新時代の教育。学校に依存しない社会を目指すブログ。

学校の役目を大きく変える教育を提案。他にも社会問題やクラシック音楽なども語る

国会議員暴言事件と録画録音時代

2017-07-17 | 2017社会問題
某国会議員の秘書への暴言が話題になっている。これはレコーダーによる録音を残したために事実が発覚したものである。

昔は、今のように小型の録音機器がなかった。そのため暴言、暴力事件は発覚する確率が低かったと思われる。かつての偉人、名政治家などと呼ばれたり、銅像が建ったりしている人も、その活躍時代に小型の録音機があれば、本性がばれてしまっていたのかもしれない。

このような録音や録画が簡単にできるようになり、また街のあちこちに防犯カメラが設置されるといった時代を息苦しいとか、もっとおおらかな世の中にすべきなどと意見する人もいる。それはとんでもない間違った意見である。

録画・録音されて困るのは、人の目にふれない場所でやりたい放題やっている人だけである。まともな人は何も困らない。むしろ妙に疑われた場合、録画・録音が無罪の証明になることもありうる。つまり冤罪を防ぐ役割も果たせるのだ。

個人の住宅の寝室やトイレを盗撮するわけではなく、公の仕事の場や、公共の道路、公園などを録画するのはなんら問題はない。

そして問題ある行動を録画、録音した場合は、週刊誌などに売り込むのも結構だが、それをみんなに見てもらうような仕組みがあれば便利ではないか。そうすれば気になる行動はすべて公開することが容易になるだろう。


特に芸能人だとか、一部政治家などは、勘違いをしている人がいる。どんなに怒鳴っても暴力、セクハラ行為をしても、自分は許される。その見返りに大きな仕事をしている。後輩や部下への愛情があるから厳しいのだ等々。

しかしたとえ悪意がなくても、暴力・暴言はなくすべきである。

とてつもなくひどく怒鳴られたり殴られたりして、腹が立ったが、後にそれは自分に対する愛情、立派になって欲しいという純粋な気持ちからだったのだと気づいて感動する。こんなことは三流のテレビドラマでしか存在しない。暴言・暴力・セクハラなどは、被害者は加害者を許すことは絶対にないし、一生恨み続けるものである。

どんどん録画・録音が普及することを希望している。
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