新時代の教育。学校に依存しない社会を目指すブログ。

学校の役目を大きく変える教育を提案。他にも社会問題やクラシック音楽なども語る

地上波テレビでの国会中継は不要。

2017-06-19 | 2017社会問題
国会といっても予算委員会や各種委員会など様々である。

しかし原則としては、内閣が法案を提出し、それをよく吟味し、内容について質疑応答をするものである。

したがって法律や政治の専門家以外の人は、解説無しでは理解できないのが普通だ。本来は、細かい条文を取り上げて、疑問点を提示し、専門の官僚も交えて答弁するものである。

つまり直接、法案や予算案と関係ない大臣の不祥事をだらだら取り上げたり、大臣を糾弾したり乱闘をすることは、本来の国会の仕事ではない。

一般国民もそのことは承知のはずだが、見てて面白いのは、その乱闘や不祥事糾弾のシーンである。つまり本来の仕事をしている国会というものは、地上波テレビには向いていないのである。国会中継をやめて、ニュースの解説をしたりダイジェストで国会の答弁を紹介すればいいのではないか。

そして国会はすべてインターネット中継にするべきである。過去の国会もすべて見られるような仕組みをつくるべきだ。今もあることはあるが、不十分である。


国会以外にも各種討論会がある。与野党の政治家や評論家(自称)が複数出てきてあれやこれやと実質雑談する番組である。

本来の会議というのは、ある議題に対して、それぞれの立場、それぞれが持っている知識をベースとして意見を出し合い、何らかの結論を出すものである。企業の重要な会議などがそれに当てはまる。しかし政治討論というのは無意味である。ばらばらの意見、主張を持った複数の政党代表が話し合う。その結果、いずれかの政党の意見が妥当であると満場一致する。そんなことはありえないのだ。民進党議員が、討論会に出て、「自民の意見の方が実は正しいなあ」と気づいても、意見を曲げることは立場上できない。

それなら討論会のようなものはやめて、一人ずつ呼んで意見を話してもらったほうがよい。

「朝まで生テレビ」などというのは、本来、退屈な議論を、喧嘩、酔っ払いのように騒ぐ、人の意見を暴力的にさえぎるといったプロレス的演出で、昭和初期のサーカス小屋レベルのショーにしている。当然、何か身になる議論をすることは、微塵も考えていない。それに気づかない善良な視聴者は、「この間の朝生は議論が低調だった。」などと真面目に批評している。単なるバラエティ番組を真面目な討論と誤解しないようにしたいものだ。
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