もっちゃんの探歩三昧

歴史探訪や仏像鑑賞、友人との交友をタイムリーに投稿します

黄檗宗東光寺Ⅱ

2017年07月27日 | 歴史探歩

黄檗宗を日本に広めた隠元禅師は、その名を冠した「隠元豆」ほか多くの食べ物を我が国へ持ち込んだ。

 

本堂脇を回り込んだ奥に毛利家代々(奇数代)の墓がある。
この辺りの管理状態も今一で雑草が生い茂るのは残念。

 

歴代藩主の墓石前には鳥居がずらり、明治維新で国家神道を勧めた長州藩の墓らしい佇まい。
参道脇に並ぶ500基を超える燈籠は壮観である。

 

亀趺の上部には「沢潟紋」と「一文字三星紋」が並べて表記されている。

 

これが藩主の墓石で沢潟紋のみ表記されている。
官位も刻まれているがすべての墓が「四品」である。

 

 

 

「四品」では亀趺墓は建てられないはずだが、追贈三品で後世建てられたもではないだろうか?
石の表面は亀趺の方が古く見えるのだが…なぜだろう?

 

ここでも、儒教思想を思わせる半円形の石が墓前に設えられている。

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