーっと思うことはクレーム。

「病棟の規則で…」って言うしかないようなどうしてもなクレームもあれば
単純にこちら(病院側)が悪いということもある。

先日、友人と話していたら消灯時間についてのクレームがあったそうな。
クレームっていうか、当り前のことなんだけどね。
消灯されなくて眩しくて眠れない。とか。

入院生活をしている人にはすごく大切な問題。
ゆっくり眠れないんだから。

でも働いていると消灯時間の時に、急変や入院が立てこんだりして
うっかり過ぎてしまうこともまたしかり。
でも毎晩毎晩ではないと思うんだけどね。

で、そんな話をしていて

「師長がね、『なんで消灯してないの!!』って怒ったんだよ!!」と。

友人曰く、その日も慌ただしく丁度消灯時間くらいに入院が来て
やっと一息ついたところでそんな怒り方をされたと。


命を救う現場からすればたかが消灯なのかもしれないが
生活する側からみるとされど消灯。

何か釈然としないのです。

消灯時間を守るのは大切。生活の場なんだから。
だけど、なんかクレームが来たことがきっかけで怒り始めるのも私はモヤッとする。
だって当り前のことなんだから。

あと、それとは別に病院の構造にもモヤッと。
病棟の構造自体にも問題はあると思うんだ。
急性期と慢性期がごっちゃになってるからそんなことも起こり得るんじゃないのかなって。
落ち着いている状況にとっては慌ただしく動いているところは
仕方ないとは思っていても、不快であることは仕方ない。

だけど、やっぱりどーしても時間が守れないって状況は生まれてしまうもの。
あんな激務じゃ…。

出来ないことを責めるんじゃなくて、
なぜ出来なかったを明らかにして、そこで体制を変えてくことが大切なのに。
看護師の人数も減り、夜勤の人数だって減っている。
だけど入院してくる患者さんの数は変わらない。
それで昔のように働けるかというと、それは違うと思う。


看護学校の授業で「健康とは」とか教わったけど
医療体制や病院の体制が変わらなければ結局何も変わらないと思ってしまう。
当り前のことが当り前に出来ない状況ばかり生まれてきてしまっている懸念。
癒す側が自分を癒せないと、看護をすることは出来ないのではないかと思ってしまいます。

癒し癒されの場なのに、ホント今は「治療する場」だけになっている気がするよ。



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