Movie1001  映画千一夜

映画の話題を千一夜に渡って語り継ぎます。

第135夜 さよなら夏のリセ (1983、日本公開は1984)

2012年05月31日 | 第140夜まで

 リセとはフランスの中等教育機関の後期過程をさし、日本だと高等学校に相当する。バカロレア(大学入学資格)を取得することが一つの目的となる。
 ドイツなら第133夜に登場する「トーマの心臓」の舞台であるギムナジウムがそれに当たる。が、こちらは修業期間が9年と長く、中高一貫教育のようなイメージだ。

 舞台は1950年代、フランスはロワール地方のリセだ。
 本作の監督はロジェ・ヴァディム。主演のクリスチャン・ヴァディムはその息子で映画での役名もクリスチャンだ。

 リセに学ぶ6人の学生の青春の日々が描かれるが、クリスチャンは彼らの日常に波紋を立てる役回りだ。なにか訳のありそうな美貌の母と息子が、ある時町にやって来たのだ。父親の姿はない。その父の不在の秘密が物語に大きなうねりを引き起こす。大戦後の話だが、まだ戦争は影を落としているのだ。

 主演したクリスチャンの母親は女優のカトリーヌ・ドヌーヴである。ヴァディムとドヌーブに婚姻関係はなかったが、映画監督であると同時にプレイボーイ(職業ではないのだが・・・)であったロジェ・ヴァディムには、生涯に5人の妻がいた。

 最初の妻バルドーは雑誌のモデルをしていた16歳の時に24歳のヴァディムと結婚する。1952年の出来事だ。ヴァディムの監督デビューはその4年後1956年で、妻バルドーを主演に「素直な悪女(日本公開は1957)」を撮っている。バルドーはその魅力で一気にスターの座を手に入れ、時代のセックス・シンボルとなる。しかし、共演したジャン・ルイ・トランティニャンと恋に落ち、57年にはヴァディムと離婚しているのだから皮肉なものだ。

 1958年にはデンマークの女優と結婚、アネット・ヴァディムの名で「危険な関係(1959、日本公開は1961)」「血とバラ(1961、日本公開は1962)」に出演させているが2年で離婚、3人目の妻、ジェーン・フォンダを迎えるのが1965年である。
「輪舞(1964)」「獲物の分け前(1966、日本公開は1967)」「世にも怪奇な物語(1967、日本公開は1969)」「バーバレラ(1967、日本公開は1968)」と立て続けに主演させて73年に離婚している。

 「世にも怪奇な物語」はオムニバス作品で、ルイ・マルが監督した第2話はヴァディム元妻のブリジット・バルドーが主演である。

 1975年には衣装デザイナーと結婚しているが数年で離婚、1990年に最後の妻となるマリー・クリスティーヌ・バローと結婚、彼女とは没年まで離婚していない。

 息子クリスチャンの誕生は1963年で、アネット・ヴァディムとジェーン・フォンダの間に未婚の母カトリーヌ・ドヌーヴがいたことになる。
 
 フィルモグラフィーで女性遍歴を辿ることができるという恵まれた(?)仕事振りだが、最後の妻マリー・クリスティーヌの主演映画は撮っていない。

 晩年はテレビの仕事が多く、劇場映画で遺作となったのは「可愛い悪女(1987)」である。この作品は日本未公開のアメリカ映画で原題の「AND GOD CREATED WOMAN」はデビュー作「素直な悪女」の英語タイトルと同じだ。時代も舞台も違うが一応リメイクといえる。
 遺作がデビュー作に回帰してフィルモグラフィーの輪が閉じ、完結している。

 今夜はここまで。明日の夜をお楽しみに。
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第134夜 あの、夏の日 〜とんでろ じいちゃん〜 (1999)

2012年05月21日 | 第140夜まで
 大林宣彦の監督作品といえば「尾道」、その尾道を舞台にした6番目の作品に当たる。区切りの良い数字といえば「3」なので「転校生(1982)」「時をかける少女(1983)」「さびしんぼう(1985)」までが「尾道三部作」とくくられてしまったものだから、その後に続いた「ふたり(1991)」以降「あした(1995)」と本作までが「新・尾道三部作」と称される事になる。その意味では新・三部作の完結編に当たる。

 この後、大林作品は尾道を離れ、大分を舞台にした作品群が撮られることとなる。

 尾道全6作を並べてみると第3作までが80年代、4作以降は90年代で、第3作と4作の間は6年おいている。テーマ的にも三部作は青春ファンタジーだが、「新・三部作」になると死や老いの問題が語られるようになる。 

 新三部作の「ふたり」と「あした」は赤川次郎の原作で幽霊話、本作は「転校生」「さびしんぼう」と同じ山中恒の原作であり、ファンタジーだが、青春ではなく老年ファンタジーの趣だ。

 山中恒は1931年小樽生まれで、8歳で神奈川に転居するが戦争中再び小樽に疎開している。尾道とは縁もゆかりもない児童文学者だ。多くの作品を執筆する一方、戦時下の教育が敗戦とともに180度方向転換したことに不信感をもち、当時どのような教育がなされたかを克明に記録した「ボクラ少国民」のシリーズを1974年から発表している。が、本作にその気配はない。

 映画の舞台を尾道にしたのは大林監督の創作である。山中原作の「はるか、ノスタルジィ(1992、公開は1993)」は、山中に敬意を表して小樽を舞台に映画化している。

 「あの、夏の日 〜とんでろ じいちゃん」は、夏休みに一人で尾道におじいちゃんを訪ねてやって来た少年の物語だ。おじいちゃんは少しボケがきている。その監視の意味も含めて忙しい家族に代わって一人大任を負ってやってきたわけだ。

 しかし、田舎の夏は不思議なことが一杯起こる。それを引き起こしているのが、どうもおじいちゃんの唱える不思議な呪文(歌?)のようなのだ。おじいちゃんの混濁した記憶は時々昔に帰る。その幻想が少年にはタイムスリップした現実として目の前に現れるのだ。

 おじいちゃんの口ずさむ呪文が古いレコード盤から流れてくる。その曲が好きだった少女をおじいちゃんはずっと忘れずに思い続けていた。おじいちゃんの初恋だ。

 曲名は「ジョスランの子守唄」。ジョスランとは「ブラームスの子守唄」のような作曲者の名前ではない。「ジョスラン」という歌劇の中で歌われる曲なのだ。作曲者はバンジャマン・ルイ・ポール・ゴダールというフランスの音楽家だ。この曲を除けば、作曲家も歌劇作品もほとんど知られていない。

 映画に登場する、近藤朔風の訳した歌詞の後半が心に残る。

   夢のまきまきに あこがれよ み空へ
   眠れいとし子よ 眠れ今は小夜中(さよなか)
   あゝ夢ぞいのち マリアよ守りませ

 少年とおじいちゃんの、ひと夏の冒険にも似た共同生活の最後に、おじいちゃんは倒れ帰らぬ人となってしまう。休みが明けて少年は都会に戻るが、時々空を見上げるとおじいちゃんの飛んでいる姿が見える。

 今夜はここまで。明日の夜をお楽しみに。
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第133夜 1999年の夏休み (1988)

2012年05月08日 | 第140夜まで

 原作は萩尾望都のコミックス「トーマの心臓」である。「トーマの心臓」は1974年に「少女コミック」に連載された。舞台はドイツのギムナジウム(高等中学)であり、したがってコミック版の登場人物はユーリ、トーマ、エーリク、オスカーなどドイツ名の少年たちだ。

 タイトル・ロールのトーマは学園のアイドル的な存在であった。物語はそのトーマの転落死から幕を開ける。事故と思われていたが、やがてユーリ宛ての遺書が見つかる。ドーナツの輪のように、その中心が欠落した世界に転校生エーリクがやって来る。ところが、彼が死んだトーマとうりふたつだったことから学園に波紋が広がっていく。

 少年だけの世界の愛憎という耽美的な要素もからみながら、トーマの死の真相をめぐって、物語はやがて普遍的な人間の愛へと向かっていく。

 誰からも愛された不在の主人公トーマは「フロイライン(お嬢さん)」というニックネームで呼ばれたいた。少年期は彼らが「男」になる前の中性的な危うさを内包した時期でもある。

 金子修介が監督した映画「1999年の夏休み」は出演者が4人だけで、しかもすべて女性によって演じられる。夏休みでほとんどが帰省したあと学園の寮に残った少年たち、という設定のドラマになっている。日本に翻案された物語なので登場人物は悠、和彦、直人など日本名だ。

 映画の方は原作とはやや趣向が異なり、中心不在の愛憎劇をベースに輪廻的な香りを漂わせる。少年の一人を深津絵里が演じており、当時は旧芸名・水原里絵でクレジットされている。

 「トーマの心臓」は舞台化もされており、1996年に劇団Studio Lifeが初演、その後再演を重ね、2003年には全国4会場で公演されている。Studio Lifeは映画とは反対に男性のみの劇団であり、原作通りの耽美性は劇団のひとつの路線にもなっている。

 映画では1997年に公開された「百合の伝説 シモンとヴァリエ(1996)」がオール男性キャストで話題を呼んだ。この作品は20世紀初頭のカナダ・ケベック郊外の修道院を舞台にした、少年たちの「禁断の愛」が描かれている。それはともかく、劇中に登場する少年の母親やら、(特殊な職業に就いているわけではない)普通の女性たちもすべて男優が演じているのは、違和感がないとは言えなかった。

 この耽美世界を既に年老いた老醜漂う男の回想という形式で描いていくのだが、あの美少年がこんなになってしまうのかと、時間の残酷さにただただ嘆息を漏らしてしまった。

 「トーマの心臓」には最近流行のスピンアウト作品がある。「湖畔にて/エーリク 十四と半分の年の夏」では後日談が語られ、登場人物の一人オスカーを主人公にしたサイドストーリー「訪問者」ではオスカーが学園にやってくるまでの前日談が語られている。
 劇団Studio Lifeは「訪問者」も舞台化しており、2000年〜2001年には「トーマの心臓」との連続上演が果たされている。

 今夜はここまで。また明日の夜をお楽しみに。
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第132夜 13歳の夏に僕は生まれた(2005、日本公開は2006)

2012年04月12日 | 第140夜まで

 13歳の夏、少年サンドロは真夜中の海に転落する。裕福な家庭の少年はその夏、父親と地中海クルージングに出かけていたのだ。

 そこに密航船が通りかかる。船にはイタリアに向かう不法移民が乗っていた。妹と乗り込んでいたルーマニア人の少年ラドゥが、海に飛び込みサンドロを助ける。九死に一生を得たものの密航船の耐えがたい環境はサンドロにとって試練の場だった。

 果たして、巡視艇に発見された密航船は港の移民センターへと曳航されることになる。

 13歳の夏、心の中で何かが変化したイタリア人少年と、ルーマニアから不法入国をはかろうとした兄妹はその後どのような運命をたどるのか?

 監督のマルコ・トゥリオ・ジョルダーナの公開作には「ペッピーノの百歩(2000、日本公開は2004)」「輝ける青春(2003、日本公開は2005)」がある。いずれもイタリア映画祭で上映された後、好評に支えられて一般公開に至っている。

 イタリア映画祭は2001年から毎年開催されている。そもそもは、1996年にイタリアで開催された「イタリアにおける日本年」の返礼として、2001年に「日本におけるイタリア年」が企画され、イタリアの文化・芸術を紹介する催しの一環として「イタリア映画祭2001」を開催したのが、そのルーツである。

 「イタリア映画祭2001」は全国10会場で開催されたが、「ペッピーノの百歩」は東京会場でのみ特別上映された作品である。

 「ペッピーノ」は主人公の名前で、マフィアが支配する小さな町に生まれている。ボスの家はペッピーノの家から百歩の距離にある、というのがタイトルの意味である。

 ボスは町の生んだ偉人である。頭脳明晰なペッピーノはいつかボスのような偉い人に・・・という両親の期待を負う自慢の息子だ。しかし60年代の、既存の価値観の否定という世界の流れにペッピーノも組し、やがてマフィア糾弾に乗り出した彼の死体が発見されることになるという、実話に基く社会派サスペンスである。

 「イタリア映画祭2004」で好評を博した「輝ける青春」は翌2005年の公開となる。これは6時間6分の大作である。「ペッピーノ」で映画初出演にして主演を果たしたルイジ・ロ・カーショを再び迎えての作品だ。
 ある家族の37年間を描く大河ドラマで舞台はローマ。両親と4人の子供がいる中流家庭の、一つ違いの兄弟ニコラとマッテオを主人公に物語が動く。一人の少女との出会いが二人の人生における岐路となり、その行方を大きく変えていく。

 ルイジ・ロ・カーショは兄のニコラを演じているが、同じ「イタリア映画祭2004」の参加作品「夜よ、こんにちは(2003、マルコ・ベロッキオ監督作品で日本公開は2006)」にも主演している。また前年の「イタリア映画祭2003」でも主演作「ぼくの瞳の光 (2001、ジュゼッペ・ピッチョーニ監督作品で日本公開は2004)」が上映されており、映画デビュー以来、日本におけるイタリア映画の顔となっている。

 ハリウッド映画があえてアメリカ映画といわれることはない。フランス映画やイタリア映画がそう呼ばれるのはハリウッドに比べて公開本数が圧倒的に少ないからだ。いまや興行にかけられるイタリア映画はほんの数本。良い映画でもヒットしそうになければ劇場公開は難しい。映画祭はその良質の作品に陽が当たる唯一の貴重な機会なのである。

 今夜はここまで。明日の夜をお楽しみに。
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第131夜 インディアナポリスの夏 (1997、日本公開は1999)

2012年03月15日 | 第140夜まで
 舞台は1954年の夏、インディアナポリスに向かう列車の中で二人の青年が再会する。故郷へ向かう二人は対照的な性格を持っている。内向的な性格でスポーツ写真家になったソニーと、元アメフトの花形プレーヤーだったが朝鮮戦争で負傷したガナーである。

 サブタイトルに「青春の傷痕」とあるとおりハッピーな作品ではない。故郷での二人の恋の顛末、挫折と事故、そして再出発までの苦い物語が描かれている。

 二人を演じるジェレミー・デイヴィス(ソニー)とベン・アフレック(ガナー)も俳優として対照的である。

 ジェレミー・デイヴィスはあまり知られていないが、ラース・フォン・トリアー監督の連作「ドッグヴィル(2003、日本公開は2004)」「マンダレイ(2005、日本公開は2006)」やTVシリーズ「LOST」などに出演している。

 一方のベン・アフレックは同じ1997年製作の「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち(日本公開は1998)」に出演しているが、主演のマット・デイモンと二人で書いたこの作品の脚本がアカデミー脚本賞を受賞して一躍脚光を浴びた。二人は幼い頃からの友だちだそうだ。

 「傷痕」の前には「輝き」もあった。「青春の輝き(1992、日本公開は1993)」というブレンダン・フレイザー主演の、フットボール奨学生が主人公の作品にもベン・アフレックが出演している。
 この作品でもマット・デイモンが共演しているが、本格的な二人の共演作は1999年製作の「ドグマ(日本公開は2000)」である。この作品で二人は「追放された天使」を演じ、彼らが地上で巻き起こす騒動が描かれる。海外では宗教上の理由で上映禁止運動も起こった「問題作」だ。

 ベン・アフレックには弟ケイシーがいる。「オーシャンズ」シリーズではメンバーの一人としてマット・デイモンと共演している。一躍注目を浴びたのはブラッド・ピット主演の2007年作品「ジェシー・ジェームズの暗殺(日本公開は2008)」で、英雄ジェシー・ジェームズを慕いながらも最終的にその暗殺者となる運命を背負う青年ロバート・フォードを演じてアカデミー助演男優賞にノミネートされている。

 同じ2007年製作の「ゴーン・ベイビー・ゴーン」は日本未公開ながらケイシー・アフレック主演作品である。この作品は、ボストンの少女誘拐事件をめぐって警察の捜査に絡む私立探偵の苦悩が描かれており、同時にアメリカ社会の闇をも映し出す社会派ミステリーになっている。

 実はこれが、俳優ベン・アフレックの記念すべき第1回監督作品でもあるのだ。モーガン・フリーマン、エド・ハリスら重厚な演技派が刑事役で脇を固め、誘拐される少女の母親役エイミー・ライアンはアカデミー助演女優賞にノミネートされるなど見応えのある作品になっている。

 ベンの盟友マット・デイモンも、11〜13の「オーシャンズ」シリーズと「ボーン・アイデンティティ」以降の「ボーン」シリーズ3作で今やハリウッド・スーパースターの一人だ。

 宮崎駿監督の「崖の上のポニョ(2008)」は海外でも公開されたが、英語版で主人公の少年の父親役を吹替えたのがマット・デイモンである。ちなみにオリジナル版では長嶋一茂が吹替えている。

 今夜はここまで。また明日の夜をお楽しみに。

        (「映画千一夜 〜映画に愛をこめて〜」 第2部 映画、春夏秋冬)
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第130夜 ひと月の夏 (1987、日本公開は1989)

2012年03月08日 | 第130夜まで

 アイルランドの監督パット・オコナーの作品。と聞いて知っている人はよほどの通だ。ところがこの1989年、パット・オコナー監督作品が3本も公開されている。5月に「乙女座殺人事件(1989)」、8月に本作、9月に「キャル(1984)」という順番だ。

 だが良く見ると製作順はこの逆だ。いちばん新しい「乙女座殺人事件」はタイトルを見る限りミステリーでいちばん客を呼びやすい。

 オールスター・キャストによるアガサ・クリスティ原作のミステリー大作「オリエント急行殺人事件(1974)」が大ヒットしたのは1975年だ。この系譜がこの後、「ナイル殺人事件(1978)」「クリスタル殺人事件(1980、日本公開は1981)」「地中海殺人事件(1982)」「ドーバー海峡殺人事件(1984)」「死海殺人事件(1988)」と連なり、そこにパット・オコナー監督の「乙女座殺人事件」が続くわけだ。

 が、「乙女座殺人事件」はクリスティ原作ではなく、ミス・マープルも名探偵ポワロも出てこない。だけど、オールスター・キャストだし殺人ミステリーだし・・・という流れでいかにもシリーズのようなタイトルが付けられ、そしてそこそこヒットした。映画の出来はともかく、出演者を見る限りケヴィン・クライン、スーザン・サランドン、ハーヴェイ・カイテル、ロッド・スタイガー、アラン・リックマン・・・と豪華版だ。

 こういう時、お蔵入りになったかもしれない過去の作品は出しやすくなる。「あの『乙女座殺人事件』の監督が撮った・・・」と新聞広告に出たかどうかは分からないが、とにかく同じ年に、しかも2本も続けて過去の作品が公開にいたったことだけは確かである。

 「ひと月の夏」はヨークシャーの田舎が舞台になっている。第一次世界大戦の後遺症に悩む一人の青年が教会の壁画を修復するためにこの町を訪れる。田舎の穏やかな空気と時間の中で人々と触れ合い、心が徐々に癒されていく中で、人妻への淡い恋の行方が描かれる。

 コリン・ファース27歳時の作品であるが、スクリーンデビューはその4年前の作品「アナザー・カントリー(1983、日本公開は1985)」である。
 この作品は実話を元にした舞台劇の映画化である。祖国を裏切ってロシアに亡命したイギリス人スパイの回想がスクリーンに綴られる。舞台は30年代英国の全寮制パブリック・スクールで、その思想的な背景が男だけの世界の同性愛を隠し味に描かれている。
語り手である主役はルパート・エヴェレットが演じており、コリン・ファースはその親友の役である(愛人ではない)。

 一足先に同性愛そのものをテーマにした作品「モーリス(1987、日本公開は1988)」も公開されている。こちらは1909年、ケンブリッジ大学が舞台だ。モーリスと彼に愛を告白するクライブをジェームズ・ウィルビーとヒュー・グラントが演じており、ヴェネチア映画祭では二人がともに男優賞を受賞している。

 監督のジェームズ・アイヴォリーは1928年生まれのアメリカ人だが活動の拠点はイギリスにおいており、アカデミー賞でも3度監督賞候補になっている名匠である。したがって興味本位ではない、真面目な同性愛映画である。

 しかし、美少年といえども年はとるもの。コリン・ファースもヒュー・グラントもいまや中年真っ只中、ともに、ラブコメディには欠かせぬ俳優になっている。さらにコリンは「英国王のスピーチ(2010、日本公開は2011)」でアカデミー主演男優賞にも輝いている。  

 今夜はここまで。また明日の夜をお楽しみに。
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第129夜 雨の訪問者 (1970)

2012年02月20日 | 第130夜まで
 
 シトシトとそぼ降る雨の中、海沿いの町に一台のバスが止まる。やがてバスが出て行くと、そこにレインコートを着て、赤いバッグを持った一人の男が立っている。フランシス・レイ作曲の哀切のメロディが流れる画面の情感、サスペンスがこれから始まるというこのファーストシーンに観客の胸は高まるのだ。

 監督はルネ・クレマン。主演は彼をモデルに脚本が書かれたというチャ−ルズ・ブロンソンだ。
 ブロンソンは1950年代から多くの作品に出演している。多い年には5〜6本を数える。人気に火がつく60年代後半になってもこのペースはそう変わっていない。

 その人気を確定的にした作品が1968年の「さらば友よ」である。この作品ではアラン・ドロンと共演している。犯罪映画で、二人が手を染めるのは金庫破りならぬ、ある女が持ち出した債券を金庫に返すというミッションだ。実はこれが罠で二人は金庫に閉じ込められてしまう。

 2枚目といえばこの人をさす美形ドロンはすでに絶大な人気を誇っていたが、対する男臭いブロンソンの方が、この映画では完全にドロンを食ってしまった。原作者である推理小説作家セバスチャン・ジャプリゾが脚本も書いており、完成したスクリーン上のブロンソンにほれ込んで、彼のために「雨の訪問者」の脚本を書いたのだ。

 人気俳優がテレビCMに出演するのは、今でこそ普通の光景であるが、外国スターが登場しだしたその走りが1970年代、アラン・ドロンの「ダーバン」とチャールズ・ブロンソンの「マンダム」であった。

 ダーバンは男性ファッションの中でも「エレガンス」を標榜していたが、男性化粧品マンダムは「男の香り」が売りで、二人のキャラクターが良く反映されていたといえる。

 ルネ・クレマン監督は「禁じられた遊び(1952、日本公開は1953)」「居酒屋(1956)」などの名作を撮った後、アラン・ドロンを主役に迎えてミステリーの名作「太陽がいっぱい (1960)」を監督している。続けて「生きる歓び(1960、日本公開は1962)」「危険がいっぱい(1964)」「パリは燃えているか(1966)」の3作でアラン・ドロンを登場させた後、このブロンソン主演作「雨の訪問者」を監督することになる。

 「さらば友よ」はクレマンの監督作ではないが、「禁じられた遊び」の可憐な女の子を演じて涙を誘ったブリジット・フォッセーが16年後の姿を見せてくれるなど、クレマン映画の主人公たちの顔合わせにもなっている。 

 フランス映画で「雨」といえばミュージカル「シェルブールの雨傘(1963、日本公開は1964)」を忘れることが出来ない。雨の落ちる町を行き交う、彩り豊かな傘の群れを真上からとらえた印象的なカットが、いかにもフランス映画らしい色彩を感じさせた。

 同じような傘のシーンをモノクロに近い彩りで見せたのが香港映画「天使の眼、野獣の街(2007、日本公開は2009)」である。この作品は香港警察の「監視班」の活躍を描くもので、そこに配属となる新人女性刑事の成長物語にもなっている。

 ハイテク技術によって、香港の街の隅々までが監視下に置かれていることには驚いてしまう。原題は「EYE IN THE SKY」でこの「眼」が雨の日には傘の動きを見ているのだ。

 雨は犯罪映画にもラブストーリーにもうってつけの背景になるようだ。

 今夜はここまで。また明日の夜をお楽しみに。
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第128夜 ジューンブライド 6月19日の花嫁 (1998)

2012年02月13日 | 第130夜まで

 富田靖子・主演、大森一樹・監督のサスペンス映画。男優陣は椎名桔平、野村宏伸、保坂尚輝、という顔ぶれだ。

 原作は直木賞作家・乃南アサの「6月19日の花嫁」で、事故で記憶を失った女性が過去を探っていくと、一週間後の6月19日に自分が結婚することになっている事が分かる。

 監督の大森一樹は京都府立医科大学医学部卒業という異色の経歴の持ち主で、医師免許を持つ映画青年?であった。
 学生時代に完成させた「暗くなるまで待てない!(1975)」ですでに高い評価を得、その後、脚本家の登竜門である「城戸賞」の受賞作を自らのメガホンで映画化した「オレンジロード急行(1978)」で商業映画のデビューを飾っている。

 しかし、ブレイクという意味ではその次の作品「ヒポクラテスたち(1980)」をあげることになる。この作品は京都・洛北医科大学の医大生7人を主人公にした青春群像劇で、その最終学年の臨床実習の模様が描かれる。
 主演はその後2003年に自殺した古尾谷雅人であり、1978年に解散したアイドルグループ、キャンディーズの伊藤蘭が女優として復活した記念作でもあった。公開の翌月には「男はつらいよ」シリーズの第26作「男はつらいよ 寅次郎かもめ歌(1980)」のマドンナ役でも出演している。
 「ヒポクラテスたち」はATG(アートシアターギルド)の製作だったから上映館は限られていたと思うが、キネマ旬報ベストテンの第3位に選出された秀作で、この作品で大森一樹の名前はまっくいーんの頭にインプットされた。胃カメラで俳優の胃の中まで見せられたのには驚いた。

 平成に入ってからのゴジラシリーズ「ゴジラVSビオランテ (1989)」「ゴジラVSキングギドラ (1991)」「ゴジラVSモスラ (1992)」「ゴジラVSデストロイア (1995)」はいずれも大森印(前2作は監督・脚本、後2作は脚本のみ)の作品である。大森ブランドでなければお付合いしなかったかもしれない。

 あの大森監督が怪獣映画を?と驚いたのは、それ以前は文芸作品が多かったからだ。

 1986年からの斉藤由貴3部作ともいえる「恋する女たち (1986、原作・氷室冴子)」「トットチャンネル (1987、原作・黒柳徹子)」「『さよなら』の女たち(1987、原作・氷室冴子)」、続いて「妖女の時代(1988、原作・遠藤周作)」「花の降る午後(1989、原作・宮本輝)」という作品歴である。

 が、その源流を探ると「ヒポクラテスたち」の翌年に同じATG作品として「風の歌を聴け(1981)」を監督している。いまや日本を代表する作家ともいえる村上春樹の作家デビュー作である第22回群像新人文学賞受賞作の映画化作品で、主演の小林薫はこの時31歳である。

 村上作品の映画化は、あの人気作家にしては驚くほど少ない。短編小説ではイッセー尾形と宮沢りえが主演した「トニー滝谷(2004、公開は2005)」など、2〜3を数えるのみ、長編はこの 「風の歌を聴け」以降皆無であったところ、ようやくベストセラー作品「ノルウェイの森」が映画化され、公開は2010年12月であった。
 ベトナム人監督トラン・アン・ユンがメガホンをとった日本語の映画で、主演は松山ケンイチと菊地凛子である。

 今夜はここまで。また明日の夜をお楽しみに。
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第127夜 六月の蛇 (2002、日本公開は2003)

2012年02月07日 | 第130夜まで
 
 塚本晋也の監督作品。初めて見た彼の作品は「鉄男 TETSUO(1989)」だった。凄まじい迫力と悪夢のような画面に圧倒された。一種の変身譚なのだが、人間の肉体が金属化していくという、異様な素材感覚が、五感の中でも、特に触覚に働きかけてくる。肌を突き破ったり、柔らかな肉に硬い金属が貫入して来る「痛さ」を想像してしまうのだ。

 金属化した肉体が世界の憎悪と壮大なバトルを繰りひろげるようなイメージとでも呼べばよいのだろうか?良くは分からないが何かすごい事が起こっているのだけは確かだ。

 で、この作品は第9回「ローマ国際ファンタスティック映画祭」でグランプリを受賞する。四畳半のアパートで製作された予算規模1000万円の作品である。

 その世界観がさらにスケールアップした続編「鉄男 II BODY HAMMER(1992)」の公開はその3年後のことである。両方とも監督自身が俳優としても出演している。もともと脚本も撮影も美術も、何でもやってしまう才人なのだ。
 この作品の後はむしろ俳優としての出演作が多く、名前は知らなくても多くの観客が顔は見ているはずだ。

 世紀が明けての、初の塚本信也監督作品が「六月の蛇」である。ホラー色、SF色の無いエロチックなラブ・ストーリーだ。セックスレスの夫婦にストーカーが絡み、倒錯的な性愛を通して妻の精神的、肉体的変化が綴られていく。
 作品は2002年のヴェネツィア国際映画祭のコントロ・コレンテ部門で審査員特別大賞を受賞している。この部門はこの第59回から新設された部門で、コンペ部門とは審査員の顔ぶれも違うらしい。コントロ・コレンテは「流れに逆らう」という意味で、「普通の映画」ではない先鋭的な作品が対象となっている。

 この作品にしろ「鉄男」にしろ、確かに普通のオジサン、オバサンが足を運んでヒットする映画ではない。そういう意味では作品の方が観客を選ぶ種類の映画だ。
  
 2006年、2008年と登場する監督作品「悪夢探偵」「悪夢探偵2」もその路線は大きく変わらないかもしれないが、これは面白い。是非普通のオジサンにも見てもらいたい作品だ。松田龍平主演というだけでも多少「一般化」の傾向を見ることが出来るというものだ。彼が探偵役、といっても普通の探偵ではない。悪夢探偵なのだ。人の夢の中に入っていくことが出来るという特殊能力を持っている。

 普段はまったく冴えないネクラな雰囲気を漂わせた、見るからにダサい青年なのだ。それがいつも「ああ、いやだ、いやだ。ああああ・・・・・」とぶつぶつつぶやいている。まったく特異なキャラクターだ。世界の苦しみをこの細身の体一つがすべて引き受けているような嘆きっぷりなのだ。
 シリーズ第2作まで出たが、両作はまったくトーンの違う作品になっている。この先どう展開していくのか楽しみなシリーズだ。
 
 俳優・塚本晋也はNHKのテレビドラマで普通に悩みを抱えた中学教師役を演じたりもしている。この人のどこにあんな作品を撮るエネルギーがあるのだろうと思ってしまう。悪夢探偵と同様、人は見かけによらないものだ。

 さらに2010年5月、全編英語のアメリカ版「鉄男 THE BULLET MAN」が登場、公開された。主役には日本在住の写真家でモデルのエリック・ボシックが抜擢されている。

 今夜はここまで。明日の夜をお楽しみに。
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第126夜 セントアンナの奇跡 (2008、日本公開は2009)

2012年01月31日 | 第130夜まで

 黒人監督スパイク・リーもいまや名匠の域。デビュー以来、人種問題を強力なバネにしたメッセージ性の強い作品を連発して「社会派」のレッテル張られてきたが、最近はそれにストーリーテリングの面白さが加わって目が離せない監督の一人だ。

 黒人作家ジェームズ・マクブライドの同名小説の映画化で、本人が脚本も書いている。ジェームズ・マクブライドの母親は白人でポーランド生まれのユダヤ人である。

 映画は1983年冬のアメリカ、郵便局に切手を買いにきた男性が黒人職員に真正面から射殺されるショッキングなシーンから幕を開ける。その「なぜ?」を解き明かす形で物語は第二次世界大戦下のイタリア・トスカナへと飛ぶ。

 一種の戦争秘話だが、黒人のみで編成された「バッファロー・ソルジャー」と呼ばれる米軍部隊が体験する「奇跡」の物語だ。

 冒頭の射殺事件で犯人の家から彫像の頭部が発見される。バッファロー・ソルジャーの一人がフィレンツェで拾って以来、ずっと持ち歩いていたものだ。 

 フィレンツェのアルノー川にサンタ・トリニータという名の橋がかかっている。オリジナルは1252年に木造で構築されたものである。1628年にその四隅を四季を表現した彫像が飾ったが、1944年のドイツ軍撤退時に橋は破壊され、彫像も行方がわからなくなっていた。

 バッファロー・ソルジャーに拾われたのは「プリマヴェーラ」と称される春の彫像の頭部だったのだ。

 「奇跡」を生み出すのは、隊とはぐれた4人の黒人兵が出会うアンジェロという名の少年だ。倒れていた少年を救った4人はトスカナの山村に身を寄せ、言葉は通じないながらも村人との間の交流がつかの間の休息を与える。

 なぜ少年は傷つき彷徨っていたのか?アンジェロはナチスの虐殺で壊滅したセントアンナ村のただ一人の生き残りだったのだ。

 射殺事件の真相は?少年はその後どうなったのか?物語が深い層をなし、その語り口の豊かさに酔う、至福の映画体験といえるだろう。

 イタリアを舞台にしているという、土地柄の性なのだろうか?イタリア映画だとタヴィアーニ兄弟やジュゼッペ・トルナトーレの監督作品に共通するような語り口だ。

 ナチスの生んだ、歴史の表舞台には出てこない多くの悲劇は映画にもよく取り上げられる。

 2009年10月10日、トルコとアルメニアの間で国交樹立協定に調印がなされ国交が回復した。両国に深い影を落としてきた事件は1915年に遡る。トルコがアナトリア地方で150万人のアルメニア人を虐殺した、その事実をトルコ政府が認めなかったことによる。

 「南京」を例にとるまでもなく、この種の話が共通認識にたどり着くのは至難を極める。

 普通なら知らないはずのこの国交に関する話題が目にとまったのは映画のおかげだ。アトム・エゴヤン監督の「アララトの聖母(2002、日本公開は2003)」はこの虐殺の史実を映画化しようとする監督が主人公である。

 アトム・エゴヤンはカナダの映画作家だが両親はアルメニア人で、亡命したエジプトで生を受け、後に家族でカナダへ移住している。監督にとってのルーツ探しの映画にもなっている。

 今夜はここまで。明日の夜をお楽しみに。
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