もっちゃんの探歩三昧

歴史探訪や仏像鑑賞、友人との交友をタイムリーに投稿します

豊国廟Ⅱ

2016年12月24日 | 歴史探歩

京都駅から東山七条まで歩いた挙句に、胸突き八丁の石段が続く。
何を好んで苦しい道を行くのか?

 

やっと向唐門のある場所まで登ってきたが、さらに先にも石段が待ち構えているのが見える。

 

体力の衰えを感じずにはいられない。弾む息が一向に収まらないのだから…
見事なまでの遠近感が石段の幅で理解できる。

 

唐門の桟唐戸に「五七の桐紋」が彫られている。
ここでやっと豊臣家の遺跡であることが実感できた。一言で言って寂しい場所だから…

 

この石段は転げ落ちるように急で、上から見ると足がすくむほど。
きれいに加工された石が使われているので足元は確かだが、自然石であったらそうはいかない。

 

これが豊臣秀吉の墓? 巨大ではあるが何の変哲もない五輪塔がそこにあった。

 

去りがたく振り返ってみれば、滅亡した豊臣家の怨念を感じさせるが如く辺りは闇。

 

豊国廟の眼下に拡がる京の都、写真中央あたりが六条河原であろう。
関が原で敗れた、石田三成、小西行長、安国寺恵瓊が斬首されたところである。

豊国大明神(豊臣秀吉)を祀る廟を仰ぎ見ながら、彼らは冥土へ旅立った。
徳川の残忍さが際立つ。

だからオイラは浜松の出身でありながら徳川家康が大嫌い。

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 豊国廟 | トップ | 高台寺 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

歴史探歩」カテゴリの最新記事