ニューイヤー・コンサート 2017

ソプラノ: シビーウェ・マッケンジー
テノール: ミロスラフ・ドヴォルスキー
指揮&ヴァイオリン: オーラ・ルードナー
ウィーン・フォルクスオーパー交響楽団
バレエ・アンサンブルSVOウィーン
(2017年1月3日 サントリーホール)

 開演前に小ホールで、この楽団の首席フルート奏者であるブリジット・ラムスル=ガールによる無料のコンサートがあり、技巧的な曲2曲を、琴を伴奏にして演奏した。漲る音楽性、正確な技巧で、本公演が始まる前から、もうこの日一番の演奏だと思った。この女性は、ウィーン・フィルで吹くべき人であり、今は亡きヴォルフガング・シュルツの後継たるべき位置に付けている、ウィーンを代表するフルーティストなのだ。
私は、このオーケストラは一昨年に聞いていて、その時、フルートの素晴らしさに魅せられた経験がある。だから、この日も、あの時のフルートがまた聴けるのではと、楽しみにしていた。低域から高域まで、よく通る輝かしい音色で、どのフレーズにも音楽性が息づいていたその演奏は、コーヒー目当てに小ホールへ早めに足を運んだ私を待っていた、嬉しいサプライズだった。
予想通り、純粋に音楽だけを楽しめたという意味では、これがこの日の一番だった。 

ウィーンの「ニューイヤー・コンサート」は曲がり角にある。ウィーン・フィルは、ボスコフスキーの時代に、ヨハン・シュトラウスのワルツを演奏してニューイヤー・コンサートを始めたが、その後にそれを支えてきたヘッツェルも亡くなりキュッヒルも引退した。ウイーン・フィルの輝かしい幸福感に満ちた音色を作り出していたシュルツも今はいない。女性奏者も年々増えており、家父長的なヨハン・シュトラウスのワルツ中心のコンサートを支えるべき支柱も見当たらない。伝統的な路線で行く限り、過去の栄光は乗り越えられそうにない。そのような時に、まず考えらえる対処は、ヨハン・シュトラウスのワルツ中心の方針を少しづつ変えることなのだろうか。私は、昨年、そういう感想を持った。
しかしそれは、ウィーン・フィルに関することだった。今回のコンサートを、見て、聴いて、驚いたのは、そのことがこのウィーン・フォルクスオーパーのニューイヤー・コンサートにはっきり表れたことだ。

今回のプログラムを通じて、ヨハン・シュトラウスは、ワルツが「美しき青きドナウ」1曲だけで、他にオペレッタからのアリア1曲と、行進曲1曲の計3曲だ。曲数で一番多かったのはレハールで4曲、そしてスッペやらオッフェンバックやらドリーブやらの曲が並ぶ。まさに新春のホーム・コンサートだ。
演奏は、大変に乗りの良いもので、テノールもソプラノも大活躍、指揮者のルードナーも、大御所ビーブルの神業のような指揮にはかなわないが、夢見るような音色でヴァイオリンを奏で、オケのパワーも全開で、聴衆も大喜び、和気あいあいとした楽しいコンサートだった。フルートを中心とする木管パートのカラフルな音色は、聴いていてわくわくした。
しかし、その一方で、このような路線に不安を感じたのも事実だ。ヨハン・シュトラウスのワルツは、楽しくとも格調がある。そのヨハン・シュトラウスのワルツが他の軽音楽に取って代わられると、楽しさは同じでも、格調が失われるのは自然の成り行きだ。コンサートが終わった後、「はて、ニューイヤー・コンサートは、楽しいだけで良かったのだろうか?」という疑問を感じざると得なかった。
というのは、前日にウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートをテレビで見ていて(後半だけだが)、似たような感想を持ったからだ。デュダメルは私は高く評価しているが、プログラムは、曲数こそヨハン・シュトラウスが保たれているが、マイナーな曲ばかりで、すでに内容的な中心は少しづつヨハン・シュトラウスのワルツから離れている。オケの音色こそゴージャスな黄金の響きのままだが、「ひょっとしてこれは、楽しいだけのコンサート?」という疑問も感じていた。

ヨハン・シュトラウスのワルツ離れがフォルクスオーパーのニューイヤーコンサートにまで及んでいるのなら、その理由は決してウィーン・フィル特有の事情によるものだけではないはずだ。
ウィンナ・ワルツは、19世紀のウィーン会議にルーツを遡ることが出来るが、そこでは全ヨーロッパのトップ外交官が集まり、ヨーロッパの再編を行った。ニューイヤー・コンサートの近年の異常ともいえる盛り上がりは、EUの形成過程と軌を一にしている。EUの形成は、現代のヨーロッパ再編ともいえる。ニューイヤー・コンサートが全世界に中継され、こんなに大きな支持を集めたのは、そこに「ウィンナ・ワルツとともに、人類は一家族(あるいは少なくとも、ヨーロッパは一家族)」 というメッセージを人々が感じ取ったからだと思う。そのEUの先行きが危ぶまれる中、このコンサートを取り巻く環境も変わっている。

日本でのニューイヤー・コンサートは、ヨハン・シュトラウスが少ない分、フルートを楽しむ場面も少なかった。私自身は、ヨハン・シュトラウスのワルツを楽しむ心を持ち続けたいと思うし、新しい年がそういう年であってほしいと思う。

 

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