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ショーンK騒動に一言

2016-03-21 | 社会問題
雇用問題は、1回休みにして、今話題のショーンK問題を少しだけ書く。

騒動の内容はニュースサイトなど他のウェブページを参照してもらうとしてその感想を述べる。

いろいろな意見の中で、これはおかしいと思ったものがある。

「日本は学歴社会であり、実力があっても、学歴のために仕事の中身が正当に評価されない。したがってやむを得ず学歴を詐称するのも理解できる。あくまで仕事の中身で評価されるべきだ。」

大体、こんな内容である。

この意見はある程度は心情的には理解できる。しかし今回のケースは当てはまらない。なぜなら学歴に関係なく立派な仕事をしていたと言いながら、その仕事は何かといえばテレビのコメンテイターというのだから。

低学歴でもその職業に必要な知識・技能があり立派に活躍している人は大勢いる。そして世の中のために役立っているのだ。しかし今回のケースでは、学歴を偽ってまでやった仕事が、テレビのコメンテイターである。何の意味もない。

学歴や資格というのは、本来仕事の内容を保証するものである。トラックの運転手を雇うにあたっては、それに必要な運転免許が必要である。また免許があってもペーパードライバーで実際に運転できるかどうか不明の場合は、それも考慮しなければならない。

しかしテレビコメンテーターにおける経歴はただのアクセサリーである。ばれなければ何でもいいのだ。むしろ本物だったら困るのだ。なぜなら本物の専門家は、誠実で論理的に正確に語ろうとする。これではテレビ視聴者(低学歴高齢者中心)の人気は出ない。

海外留学、ハーフなどをよそおった人がもっともらしいコメントを出す。このような芸を楽しむものなのである。ちなみにショーンKのネーミングといい、偽の経歴といい、昭和の田舎の子どもが想像するかっこいいアメリカ人という感じがする。

実際、この詐欺師のコメントは結構良かったという人もいるくらいだ。

これを機会にテレビはすべてデタラメということに気付いた人が少しでも増えればそれにこしたことはないが、まあ無理であろう。
ジャンル:
芸能
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