モーツァルト@宇奈月

湯の街ふれあい音楽祭 モーツァルト@宇奈月
scince2010年秋。毎年9月に音楽祭を開催しております。

ミラノを離れます

2014年08月03日 | アルプスを越えて
アマデウナヅキンです。
つい、ミラノに長居しました。いい街ですね。アマデウスはこの街で音楽家として暮らしたかったというのはよくわかります。スカラ座で実際に演奏できる機会があったら、音楽の歴史が変わっていたかもしれませんね。

街にれきしがあるのはいいですね。宇奈月も100年ほどの歴史ですが、歴史にも始まりがあります。ひとつひとつ大切に積み上げて行きたいですね。
あ、路面電車だ。

人の目線に近く、振り返ればおいつけそうなこの乗り物に人気があるのは、人の気配が伝わるからでしょうか。宇奈月温泉の電気バスEMUもそんな乗り物ですね。ゆっくりとした時間を過ごせること、それは今、何よりの宝物かもしれません。

ザルツブルクからアルプスを越えて、スイス、イタリアへの旅もこれで終わりです。
いよいよ、宇奈月に帰ります。9月には、また、みなさんにお会いできますね。楽しみにしています。たくさんの人が音楽祭への参加申し込みをしてくださったと聞いています。ありがとうございます。
では、みなさん、宇奈月でお会いしましょう!
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いよいよ、殿堂です

2014年07月19日 | アルプスを越えて
アマデウナヅキンです。
ミラノの殿堂、世界中のオペラの最高の舞台、スカラ座です。

思いのほか、落ち着いた建物で驚きます。日本で例えると、歌舞伎座なんでしょうかね。でも、世界中の耳目を集めるということや、長い歴史を通じてここで通用するオペラを作ること、演奏すること、出演すること、上演できること、かかわるものすべてが憧れと尊敬の対象で有り続けたことに、むしろ、驚きを向けるべきなのかもしれません。

初代のスカラ座は、アマデウスがこの土地を離れてから造られていますので彼はこの姿をみていませんが、アマデウスが深い思慕を寄せたイタリアのちで、彼が作ったイタリア語によるオペラは、とびきりの演目として上演されています。
ちょっと話は飛ぶようですが、「ワンピース」というコミックで、海賊麦わらの一味の船を作ったフランキーが修行時代に、「夢の船」について語るシーンが出てきます。どんな船を作ってもそのままでは設計図だけでは最高の船にならない。「出航していくつもの海を越えて幾度もの戦いや困難を乗り切って海の果てへと到達した時、それを夢の船と呼ぶんだ」(尾田栄一郎「ワンピース」45巻第437話集英社2007)スカラ座という器も、きっと、アマデウスの楽曲を得て、長い時間かけて殿堂に育っていったのだろうと思います。
そういえば、「ワンピース」でフランキーがいた島、ウォーターセヴンは、ヴェネツィアを模していました。ダ・ヴィンチやアマデウスに似合う創作、しかも、美しい創作の空気があるのかもしれません。

こういうコリドーもそんな空気を感じさせます。

ここが入り口。ここに馬車が乗り付ける様子を想像すると・・。いや、ここが殿堂たるゆえんはそういう人たちだけでなく一般の人も入れる席を開場当時から設けていたことです。どんな人でも芸術を楽しみ、文化に浸る。音楽が、街の風になるわけです。
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ミラノとレオナルド・ダ・ヴィンチ

2014年07月19日 | アルプスを越えて
アマデウナヅキンです。
ミラノのスカラ座前にレオナルド・ダ・ヴィンチの像があって、どんな関連があるのかと調べてみました。

だって、ダ・ヴィンチっていっらフィレンツェでしょ。
ところが、ダ・ヴィンチはミラノに縁が深く、1482年から1499年、途中、ヴェネツィアや故郷フィレンツェに戻ったりもして、1506年にはまたミラノに戻って住まいを設けています。
当時のミラノ公に招かれたようですが、例のミラノ大聖堂の円形ドームの設計をしているようですね。
アマデウスが故郷ザツルツブルクだけでなく、多くの土地で愛され顕彰され敬われているように、ダ・ヴィンチもそうしたレジェンズの一人なんですね。
そういや、兼六園の日本武尊も関連がわかりづらいっていえばわかりづらい。
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ガッレリアを出ました

2014年07月12日 | アルプスを越えて
アマデウナヅキンです。
ガッレリアを出ました。いよいよ、オペラの殿堂、スカラ座へ向かいます。アマデウスが最も憧れたイタリア・オペラの最高の舞台というだけでなく、世界にとってもそこは最高の芸術が提供される場所でしょう。
わくわくしてきました。

今のスカラ座は2代目だそうですが、最初のスカラ座はマリア・テレジアがデザインに相当にダメだししたとかいう話があるそうです。初代の完成は、アマデウスが2度目のミラノを立ち去った直後に完成しているようですね。きっとここで演奏したかっただろうな。
スカラ座前の広場に到着。えっと、誰?

ヨーロッパは、銅像で先賢を讃えるようですね。ちなみに、日本で仏像以外の銅像が作られたのは明治になってからのことだそうで、金沢にある日本武尊(やまとたけるのみこと)像@兼六園が最初だそうです。けっこう大きいですよ。高岡銅器の手によるものだそうです。
これ、余談ですが、金沢の兼六園と金沢城跡の間には、百間掘りという広くて深い堀があります。この堀の地下を導管を通し、逆サイホンの原理を使って、西の丸御殿に水を送っていました。その導管は石でできていて、その細工をしたのは、越中の庄川の職人だったとか。同じ仕組みを使って、兼六園には日本最古の噴水もあります。昔のひとは、いろいろ工夫して、新しい技術を開発していたんですね。
ところで、これ、誰?

あ、そうですか。そばにいた人に教えてもらいました。レオナルド・ダ・ヴィンチです。工夫の王様、ってちょっと安っぽいな。何せ、最も有名なイタリア人の一人ですね。なるほど。
で、スカラ座となにか関係あるんですか?「キッサ!」
キッサって??
あ、さあね、ってことですか。困ったな。
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ミラノといえば

2014年07月12日 | アルプスを越えて
アマデウナヅキンです。
ミラノのガッレリアにいます。
壮観ですね。人が作ってもこうして調和の取れた美しさが保たれるというのが、ヨーロッパの文化かもしれません。

ミラノといえば、日本の本田圭佑選手が所属するACミランの本拠地として有名です。ガッレリアの床にはめこまれたモザイクには、見慣れた紋章があります。ミラノの紋章なのかな。

ところで、ミラノにあるのに、何で英語読みのミランと発音するのでしょう。実は、このサッカーチームは、いぎりすじんがオーナーをしていたのです。ACは、法人の意味で、よくアスリート・クラブの省略と勘違いされています。でも、その勘違いもあながち間違っていません。
日本では、ヨーロッパ型のスポーツクラブとして芸術文化教育、そして、競技チームも含んで統合した運営がなされている総合型地域スポーツクラブが各地で運営されています。その原型となったのが、ミランです。ACの部分はイタリア語にしましたが、ちーむめいはそのまま英語読みが残っているのだそうです。
本田選手はそのミランの10番をしょっています。期待も大きい分、厳しさもありますが、何とか活躍して欲しいものです。

では、ガッレリアを出て、スカラ座方面に向かいます。

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ガッレリア伝説は、牛の股間でターン

2014年07月07日 | アルプスを越えて
アマデウナヅキンです。
ガッレリアの十字路の真ん中にはモザイクの牛が描かれた青い楯が埋め込まれています。

なぜか、牛の股間に穴が。ここのところで、1回転するとまたこの街に戻れるそうです。トレビの泉みたいな伝説ですが、願い事が叶うという置き換えになって昼間はすごい人になります。

では、さっそく。

宇奈月に幸せが訪れますように!
ふー、何とかやれました。
実は、この紋章はトリノのものです。どうしてミラノにあるんだろう。でも、その股間をふんづけるというあたりは、ユベントス憎しの人々に好評のようで、サポーターがせっせと回転しにくるようです。じょうずなひとは、3回転くらいするそうで、トリノのオリンピックのときには、ここにフィギュアの選手が練習に来た、なんてことはなかったかな(笑)ちなみに、イタリアの美人スケーター、コストナー選手は、オーストリア国境に近い州の出身で、昔は、オーストリアのチロルに属していたあたりの子だそうです。まあ、地元に近いですね。
それにしても、この青、美しいですね。イタリアでは青は特別な色で、サッカーの代表も、青をあらわすアズーリと呼びます。

もう一周していこ。

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牛の股間に何が!

2014年07月06日 | アルプスを越えて
アマデウナヅキンです。
これが、ガッレリアの伝説の場所です。

う、牛の股間に何が起きているのでしょう。トリノのサッカーチーム、ユヴェントスとのゲーム前には、ミランやインテルのサポーターがここにくるっていうんですが。
伝説の詳細は、次回。
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ガッレリアの名店をお見立て

2014年07月06日 | アルプスを越えて
アマデウナヅキンです。
朝早くのガッレリアは、静かに風が動いています。お店もまだ開店前。

おや、このBARは開いていますね。昨晩からの営業が続いているんですね。

こういう通路まで、ディズニーランドが真似ていることがわかり、ちょっと苦笑い。

こういう感じの、ちょっとした高級店が目白押し。浅草の仲見世とは違うなあ。
お、あった、あった。

プラダですね。すごいなあ。これが、プラダという姿を示しているんでしょうね。どこに行っても同じ形の店舗ではなく、ここだからこその姿を大切にしている感じです。

こっちのカバン屋さんはどうかな。素敵なディスプレイです。ヴィトンです。馬車にくくりつけていた時代の旅行鞄がやはりお店の売りのようです。
そういうお店にはなかなか入れませんが、ガッレリアには、伝説の場所があって、毎日、賑わっています。ふだんは列ができているんですが、この時間ならきっとすぐに近づけそうです。
行ってみます。
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ガッレリアに入ります

2014年07月06日 | アルプスを越えて
アマデウナヅキンです。
ドゥオーモ広場からガッレリアを抜けて、スカラ座に向かいます。

ガッレリアはアーケードです。富山ローカルですみませんが、子どもの頃、ざんざん降りの雨の日に、中央通りや総曲輪のアーケードを歩いた時に、雨でも傘をささないで買い物できるなんてと大変驚きました。道に屋根をかけるなんて田舎者には信じられませんでした。今でも、新潟県では、軒を突き出して雪でも歩きやすいように工夫された雁木がありますね。でも、街全体が天蓋に覆われたこの風景とはずいぶん違います。
ドゥオーモとスカラ座の2つの名所を結ぶアーケードには、仲見世のように名店がずらりと並びます。

朝早いのでこんな感じです。昼間はここが人であふれます。

ディズニーランドが真似たというのはよくわかりますね。アーケードと言えば、ここってことなんでしょうね。

光を通す天蓋にも、昨日今日ではない時間を感じます。少しずつ形を変えますが、きっと、創建時のスタイルはつらぬいているんだろうな。
ガッレリアの中をもう少し歩くことにします。
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ガッレリアへ行く前に

2014年07月05日 | アルプスを越えて
アマデウナヅキンです。
ガッレリアへ行くって言っていながら、後ろ髪引かれています。

いやあ、花嫁さんですよ。ウェディングドレスです。あ、モデルさんだ。撮影らしいですね。
朝早いので、他に人はあまりいませんが、昼間は世界中からの人であふれている場所なんです。こういう風景は、実はけっこう貴重なんです。
いよいよホントにガッレリアへ。
こういう感じです。

ガッレリアをモデルにしたディズニーランドなら、入り口の広場のところに、そうですね、駐車場のあたりに広大なだいせいどうが広がっている感じかな。
安っぽい喩えですみません。
では、世界で最も素敵なアーケードへ。
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ドゥオーモのファサード

2014年07月05日 | アルプスを越えて
アマデウナヅキンです。
ドゥオーモの名所を紹介し忘れました。実は、朝早いので、中には入れませんが、ここの入り口の扉、ファサードは、ゴシック建築としては珍しい三角形をしています。青銅製ですね。

ミラノの象徴ドゥオーモですが、着工は1386年ですが、巨大な建築だけになかなか完成せず、しびれを切らせたナポレオン3世が当初の予定を一部端折る形でとにかく完成しろと命じたそうです。それでも、実際にかんせいしたのは、20世紀になってから。約600年かけて作られたもので、当初のゴシック様式もずいぶん移ろっているらしいのです。それは、このファサードにも反映されているみたいですね。
レリーフは、いわゆるイコン、聖画です。巧みなものです。




ひとつひとつ聖書の有名なシーンなんでしょう。
ちなみに、建設計画のときに、プランのひとつをていしゅつしたのが、レオナルド・ダ・ヴィンチですが、落選したらしいです。ですが、ミラノのひとびとは、ちゃんとダ・ヴィンチへの敬意を忘れません。それは、これから訪ねます。
どこにいっても、歴史と文化、芸術と宗教が色濃く現れてきます。
それじゃあ、ワールドバザールへ、違ったガッレリアへ。
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ヴィットリオ・エマヌエーレ2世の騎馬像

2014年07月05日 | アルプスを越えて
アマデウナヅキンです。ワールドカップもいよいよ準決勝。さきほどのヨーロッパ同士の対決は、ドイツが勝ち抜けました。
ヨーロッパの国々は今でも多彩な民族と文化を抱えて変化しています。EUという大きな形が実現するのは、そうした人たちが交流しながらも自身のアイデンティティを持ち続けるから、かえって大きな枠組みなら受け入れられるということなんだそうです。20年くらい前の地図がそのまま使えないのは、けっこうヨーロッパだったりしますね。

ドゥオーモの広場にあるヴィットリオ・エマヌエーレ2世の騎馬像です。
イタリアは実は統一がずいぶん遅かった国です。統一に力を尽くし、最初の国王となったのが、ヴィットリオ・エマヌエール2世です。統一は、1861年のことでした。
イタリアはいくつもの王国に分かれていて、北イタリアにあったサルディーニャ王国が彼の国でした。他国からの圧力に苦しめられていて、例えば、フランスと連合してオーストリアと戦ったソルフェリーノの戦いは、スイスのアンリ・デュナンに赤十字活動を決意させるきっかけになっています。
ソルフェリーノの戦いののち、フランスのナポレオン3世は翻意し、オーストリアのロンバルディアの領有を認めさせようとして反発を買い、それがイタリア統一の機運につながったようですね。
1861年の最初のイタリア議会で国王に選出されたのが、銅像の人です。
大変尊敬を集めた人のようですね。王の頭文字"VERDI"(Vittorio Emanuele Re d'Italia)と呼ばれる、音楽家のベルディとともに、ビバ!ベルディと称えられていたそうです。
なるほどねえ。

広場の真ん中にあるんです。
振り返ると、ドゥオーモ。

数え切れないほどの尖塔が連なっています。さまざまな人々を讃えるという形で、この国の歴史や文化が継承されているように感じます。
では、これからガッレリアに向かいます。


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ミラノ・ドゥオーモです

2014年06月29日 | アルプスを越えて
アマデウナヅキンです。イタリア敗退したとはいえ、やはりサッカーの国。ネイマールのPKに盛り上がっています。
ここは、ミラノの象徴、大聖堂ドゥオーモです。世界最大級のゴシック建築で、容積も、広さもいずれも世界第2位。広さの1位はバチカンなので、その規模がうかがわれます。135の塔があって、全部に聖人が立っているそうです。一番高いのは聖母マリア。

写真ではなかなか威容をお伝えし切れません。
さて、この街にアマデウスがやってきたのは、1770年。モーツァルト父子は、サン・マルコのアウグスト修道会修道院に宿泊したようです。レオポルトの妻への手紙では、この宿泊場所が快適で、無料で3つの部屋があてがわれた事が書かれているそうです。けっこう有名だったのかもしれませんね。
ミラノ総督府長官を務めるカール・ヨーゼフ・フェルミアン伯爵は、モーツァルト父子を支援していたので、総督の公邸
メルツィ宮の近くだったそうで、そういう便宜があったのかもしれません。
総督府長官カール・ヨーゼフ・フェルミアーン伯爵はザルツブルクの大司教シュラッテンバッハ伯の前任者レオポルト・アントン・フェルミアーンの甥となる人で、レオポルトがミラノにおいて最も頼りにした人だったみたいですね。実際、伯爵は父子を随分助けてくださったようです。
1770年のミラノは人口が約12万人、ハプスブルク家の支配下で、ミラノの最高に輝いていた時代とも言われるそうです
。音楽においても大バッハの末息子クリスチャン・バッハが1760年から2年間ドゥオーモのオルガ二ストを勤めていたというのですから、芸術文化の中心地だったようですね。
ちょっと驚くのは、当時の江戸の人口が80万人くらいだったんじゃないかと言われていて、そこまでではないにしても、けっこうなものだったんだなと思います。逆に、江戸がどんなところだったのか、もし、このころ、にほんが多くの国と交易していたらどんな風に伝わっていたのかなと興味が湧きました。
では、ここからスカラ座まで、ミラノを堪能します。
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ミラノへ

2014年06月28日 | アルプスを越えて
アマデウナヅキンです。
ミラノに到着!世界中の高感度ファッションが集まる街です。

世界有数のアーケード街ガッレリアの前です。
うーん、ディズニーランドか、な?そうなんです。ディズニーランドのワールドバザールはここをモデルにしているんですね。千葉ではありません。ミラノです。
イタリア北部、ロンバルディア州の州都ミラノは、イタリア・オペラの殿堂スカラ座でおなじみです。書き始めるときりがないほどの芸術文化の魅力にあふれています。
アマデウスの当時は、マリア・テレジアのハプスブルク家の支配で栄華を極めていました。モーツァルト親子にとっては、ここでぜひ宮廷音楽家に、と願った場所でもあったようです。
今のミラノのことをちょっとだけ。
サッカーでは、インテルミラノとACミランの本拠地ですね。食べ物なら、ミラノ風と付いた食事もたくさんあります。ミラノ風と付いただけで豊穣な感じがします。この街出身の有名人としては、えいがおんがくでゆうめいなニーノ・ロータ、映画監督ならルキノ・ヴィスコンティ。ファッションでは、あのプラダの本店があります。
先に、紹介したスカラ座では、「蝶々夫人」や「トゥーランドット」が初演されています。(富山の中央通にもスカラ座があったなあ。あそこで、インディージョーンズ見たよ)
でも、なんだかアズーリ(サッカーイタリア代表のこと)の不甲斐なさに、ちょっとまちが静かだな・・・。
アマデウスに深い因縁をもつミラノの旅、始まります!
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スイスって特別な感じがします

2014年06月28日 | アルプスを越えて
ヨーロッパってそれほど大きくない国ばかりですが、地形が変化するせいなのか、それとも文化や習俗、民族のせいなのか、どこに行ってもそれぞれの国、地域、地方の雰囲気が違います。移動は日本国内の地方都市間くらいなのに、ここまで違うのかと思わせられることがたくさんあります。
同時に、通奏低音のように全体に横たわっている何かも色濃く感じられることがあります。ヨーロッパの交差点に位置するスイスはさまざまな影響を受けながらも、特徴ある風土が感じられました。

永世中立国という立場にも、実は多くの強い影響を脱するためという国のあり方の選択があったのだろうとも思います。
そんなことをしみじみ感じながら、さあ、次は、アマデウスの心のふるさと、憧れの場所とも言えるイタリアへ向かいます。
ワールドカップ2大会連続のグループリーグ敗退でちょっと力を落としているかもしれませんね。
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