新時代の教育、社会を語る

学校の役目を大きく変える教育を提案。他にも社会や文化を語る

学校での異常な虐待がなくならない理由

2017-08-13 | 2017教育
大人の世界では、苦痛はなるべく取り除こうとする。例えば暑くて仕事に支障が出そうなら、エアコンを取り付けるなど。もちろん会社や役所の予算内でしかできないが。

しかし学校の世界では、子どもがどんなに虐待的な目にあってもなかなか解決の方向に向かわない。それは何故か。苦しいこと、それも肉体的な苦しみも精神的な苦しみも成長の糧となるという迷信があるからだ。

体育祭の練習が多少つらくても中止にするわけにはいかない。なぜならそんな理由で何でも中止すれば、苦しいことから逃げてしまうことになり、まともな大人になれない。こんな具合だ。

部活動では、特に強豪といわれるスポーツ部では、中学も高校も3年間補欠、雑用係という生徒も多数出てくる。しかし教育真理教の人に言わせれば、それは貴重な人生経験だという。とんでもない屁理屈だ。そんなものはさっさと辞めて遊んだり趣味の世界を楽しむほうが充実した時間を送ることができる。

若い時代は苦労するよりもできるだけ楽しい時間を過ごしたほうが、大人になっても精神的に耐えられるのだ。若いときに苦労したから、つらい仕事にも耐えられるというのは、ただの迷信で証明されていない。

高校時代、地獄のような環境で育った強豪野球部のOBが、仕事のストレスや違法薬物の誘惑に対してどうだったのかということを考えてみるのもよい。


また、内容は問わず、何かに一生懸命取り組むことがすばらしいという迷信も考え直したほうがよい。野球、バスケットボール、マラソン、その他スポーツ。あるいは文化祭の準備に徹夜に近いくら長時間がんばった。こんなものは価値はない。もちろん好きでやる分には問題ないが、どんなものでも一生懸命やることそのものには価値はないのだ。問題はその内容である。

とにかく苦痛に耐える事、何でも一生懸命やること。これらが目的化してはならない。あくまでもそれが必要か否かで判断することが重要である。
ジャンル:
学校
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