骨董屋 夢幻堂

昭和の金沢、まだ子供だったころのことを、折々に綴っています

神社がだんだん赤くなる

2017年06月17日 | 日記
金沢の中心街香林坊にほど近い石浦神社は、氏神様ということもあり、子供のころから毎年お正月と春、秋のお祭りには参詣していた。
子供のころは今ほど参拝の作法もうるさくなく、大人であっても鳥居をくぐる際に一礼もしなければ、二礼二拍手などということもなく、ただお賽銭を入れてパンパンと柏手を打つだけの人も多かった。
それでも初もうでやお祭りには大勢の人がお参りに来たし、境内だけでなく歩道のほうまでズラッといろんなお店が出てにぎやかだった。
そのころはまだ普通の神社だったのだが、この頃はかなり昔と変わってきている。

いつ頃だったかから期間を決めて「宮遊び」というイベントのようなものを始め、境内に店を出したり簡易の子供用プールを設置したりして人を呼ぶようになっていたが、その後も次第にそれが常態化し、春と秋のお祭りに関係なく、この頃はいつでもビールの屋台があったりラーメンの店が出ていたりしている。
拝殿には一年中天気にかかわらず国旗が掲げられ、五色の旗も翻っている。
そして、境内のいろんなところが少しずつ微妙に変わり、あちこちに赤い色が目立つようになってきた。それも緋色のような明るい赤でなく、なんとなく黒の混ざったような重い赤だ。

始めはお稲荷様の参道に沿って赤い絵馬かけが何メートルにもわたって出来上がった。境内を囲む柵も重い赤が目立つようになった。
まあそれまではそんなものかとも思っていたが、それ以降もいろいろとあちこちに赤が増え、提灯をつるす木の台も、理由はあるのだろうが真っ赤に塗られてしまった。
この前の百万石まつりの時は、神社を囲む垣に、これまた半紙くらいの大きさの赤いポスターのような、スローガンのようなものが括り付けられていた。
車の中から見たので内容はよくわからなかったが、日本語のものもあればハングル語のものもあった。

なんとなく違った方向に行っていることに対して、その筋から注意もあるようだと聞くが、今のところは聞き入れる様子もないようだ。
観光客が多くなった金沢で、由緒正しい神社として紹介されている神社だが、昔からこんな風だったわけではないということだけ、初めて訪れる方には知っていただければと思う。


後日兼六園に行く際にこの神社の前を通ったら、神社の外周の玉垣は以前からの石造りのままであった。ただ向かって左側の真弓坂のほうはもともと石垣のみで低いため、内側にできた赤い柵とその上の絵馬かけが新しい玉垣のように目立って見えたのだろう。
正面の石造りの玉垣の内側には、おみくじをつるすためのひもを何本も張った鉄製と思われる真っ赤な枠が並べられている。
ただ正面右側の建物は、以前は一部が赤で塗られていたように思うが、今回見たら茶色であった。
だが以前は白木だったはずの手水舎の柱は真っ赤、屋根は真っ黒でてっぺんに金の飾りがついていた。神道の知識に疎いせいか、これまでと違うのでなんとなく違和感を感じるが、それもまた何か理由があってのことなのだろうか。
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