それでも僕はテレビを見る

社会‐人間‐テレビ‐間主観的構造

年記3

2017-06-19 10:08:59 | テレビとラジオ
 椎名林檎が独特の感覚で、センセーショナリズムに基づくパフォーマンスを展開した時、新しい時代が始まった。

 当時、自分は高校生になったばかりで、男子・女子に関わらず、敏感な子ども達は皆、椎名林檎の奇妙さの虜になっていった。

 私は椎名のセンセーショナリズムにすぐには乗れなかったが、女友達がカラオケで歌う「歌舞伎町の女王」には心奪われた。

 椎名の楽曲の歌詞は、私の高校の倫理の先生が解説するほど、良く出来たものだった。



 今思えばだが、とりわけ注目すべきなのは、椎名が意図して「昭和」という時代のエッセンスを利用したことだ。

 昭和的な文体、服装、世界観。「アングラ」っぽい楽曲。

 昭和っぽさがセンセーショナリズムと相性が良かったのは、昭和が過去になったからだった。

 問題は、その昭和が「戦前」でも「戦後」でもあった、ということだ。



 昭和の面白いところは、それが第一次世界大戦の後に始まったこと、そして、第二次世界大戦を間に挟んでいることだ。

 椎名林檎は、意図して戦前と戦後を混ぜ合わせている。

 暴力的で性的で、華やかで汚くて、自由かつ全体主義的な世界。

 しかし、椎名林檎自身には、特筆すべき思想はない。

 もちろん、彼女が個人的に思うところは色々あるだろうが、作品のなかの世界観はすべてフェイクだ。

 本気の人は、あんなに突き放した世界観など描けない。

 フェイク昭和。昭和のパロディ。

 椎名林檎の面白さは、そこにある。

 むしろ、それを本気にしてしまうオジさんやオバさんの存在こそが、時代精神なのだ。



 「東京事変」というグループを結成した時、ますます、椎名によるパロディは速度を増した。

 「事変」という言葉づかいの妙は、否が応でも関心してしまう。

 日本では、まるで彼女の後を追うように、昭和礼賛ならびに日本の伝統礼賛番組が雨後の竹の子のように出現した。

 フェイクと本気、パロディと再現、戦前と戦後。

 気味の悪い組み合わせで、日本はネオ昭和への準備を整えていった。



 東京事変が解散した年、第二次安倍内閣が登場した。

 準備はもう済んだのだ。

 後は平成を終わらせるだけだ。

 世俗を支えるアイドル政の頂点であったSMAPが解散し、天皇が退位へ向かっていった。

 いよいよパロディは終わる。

 そんななか、気づいたらテロ等準備罪が成立していた。



 後は何が必要だろう?

 あえて言うなら、国民の生活の窮状を戦後憲法に結び付け、革命を起こそうとする青年集団くらいか。

 貧富の格差が拡大していることは、ネオ昭和の時代を迎えるうえでは好都合なのである。

 それがなければ、革命など誰も口にしない。

 まるでその時を待ちわびるように、物価が上昇し、国民の平均賃金が下降しているのだった。

 つづく
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