骨董屋 夢幻堂

昭和の金沢、まだ子供だったころのことを、折々に綴っています

昔の子供の愛唱歌

2017年05月18日 | 日記
自分の子供のころの音楽の教科書には、文部省唱歌や昔からの愛唱歌、日本民謡や日本の子守歌、外国の民謡などが載っていたが、歌謡曲は見られなかった。
それが昭和の終わりごろ、自分の子供が小学生のころには、自分たちが若者のころに流行した森田公一とトップギャランの「青春時代」や、青い三角定規の「太陽がくれた季節」などが載っていて、時代も変わったものだとびっくりしたのを覚えている。

まだ小学生のころ、中学や高校のお姉さんたちが歌う「菩提樹」や「浜辺の歌」「冬の星座」や「ローレライ」「ともしび」などといった、少し大人びた歌にあこがれていた。
そのころはロシア民謡もよく歌われていたようで「ボルガの舟唄」や「赤いサラファン」などが有名だったが、私は教科書に載っていた「ステンカ・ラージンの歌」がなぜか印象に残っている。
農民反乱のリーダーであるステンカ・ラージンと、捕らえられたペルシャの姫、そしてなんとなく物悲しい旋律は、それだけで一つの絵になった。

小さい時には家に童謡の絵本があって、「かわいい魚屋さん」の歌には子供の魚屋さん、「金魚の昼寝」には金魚すくいの絵、「みかんの花咲くころ」には馬車でミカン畑の道を行く母と子など、いろんな歌と絵があった。
今でもたまに昔の歌を口ずさむことがあるが、先日「船頭さん」の歌を何気なく歌ってハッとした。

「村の渡しの船頭さんは、今年60のおじいさん。年はとってもお舟をこぐときは…」

今のご時世では、60で「おじいさん」と言ったら文句を言われるだろうけれど、まあ以前昭和三十年代の新聞で、交通事故の記事に「被害者は40代の老女」とあったから、平均寿命が50代の当時の感覚では、そんな時代だったのだろう。

『石川県』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 造花 | トップ | 洗い張り »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。