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「将棋」プロ棋士の将棋ソフトカンニング疑惑

2016-10-16 | 2016 文化など
プロ棋士が対局中に、将棋ソフトをカンニングしていたのではないかという疑惑が発生した。日頃は将棋など興味のないはずの地上波テレビでも取り上げられたらしい。

この事件は、そのような不正が実際にあったとしても、冤罪であったとしても、騒動の責任は将棋連盟にあると思う。

まず、コンピュータが将棋の能力において、人間の能力を上回る事は時間の問題であり、随分前から予測できたはずだ。そうでないと思ったのなら、コンピュータソフト開発者を馬鹿にしていることになる。

金融でも建築でも医療でもその他あらゆる分野で、コンピュータの力を活用している。それがなければ文明社会はなりたたない。それなのに、将棋の対局に限っては、人間の方が能力が上という思考は明らかにおかしい。

したがって、少なくとも10年前には、将棋ソフトカンニング防止のため、あらゆるシステムを見直すべきだった。遅すぎた感はあるが、今からでも実行すべき施策をあげてみる。

まず2日制のタイトル戦は無くしてすべて1日制にすべきである。2日制だからといって特に名局となるわけではないし、一昼夜監視することは困難なので、不正を防止できない。また昼食休憩なども含めて、席をはずす場合は、用意された指定の個室に移るようにする。その部屋はあらかじめ、通信機器、コンピュータ、盗聴器などがないかどうかチェックしておく。もちろん対局前には身体検査も行う。

そうすることによって、不正を無くすだけでなく、疑心暗鬼状態になることも防げるのだ。


将棋というのは、大相撲と同様に、伝統芸能の雰囲気がまだ残っている。少し前までは、対局の前半は互いに近況などおしゃべりしながらやっていたという。昔は、序盤はほぼ型が決まっていたので、真剣に一手一手考えなかったという事情もある。また、タイトル戦などは、対局中に堂々と、控え室などに入室することもある。控え室では、今行われている対局の検討が行われているにもかかわらずだ。

このようなゆるい仕組みは、元々大道将棋だの賭け将棋だのと裏世界のものだった歴史を引きずっているからだ。坂田三吉の世界である。歌手や俳優のようないんちきで、犯罪者すれすれの人々が集まるところが、将棋界だったのだ。

今は、名人も世襲制ではなく実力制になっているし、若い人の意識も変わっている。


人間同士の戦いでは、本番中のコンピュータの使用を無くす事。これはマラソン大会で途中で自動車でワープしない事と同様の措置である。そして人間同士ならではの駆け引き、記憶力、思考力、精神力などをみてほしいものである。

そしてそれとは別に、人間ドラマとしての対局ではなく、数学者としての視点で、究極の強い手を考えるという楽しみもある。それはコンピュータ開発者同士の対決というイベントをすればよい。そしてコンピュータ開発者部門に所属する人達にも級や段を与えるのも一つのアイデアだと思う。
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