新時代の教育、社会を語る

学校の役目を大きく変える教育を提案。他にも社会や文化を語る

大学祭は、政治活動に利用されるので廃止しよう。

2017-06-14 | 2017教育
最近の例で言えば、ある作家の講演会の中止騒動である。

大抵の大学卒業生、特に昭和時代の文系大学生は、大学祭が、本講義よりも印象に残るエピソードになっている。

大学では、講義にはほとんど出席しなかったが、サークルや大学祭で活躍したというのが自慢話になるくらいだ。

大学が、本来の機能を果たしていたのは、明治時代に帝国大学ができてからのほんの一瞬にすぎない。将来国の舵取りをするエリート養成としての役目だ。

それがすぐ形骸化して、大学卒業が単なる資格の一つ、それも大きな力を持つ資格になってきた。大学での学問が無意味であることがばれてしまった。文系の教授もそれは実は分かっているのだが、それで食っていかなければならないので、黙っている。

そこで勉強より大切な事を学ぶのが大学である。その主な例が学園祭でありサークルであるという苦し紛れの言説を発明したのだ。

いまや大学程度の内容の学問は、大型書店で売っている専門書で簡単に独学できる。出来ない人は、大学に行っても勉強できない。

大学は専門書をそろえた大型図書館のようなものにしてもかまわない。そして各専門分野ごとに希望者に試験をすればよい。大学祭に代わって地域ごとに若者の集いのようなものをやって、お好み焼き屋だのコーヒーショップだの好きなバザーでもやればよい。政治活動のようなことは、また別な場所でやればよい。政治活動は、それに関心のない人や政治的主張の違う人を強引に巻き込んではならないのだ。
ジャンル:
学校
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 獣医学部などの大学定員につ... | トップ | (読書)「「読まなくてもい... »

あわせて読む