Movie1001  映画千一夜

映画の話題を千一夜に渡って語り継ぎます。

第80夜 80日間世界一周(1956、日本公開は1957) 

2010年10月04日 | 第80夜まで

 原作が1960年代半ばに学習研究社から出版された「少年少女ベルヌ科学名作全集」(全12巻)に収録されていた。フランスの作家ジュール・ベルヌの個人全集である。各巻楽しみに、胸躍らせて読んだものだ。装丁も、内容も少年少女と冠するほど子供っぽくはなかった。まだSFという言葉が一般的ではなく、「空想科学」と称していた頃だ。

 中には科学、というよりはアドベンチャーだろうという作品もあり、そのためか学研版より前には岩崎書店から「ベルヌ冒険全集」(全12巻)が出ている。収録作品に大きな違いはないはずだ。

 ハードカバー単行本箱入りの装丁だったが、箱に描かれたイラストが少年の心を魅了した。ベルヌ作品は多く映画化されており、そのイラストが実写で動き出すのを見たいというのは当然の衝動である。

 映画「80日間世界一周」は初公開から10年ほど後のリバイバルロードショーで見た。183分、前奏曲が付き途中休憩のあるような大作だから地方でも1本立て興行だった。プログラムも買ったが、これがいわゆる映画のパンフレットと違いA5サイズくらいのハードカバーの本のような体裁だった。デザインには、多分公開時そのままだと思われる「古さ」が感じられた。まさか10年前の売れ残りではあるまい。が、この作品にはその体裁がなんとなく似つかわしかったように、今は感じる。 

 19世紀後半、飛行機のない、海外旅行など「夢のまた夢」時代に、ロンドン社交クラブの紳士が80日間で世界一周すると宣言し、賭けが行われる。果たして勝算はあるのか・・・。冒険また冒険の物語のみでなく、映画で見る名所旧跡とゲストの豪華スターを思い切り楽しむことの出来た、夢の時間だった。賭けに挑む紳士とその従者にドン・キホーテの姿を見ることも出来よう。

 本作のプロデューサー、マイケル・トッドが考案したトッドAOという新方式のワイドスクリーンが採用されている。70mmと一般的に呼ばれる方式だ。横幅が通常の35mmフィルムの倍だ。正確には65mmのネガで撮影されたものをサウンドトラック付きの70mmプリントに焼きつける、というプロセスを踏む。トッドAOは本作の前年にミュージカル「オクラホマ!」で初めて使用されている。

 2004年にはリメイク作品「80デイズ」が製作されている。ジャッキー・チェン主演なのでコメディ度、アクション度はアップしている。彼は紳士役ではなく、中国人という設定のその従者の方に扮している。豪華スターのゲスト出演も踏襲されている。 

 「80日間世界一周」でもう一つ忘れてはならないのがタイトル・デザインで、世界的なグラフィック・デザイナー、ソール・バスが担当している。企業のロゴ・マークなどを多数製作しているが映画との関わりも深い。その生涯でタイトルをデザインした作品は60本近い。

 アルフレッド・ヒッチコック監督との仕事は「めまい (1958)」を皮切りに「北北西に進路を取れ (1959)」「サイコ (1960)」と計3本続いた。特に「サイコ」では有名なシャワー・シーンの絵コンテも彼が描いている。

 「サイコ」は1998年にガス・ヴァン・サント監督がリメイクしている(日本公開は1999年)。モノクロだったオリジナルがカラーになり、俳優はもちろん新たにキャスティングされているが、他は台詞もカット割りもまったくオリジナル作品と同じ、極めて異例なというかユニークなリメイク作品になっている。

 ということは劇中音楽も、タイトル・デザインもそっくりコピーされている。したがって1996年に75歳で死去したソール・バス最後のタイトル・デザイン作品は、1998年製作の「サイコ」ということになる。

 今夜はここまで。また明日の夜をお楽しみに。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

第79夜 シャレード (1963)

2010年09月27日 | 第80夜まで

 オードリー・ヘプバーンとケイリー・グラントのおしゃれなミステリー・コメディ。スタンリー・ドーネンの監督作品で、ヘンリー・マンシーニ作曲のテーマ曲は映画音楽の定番だ。

 地方都市の高校生はこの作品をロマン・ポランスキー監督の恐怖映画「ローズマリーの赤ちゃん(1969)」と2本立てで鑑賞した。「シャレード」はリバイバルで、なぜその時期にと考えるに、オードリー主演の「暗くなるまで待って」が1968年に日本公開されており、そのオードリー・ミステリーの人気にあやかってリバイバル公開されたのでは?と推察できる。

 冬のリゾートからパリの街へ。おしゃれな舞台で展開する話は、スキーバカンスの留守中に殺害されたオードリーの夫の過去にまつわるミステリーだ。
 じき離婚予定だった夫は戦時中に軍資金を横領して追われていたことが分かる。見知らぬ三人組の男たちとスキー場で知合った男、果たして金の行方は・・・とハラハラ・ドキドキ、二転三転のストーリーが醍醐味の魅惑的な作品だ。

 2002年には「羊たちの沈黙(1990、日本公開は1991)」のジョナサン・デミ監督がリメイクしているがこちらは日本では公開されていない。

 「チャーリーズ・エンジェル」という、日本でもヒットしたTVドラマ・シリーズで人気を得たファラ・フォーセットが、初めて劇場映画で主演を果たした作品が「シャレード'79(1978)」である。原題は「Somebody Killed Her Husband」で、確かに夫が殺されるところは共通だが、リメイクでもなんでもない。まったく別の作品を「シャレード」に引っ掛けて少しでもファンの目を引こうとした努力は涙ぐましいと言うべきか。
 他の公開国で似たネーミングをしたところは皆無だ。

 「チャーリーズ・エンジェル」の方は2000年に映画化され、キャメロン・ディアス、ドリュー・バリモア、ルーシー・リューという豪華配役のアクション大作となった。

 スタンリー・ドーネンは「シャレード」に続いて「アラベスク(1966)」を監督。音楽ヘンリー・マンシーニとのコンビはここでも健在だが、配役はガラリと色合いの違うソフィア・ローレンとグレゴリー・ペック。「シャレード」がピンクと白とすれば、こちらは黄色と黒の配色だ。

 象形文字で書かれた秘密文書の解読を依頼された言語学者に謎の女性スパイがからむミステリーだ。文書が実は首相の暗殺計画を記述した暗号書であることが判明する。

 ドーネン監督は1924年生まれ。ミュージカルの舞台でコーラス・ボーイをやった縁で1949年にジーン・ケリーと共同で「踊る大紐育」を監督し、デビューを飾った人だ。
 言わば良き時代のハリウッド映画人である彼が、1980年、いくら時代の流れとはいえSFホラー作品「スペース・サタン」を監督するようになるとは・・・。絶頂期のファラ・フォーセットがこの作品にも出演している。

 彼女は2009年6月25日、癌のため62歳にして帰らぬ人となった。「ある愛の詩(1970、日本公開は1971)」に主演したライアン・オニールとの間には未婚のままもうけた子供があり、ずっと看病を続けてきた彼の求婚をファラ・フォーセットが受入れて結婚することが、22日に明らかにされたばかりであった。

 今夜はここまで。また明日の夜をお楽しみに。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

第78夜 1978年、冬。 (2007、日本公開は2008)

2010年09月09日 | 第80夜まで

 2007年の東京国際映画祭で審査員特別賞を受賞した作品である。

 舞台は1978年の冬、中国北部の田舎町である。この年は11年間続いた文化大革命が終わった翌年に当たる。閉鎖的な時代が終わり、開放政策へ舵が切られるが都会と田舎では温度差がある。

 主人公は18歳と11歳の兄弟だ。絵が好きで内気な弟と、工場勤めながらサボっては廃墟でラジオを聞いて外の世界に憧れる兄。ある日、彼らの家の向かいに北京の少女が移り住むことになる。二人は踊りが上手な彼女の美しさに惹かれる。

 監督の李継賢(リー・チーシアン)は「古いものと新しいものが交差する時代に、閉ざされた地方都市で生きる人間の運命を描きたかった」と話している。
 ある時代ある土地に確かに存在した、記憶と空気がこの映画の本当の主役であり、それを主人公兄弟の目を通して切り取ることが狙いなのだ。したがって、台詞より風景や音が重視され、ラジオ放送から流れる外国語や古びた鉄道など、町の空気の存在感をとらえるロングショットを積み重ねたカメラアングルは「時代色」を映す。

 李監督作品は本作が2作目に当たる。最初の作品は「思い出の夏(2001、2005)」で、この作品も田舎に暮らす少年の目を通して現代の中国を描いている。
 農村を訪れた映画の撮影隊クルーと、オーディションの結果、主人公の弟役として選ばれた村の少年の交流が描かれる。少年がどうしても言えない台詞に中国の都市と農村の較差が象徴される。

 日本で公開されて、人を集める中国映画は派手なアクション大作が多い。ハリウッド・アクションとは一味違うカンフーをベースにした華麗な動きに絢爛豪華な衣装と美術が加わり、それらがさらにCGで補強されて目を奪う。トップクラスの男優も女優もそのアクションを見事にこなす。それらの作品群に比べると予算は1割程度だという。
 しかし大作も必ずしも大ヒットというわけではないから、コケた場合のリスクは大きい。その上多くの関係者が様々な要求を突きつけてくる。それに比べると制作費の安い作品は損失も知れているし、自由度が高い。

 大衆迎合してヒットを狙うか自分のテーマ性を重視するかで、監督たる者、誰しも一度は悩むのだと思う。

 その「商業派」の代表格であるチャン・イーモウ監督作品「初恋のきた道(1999、2000)」はチャン・ツィイーの主演。彼女がこの後、「グリーン・デスティニー(2000)」「HERO(2002、2003)」「LOVERS(2004)」であれほど華麗なアクションをこなすようになるとは想像すらできない、ひたすら純情可憐としか言いようのないヒロインをホノボノと演じている。

 この作品も「都会と田舎」の物語だ。しかも背景に文革の影がさしている。

 都会からやって来た若い教師に思いを募らせるヒロインの一途な思いを描いた作品だ。話は入れ子になっており、この初恋の物語は、父の死で故郷を訪れた息子が、父母の若きの日なれ初めをたどる形で綴られる。

 老いた母の暮らす、現在の部屋の片隅にレオナルド・ディカプリオの「タイタニック(1997)」のポスターが張ってあるのが見える。1977年に文革が終結してからの長い時の流れを表わすと同時に、タイタニックの物語に両親の純愛をダブらせる、見事な小道具だ。

 今夜はここまで。また明日の夜をお楽しみに。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

第77夜 黄金の七人 (1965、日本公開は1966) 

2010年08月30日 | 第80夜まで

 60年代のイタリアン・エンターテインメント・クライム・ムーヴィーだ。A級ではないもののB級と貶めることも出来ない、極上の娯楽を堪能できる粋なシリーズ作品である。

 シリーズ全4作、と見せかけてまったく関係のない便乗モノが混ざっていたりするのも愛嬌だ。発売されているDVDボックスにはその便乗モノもしっかり入っている。

 オーシャンズ・シリーズのようなプロの犯罪チームが、第1作「黄金の七人」では金塊を狙う。指揮官たる「教授」+六人の男たち、の七人チームに美女が絡む。
 スイス銀行の大金庫に眠る金塊を地下の坑道からいただこうという計画だ。

 第2作「続・黄金の七人/レインボー作戦(1966)」ではターゲットがローマ銀行の金塊になる。地下坑道作戦は変わらないのだが、ローマの地下には元々、縦横に坑道が走っている。そこで彼らは、そこにレールを敷いて貨車を走らせ、盗まれた金塊は貨車に乗ってパリへ直行してしまう。となんとも大胆な話だが、ここまではまだ序盤のエピソードでこの後、七千トンの金塊強奪計画が進行する。
 「レインボー」は、変装用コンタクトレンズで目の色を七色に変化させて敵をあざむこうという作戦名だ。

 第3作「新・黄金の七人 7×7(1968、日本公開は1969)」では主要メンバーが一新する。紅一点だったロッサナ・ポデスタも本作には出演していないし教授も物語には登場しない。監督について各種データベースを調べると、引き続きマルコ・ヴィカリオがメガホンを取っているという説と、本作では彼は製作に回り、ミケーレ・ルーポが監督であるという説とあって、真偽は作品のクレジットで確認するしかない。

 が、これは便乗ではないシリーズもので、一番面白い出来と評価する人も多い。
 これまでと違って、金塊ではなく大量の紙幣を印刷しようという作戦だ。偽札ならどこにでもある話だが、なんと造幣局に侵入して本物の紙幣を印刷しようというのだ。それでも問題になるのはアリバイだ。

 彼らの考え出したアイデアは刑務所の囚人になることだった。一旦脱獄して、紙幣を印刷、うまく隠してまた獄中に帰るという段取りだ。後は刑期満了を待つのみ。こうして完璧な犯罪が進行したかに見せて最後の一ひねり。しかし、この最後のネタは映画を語るエチケットとしてばらせない。

 そして第4作「黄金の7人・1+6 エロチカ大作戦 (1971)」。監督はマルコ・ヴィカリオだし、ロッサナ・ポデスタも出演するがクライムとは程遠い艶笑喜劇。シリーズ便乗の番外編だ。

 1+6は一人のプレーボーイとお相手の六人の美女をさす。男には一般的男性にはない超能力というべきか、秘密兵器があるのだ。大きさもさることながら、普通2個しかないものが3個ある「○○三個症」というので、確かに「黄金」には違いないとシリーズに数えられているわけだ。

 今夜はここまで。明日の夜をお楽しみに。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

第76夜 爆走トラック '76 (1975、日本公開は1976) 

2010年08月25日 | 第80夜まで

 後に青春スターとして大ブレイクしたジャン・マイケル・ヴィンセントが、その少し前にはこんな映画にも出ていました、という感じのB級アクション作品。根っからの正義感トラック野郎の物語だ。

 主人公ジョーは兵役を終えて故郷で結婚し、運送業を始める。業界では禁制品の輸送がまかり通っており、それを牛耳る組織に一人立ち向かって正義を貫く熱血漢のまわりで起こる騒動の顛末が描かれる。あの手この手の嫌がらせにじっと我慢の主人公も、ついに堪忍袋の尾が切れる。

 全体に荒々しいタッチ、かつチープな作りというB級アクション映画の定石を踏襲している。監督のジョナサン・カプランはロジャー・コーマンの門下生。B級アクションからの転機は、軍事目的に飼育されているチンパンジーと人間の交流を描いた「飛べ、バージル/プロジェクトX(1987)」当たりから。次作、レイプ事件に取り組んだ法廷劇「告発の行方(1988、日本公開は1989)」では主演のジョディ・フォスターがアカデミー主演女優賞を獲得、一躍注目の監督となった。最近ではTVの人気シリーズ「ER」中のエピソードも多く演出している。

 劇中の会話にジョー・ダンテ監督の名前が出てくる。彼もまたロジャ−・コーマン軍団の一員でジョナサン・カプランの古い友人だ。

 ロジャー・コーマンは1926年生まれ。監督作も多いがもっぱら製作者として、50年代半ばから現在にいたるまで手がけた作品は数知れない。低予算の娯楽作品群の宝庫だ。一方で新人発掘の才能に優れ、その手によって世に出た監督もまた数多い。

 主演のジャン・マイケル・ヴィンセントの名がとどろいたのはジョン・ミリアス監督の「ビッグ・ウェンズデー(1978、日本公開は1979)」においてであった。サーフィンが一つのファッションになったきっかけを作ったといっても良い作品だ。

 物語は1960年代に始まる。水曜日にやってくるという伝説の大波に挑むことを夢見る三人のサーファーの物語だ。ベトナム戦争をはさんで再会した三人に、待ち望んでいたその日がやって来る。

 青春時代の夢や友情、喜びや苦悩がカリフォルニアの海辺の町を舞台に描かれる。背景となる60年代から70年代にかけて、ベトナム戦争が心に残した傷跡を抱えながらも再び夢にかけるアメリカの若者たちに自分の青春を重ねて、やや感傷的な気分に浸ることが出来る。出演当時のジャン・マイケルは34歳、もう若者でもなかったのだが・・・。

 最近では第66夜で紹介した「バッファロー'66」に顔を出していたが、現在は健康上の問題などを抱えておりスクリーン復帰は難しそうだ。

 監督したジョン・ミリアスも高校時代はサーフィンに熱中したらしい。彼もまたロジャー・コーマン門下の一人だ。「ロイ・ビーン(1972、日本公開は1973)」「大いなる勇者(1972)」などの脚本を手がけた後、1973年に「デリンジャー(日本公開は1974)」で監督デビュー、以後「風とライオン (1975、日本公開は1976)」に続いて本作を監督している。脚本ではフランシス・コッポラ監督の「地獄の黙示録(1979、日本公開は1980)」も手がけており、なぜかこの人の場合はB級臭がない。

 今夜はここまで。明日の夜をお楽しみに。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

第75夜 エアポート'75 (1974)

2010年08月23日 | 第80夜まで
 
 1970年代半ばはパニック映画が1大ジャンルを形成していた。その先駆けとなったのが「ポセイドン・アドベンチャー(1972、日本公開は1973)」である。

 大晦日の夜、大津波に襲われて転覆した豪華客船ポセイドン号から生存者が決死のサバイバルをはかる脱出劇だ。転覆時のスペクタクルと、その後の天地が逆転した船内で繰り広げられる人間ドラマもオールスターキャストで見応えがあった。
 2006年にはウォルフガング・ペーターゼン監督が最新の映像技術を駆使してリメイクした「ポセイドン」が公開されている。

 海の次は空、というわけで登場するのが本作だ。パニック状態でジャンボ機の操縦桿を握ることになるのはカレン・ブラック扮するチーフ・スチュワーデスだ。客の扱いはベテランでも、これはさすがに緊急事態だ。

 濃霧の発生により、予定のコースを外れて近場の空港に着陸するため下降を開始したジャンボ機に、付近を飛行中の自家用機が激突する。コック・ピットは機能停止だ。かくして乗客の運命は地上からの指示で操縦桿を握るスチュワーデスの手に・・・というわけだ。
 しかし、それも限界。無事着陸のためには破壊されたガラス部分からコックピットに乗り移るしかない。・・・というわけで本作中最大の山場、飛行中のジャンボへ生身の人間が体を張って決死のアクセスを試みるシーンが用意されている。スチュワーデスの操縦だけでも観客はすでに「手に汗」状態なのに、そこまでやってくれるとは・・・。

 パニック映画の特徴は・・・これでもかと、次から次の難問、難題が襲い掛かってくること、それを支える人間ドラマが重厚であること、配役が豪華であること。正にハリウッドならではの条件である。 本作ではチャールトン・ヘストン、ジョージ・ケネディ、グロリア・スワンソン、リンダ・ブレアらが名前を連ねており、最大のアクロバティックな見せ場はヘストンが演じている。

 ハリウッドには元々1つの舞台に集うそれぞれの人生模様が同時進行で描かれる群像劇形式の作品群があり、その元祖とも言うべき「グランド・ホテル(1932、日本公開は1933)」にあやかってそれらを「グランドホテル形式」と称している。
 パニック映画はそれを見事に踏襲しているわけだ。

 これに続いて超高層ビルの火災パニックを描いた「タワーリング・インフェルノ(1974、日本公開は1975)」、ロサンゼルスを舞台にした「大地震(1974)」など続々と発表されるが、いずれも単発だ。

 この「エアポート」だけは珍しくシリーズ化されており、'75の後は'77、'80と続く。テレビシリーズではさらに'98、'99、'2000、'2001がある。ハイジャック、ミサイル攻撃などいろいろな危機に見舞われているが'99ではなんと13歳の少女に操縦桿を握らせている。

 実は、この一連のエアポートシリーズの原点とされている作品があるのだ。

 アーサー・ヘイリーの原作が四百万部を売りつくしたベストセラーの映画化「大空港(1970)」がそれである。ここでも機内に持ち込まれた爆弾騒ぎがストーリーの核にはなっているものの、主舞台は航空機ではなく空港の方だから、さらに色々な出来事が同時多発的に進行しており、よりグランドホテル的な作品になっている。

 今夜はここまで。また明日の夜をお楽しみに。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

第74夜 7月4日に生まれて (1989、日本公開は1990) 

2010年08月02日 | 第80夜まで

 オリヴァー・ストーン監督作品。

 彼の監督デビュー作は「邪悪の女王」という1974年のホラー映画で日本では公開されていない。続く「ミッドナイト・エクスプレス(1978)」はアラン・パーカー監督作品でストーンは脚本を担当したが、これで見事アカデミー賞とゴールデン・グローブ賞の脚本賞に輝く。ストーン31歳の輝けるスタートである。

 監督第2作は1981年製作のホラー映画「キラーハンド」で、これは日本公開されたものの公開年は10年後の1991年、したがって日本デビューと呼べるのは監督第3作に当たる「プラトーン(1986、日本公開は1987)」である。

 ストーン監督は学生時代に半年間、一度ベトナムへ行っている。その後1967年に陸軍に志願、ベトナム戦に赴いている。その実体験を基に撮影されたベトナム戦争映画が「プラトーン」である。プラトーンとは戦闘小隊のことで、主人公クリスが大学を中退してまで志願したベトナム戦の過酷さがリアルに描かれる。

 配属先の冷酷な小隊長と無益な殺人に批判的な班長の対立がドラマを生む。トム・ベレンジャーとウィレム・デフォーがそれぞれ扮しており、顔立ちから一般的に考えるのとは逆の配役がまた良い味を出している。

 敵ではなく、その対立ゆえに起こる味方同士の殺し合いが戦争の狂気として描かれ、1986年のアカデミー作品賞、監督賞ほか全4部門で受賞した秀作である。主演はチャーリー・シーンで、父親のマーティン・シーンもまたフランシス・コッポラ監督のベトナム戦争もの「地獄の黙示録(1979、日本公開は1980)」に主演している。

 「プラトーン」の3年後に発表されたのが「7月4日に生まれて」である。この作品はベトナム戦争後を描いたもので、「ベトナム後遺症もの」は一つのジャンルを形成するほど映画にはよく取り上げられたが、その代表作といえる作品だ。
 トム・クルーズ主演で1989年のアカデミー賞では再びの監督賞、編集賞と2部門で受賞している。

 7月4日とはアメリカ合衆国の独立記念日である。その日に生まれ、ゆえに純粋な溢れるような愛国心で海兵隊に入隊しベトナム戦争に参加した若者が、どのように挫折し、傷ついて苦悩の日々を送るに至ったかが濃厚に描かれる。(ちなみにトム・クルーズは7月3日生まれである。)

 ロン・コヴィックの実話に基く小説が原作となっており、コヴィックはオリヴァー・ストーンと共同で脚本にも参加している。クルーズがそのロン・コヴィック役である。
 本作の中でも、ベトコンの急襲にパニックに陥った主人公が誤って部下に銃口を向けてしまう場面がある。悲しいことだが戦争に行って、味方の銃弾で命を落とす兵士は多いらしいのだ。

 ロン自身も脊髄を損傷し下半身付随となる。が、帰郷後、すでにベトナムに批判的になった国内では、英雄視どころか冷たい非難の視線を浴び、酒に溺れていく。そんな状況で知合った男の言葉に自らの人生の意味を悟り、目覚めたロン・コヴィックはしだいに反戦運動に身を投じていく。
 転機を与える男が「プラトーン」のW・デフォーという配役がうれしい。

 比較的社会性の強い作品を撮り続けたオリヴァー・ストーンはその後「JFK (1991、日本公開は1992)」「ニクソン (1995、日本公開は1996)」など実在のアメリカ大統領を主人公に現代のアメリカに迫っている。2003年にはキューバのカストロにインタヴューしたドキュメンタリー「コマンダンテ(日本公開は2007)」、続いて「ブッシュ(2008、日本公開は2009)」を発表、と政治家映画がストーン監督の一つの「路線」を形成しつつあるようだ。 

 今夜はここまで。また明日の夜をお楽しみに。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

第73夜 ストレイト・ストーリー (1999、日本公開は2000) 

2010年07月30日 | 第80夜まで
 
 デヴィッド・リンチ監督作品。

 捻じ曲がったリンチ・ワールドに親しんできた観客にとっては、まったくもって真っ当な普通の映画で逆に度肝を抜かれた。デヴィッド・リンチもこういう映画が撮れるんだという、驚嘆の眼差しで鑑賞した作品だ。

 1991年から日本でもテレビ放映が開始され、話題を読んだ外国ドラマ「ツィン・ピークス」の監督が彼だ。それ以前に日本でリンチの名前が記憶されるに至ったのは1981年に公開された「エレファント・マン」においてだ。
 この映画は受賞こそしなかったもののアカデミー賞でも作品賞ほか全8部門でノミネートされていた名作だ。19世紀末のロンドンに実在した「象人間」ジョン・メリックとその主治医の交流を描いている。濃厚な怪奇趣味に彩られながらもヒューマン・ドラマとして受け入れられた。リンチ監督にとっては長編第2作目の作品だ。

 第1作目の「イレイザーヘッド」は1976年の作品ながら公開されずにきたところ、「エレファント・マン」の大ヒットでようやく陽の目を見ることとなり、同じ1981年に急遽公開されている。話題のあるうちに少しでも早く、という作戦だ。と、いうのはこれこそがリンチ・ワールドの原点ともいうべき奇怪さと難解さで、観客にとっては人口的な悪夢を見せられているに等しい実験的な作品だったからだ。

 こういう不条理で異様なトーンの作品を繰り返し発表しつづけた末に登場したのが「ストレイト・ストーリー」である。真っ直ぐな作品だ。タイトルにするくらいだから自分でもこれまでのひねくれ具合を自覚しているのかと思ったら、主人公の名前がアルヴィン・ストレイト。73歳の老人だ。

 仲違いして疎遠になっている3つ違いの兄が心臓発作で倒れたと聞き、駆けつける。といっても東京と大阪のほどの距離を、時速8kmのトラクターを駆って6週間の長旅を成し遂げる、そのロードムービーだ。
 しみじみ感動系の作品で2人の老人が主人公である。主演は弟リチャード・ファンズワースと兄ハリー・ディーン・スタントン。撮影当時それぞれ79歳、73歳と実年齢は逆だ。ファンズワースはこの作品でアカデミー史上最年長の主演男優賞ノミネーションを果たすが、2000年に末期ガンを苦にした拳銃自殺を図り、80歳で世を去る。

 リンチ監督にはこの作品をはさんで「ロスト・ハイウェイ(1997)」と「マルホランド・ドライブ(2001、日本公開は2002)」がある。
 どちらも、途中で2人の人物の人格がスイッチするような不思議な感覚の作品だが、前者が男性版、後者が女性版である。

 そういう意味で「ストレイト・ストーリー」の女性版を探すと「八月の鯨(1987、日本公開は1988)」というリンゼイ・アンダーソン監督作品がある。
 小さな島の別荘で夏を送る老姉妹の日常生活を描く物語だ。毎年8月になるとそこの入り江には鯨がやって来るのだった。でも今は、それも遠い昔・・・。
 主演はリリアン・ギッシュとベティ・デイヴィス。94歳と79歳で堂々の主演だ。主な配役5人のうち最年少が66歳という、見事に年齢を重ねた俳優たちのアンサンブルによる作品だった。

 ギッシュは1993年、あと半年ほどで100歳という時に心不全で世を去る。生涯独身を通したそうだ。

 今夜はここまで。また明日の夜をお楽しみに。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

第72夜 火の鳥2772 愛のコスモゾーン (1980)

2010年07月20日 | 第80夜まで

 手塚治虫のライフワークともいえる「火の鳥」は昭和29年に連載が開始される。

 出版界、特に雑誌の世界は興亡が激しく、掲載誌も『漫画少年』→『少女クラブ』→『COM』→『マンガ少年』→『野性時代』と変遷をたどっている。
 「黎明編」からスタートするものの『漫画少年』出版元の学童社倒産のため未完に終わっている。『少女クラブ』には「エジプト編」、「ギリシャ編」、「ローマ編」が発表されるが『COM』で再び「黎明編」(漫画少年版とは異なる)がスタートし、これ以降の作品がある一定の構想に基いて発表されている。

 一定の構想とは過去と未来を交互に描きながら、しだいに現代に近づく構成などをさす。

 「火の鳥」には、生命とは何かという根源的なテーマがあり、いつの世も変わることのない人間の欲望が「永遠の命」を得ることができるという不死鳥「火の鳥」の生き血を求めるドラマを、壮大な時間軸の中で展開して見せてくれる。

 この「火の鳥2772 愛のコスモゾーン」は原作を脚色したものではなく、映画用に書き下されたオリジナルのアニメ作品である。ただし、脚本は手塚治虫も共同執筆し、総監督としてもクレジットされている。

 舞台は、未来の管理社会。育児ロボットに育てられ、あらかじめ宇宙ハンターになることを運命付けられたゴドーが、不老不死の宇宙鳥2772の捕獲を命じられる。

 実写版では市川崑が監督した「火の鳥(1978)」がある。これは「黎明編」の映画化作品である。古代ヤマタイ国を舞台に、不老不死の力を手に入れたい女王ヒミコの神話の世界と火の鳥の物語が交錯する。
 映画では手塚アニメによる火の鳥が実写画面に合成されている。

 ハッピーエンドは幸せな場面までしか見せないからそうなのであって、その後があるとすれば、すべての登場人物には、いつか必ず死が訪れる。
 仮に過去の話がどんなに幸福な結末を迎えても、話が未来に飛んだとたん、過去の人物はすでにこの世にいないことになる。

 だからなのかどうか、「火の鳥」の各編にはハッピーエンドが無い。登場人物はそれぞれの時代の中で命をまっとうする。しかし、時代が変わり、人が変わっても欲望も愚行も、逆に愛も希望も繰り返される。同じキャラクターも繰り返し現れて、一種輪廻の物語でもある。

 その代表が本作のサルタ(黎明編では猿田彦)である。時代が変わっても何らかの理由で大きな鼻を持つ運命にあり、火の鳥と関わる宿命を持っている。
 火の鳥の物語は時間の振り子がいずれ現代に収束する予定であった、と書いた。手塚治虫の構想の中では「鉄腕アトム」の物語も火の鳥と接点を持つ予定だったらしい。

 アトムはロボットゆえに不死であり、アトムの発明者である御茶ノ水博士は大きな鼻を持つキャラクターとして、猿田彦との関係性を指摘することも出来る。

 2003年にセガから発売されたゲームボーイ・アドバンス用のソフト「ASTRO BOY・鉄腕アトム 〜アトムハートの秘密」のストーリーにその構想の具現化を見ることが出来る。ここでは火の鳥が影の主人公でもあるのだ。

 「火の鳥」はこの他に鳳凰編がアニメ映画に、ヤマト編、宇宙編がオリジナルビデオ作品に、乱世編が連続ラジオ小説に・・・と数多くメディアに登場している。2004年にはNHKが全13話で黎明編、復活編、異形編、太陽編、未来編を放映している。

 また本作「愛のコスモゾーン」はミュージカル化されたこともあり、1988年に新宿スペース・ゼロの杮落とし公演として上演された。主役のゴドーは当時のアイドルスター沖田浩之が演じたが、沖田は1999年、36歳で自らの命を絶った。
 ここにもハッピーエンドはなかったのだ。

 今夜はここまで。明日の夜をお楽しみに。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

第71夜 ピアニスト (2001、日本公開は2002)

2010年07月15日 | 第80夜まで

 死ぬまで大地に降り立ったことのない「海の上のピアニスト(1999)」も、ホロコーストを生き延びた「戦場のピアニスト(2002、日本公開は2003)」も心に残る名作であった。

 それに比べるとこちらのピアニストはちょっと手ごわい。変態の女性ピアノ教師なのだ。ただ変態=Hな作品と思ってはいけない。人間の業(ごう)に迫る秀作だからだ。

 2001年カンヌ国際映画祭・審査員特別グランプリ受賞作品である。主演はイザベル・ユペール。フランスを代表する女優の一人で、第8夜「8人の女たち」にも出演している。

 ヒロインのエリカは、彼女をピアニストにすることを夢見た厳しい母親に育てられ、今も母と二人暮し。その夢も果たせずピアノ教師に甘んじて、今や中年の域に達した女の心に潜む闇を描いている。そうとは知らずに彼女に惹かれた音楽院の学生との間の歪んだ「愛」が、どのような結末を迎えるのか。それは是非DVDを見ていただきたいが、一言でいうと、とても「痛い」結末だ。抑圧され屈折した性の暴走は激しく、その果ては切ない。

 彼女がどう変態かというと。病的なマゾヒストなのだ。ポルノショップなどにも平気な顔でズカズカと入ってしまう。多少のやましさを感じながら店内にいる客の男たちは、その平然さに驚いてしまう。若くはないものの気品ある美しい女性が来る場所ではないからだ。

 学生を演じるのがブノワ・マジメル。こちらも若手(公開時27歳)ではフランスを代表する一人だ。約20歳の歳の差をものともせず堂々たる演技で、イザベル・ユペールと共にカンヌでは最優秀主演女優賞と男優賞をそれぞれ受賞している。

 監督はオーストリアのミヒャエル・ハネケ。ウィーン大学で哲学、心理学、演劇を学んだという経歴からしてメジャー公開される娯楽映画の監督ではない。日本での公開作は本作の前に「ファニー・ゲーム」、本作の後に「隠された記憶」があるのみであったが、2007年には自らハリウッドでメガホンを取って「ファニー・ゲーム」をリ・メイク、翌年日本でも「ファニー・ゲーム U.S.A.」のタイトルで公開されている。配役もナオミ・ワッツ、ティム・ロスにマイケル・ピットというスター映画になっている。

 「ファニー・ゲーム」は第5作目にして初の日本公開作品である。監督デビュー作からの未公開4作も現在はDVDで鑑賞できる。その第3作目が「71フラグメンツ(1994)」という作品である。

 冒頭に、19歳の学生が銀行に押し入り無差別に3人を殺害した後、自殺した、と字幕のみで説明される。
 それからは一体何が描かれているのか良く分からないまま本編が始まる。一種の群像劇の体裁で、多くの登場人物がどこで何をやっていたのかが時系列で平行的に描写される。バラバラなシーンの羅列がどういう意味を持つのか分からないながらも、しだいに流れが収斂してやがてすべてに納得の行くラストがやって来る。

 あるシーンから回想に入り、再びもとのシーンに帰るという手法はあるが、この映画の場合、実は最初の字幕から時間が遡り、ラストで映像がそこにたどり着くという巧妙な仕掛けになっている。

 事件の場ですべての登場人物が時間と場所を共有することになるが、そこにいたるまでは何の関係もない人たちが様々な場所でそれぞれの生活を営んでおり、それらが71の断片的な映像として提示されていたことを観客は知る。

 時折挿入されるテレビニュース映像は、世界を揺るがす大事件も日常生活も同じ地上の一コマを構成する要素として並列されている。まるで神の視点のようなクールさだ。

 そこにハネケ作品の特質の一部があるといっても良いだろう。

 今夜はここまで。また明日の夜をお楽しみに。
コメント (0) |  トラックバック (0) |