消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

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福井日記 No.157 サフラとHSBC

2007-09-07 00:09:43 | 金融の倫理(福井日記)

 エドモンド・サフラ(Edmond Jacob Safra, 1932~1999)は、レバノン(Lebanon)のベイルート(Beirut)で生まれ、モナコ(Monaco)のモンテ・カルロ((Monte Carlo)の別荘を放火されて焼死した。ブラジルに帰化した。ユダヤ人であった一族は、代々、レバノン、ブラジル、スイスで銀行業を営んできた。隊商相手の商売であったらしい。

 エドモンドの家族は、アレッポ(Aleppo、シリア北部の都市)、イスタンブール(Istanbul)、アレキサンドリア(Akexandria)間の貿易に金融を与える銀行業に携わっていた。

  父は一九二〇年にジェイコブ・E・サフラ銀行(Jacob E. Safra Bank) を開設し、その時、エドモンドも一六歳になっていて、父の仕事を手伝ったが、家族は一九四九年にイタリアに移った。前年の一九四八年にイスラエルが建国されたことから、イスラエル以外の地に住むユダヤ人への迫害は強まっていた。

 サフラは、ミラノ(Milan)の貿易会社に就職した。家族は、一九五二年、さらに移動し、今度はブラジルに新天地を求めた。彼は、一九五五年、現地で金融組織を創設し、ここを拠点に、世界に金融組織を設立して行った。持株会社のサフラ・グループ(the Safra Group of Financial Institutions holding)となり、傘下には、南米サフラ銀行(Banco Safra S. A.)、サフラ・ナショナル・バンク・オブ・ニューヨーク(Safra National Bank of New York)、バンク・サフラ・ルクセンブルグ(Banque Safra Luxembourg)、バンク・ジェイコブ・サフラ・スイス(Banque Jacob Safra Suisse)、がある。

 一九五六年、エドモンドは、ジュネーブ(Geneva)にプライベート・バンクの貿易開発銀行(the Trade Development Bank)を設立した。プライベート・バンクとは、富裕層に限定した銀行を指す。この銀行の設立時の資産が一〇〇万ドルであったのに、一九八〇年代には五〇億ドルと五〇〇〇倍にも増えた。金持ち相手のビジネスが効を奏したのである。

 一九六六年にリパブリック・ナショナル・バンク・オブ・ニューヨーク(the Republic National Bank of New York)を名前通り、ニューヨークに、そして、後に同銀行のジュネーブ部門を作る(the Republic National Bank of New York(Suisse)。

 この銀行は、略して、リパブリック銀行(Republic Bank)と呼ばれている。一九八三年には、貿易開発銀行をアメックス(American Express)に四・五億ドルで売却した。この取引は、アメックスに大きな損害を与え、悪徳金融業者のサフラだけが儲けたとして物議を醸したものである。

 そして、一九八八年、富裕層対象のサフラ・リパブリック・ホールディングズ(Safra Republic Holdings)を設立した(本店は、ルクセンブルグ)。

 これら銀行の持株会社が、リパブリック・ニューヨーク(Republic New York Corporation)である(以下、RNYCと表記する)。ニューヨークで支店網を充実させ、支店数において、シティ・グループ(Citigroup)、チェース・マンハッタン(Chase Manhattan)に次ぎ第三位の座を確保していた。総資産出全米第一九位であった。

 圧倒的にはプラーベート・バンキング業務から利益を得ていて、運用は米国債などの諸国の国債であった。顧客向け貸付は総資産の三〇%弱にすぎなかった(RNYC Annual Reports)。

 一九九八年に、自己ポジションで保有していたロシア債券のデフォルトによって、一・六五億ドルの損失を計上したことが響き、一九九七年の純利益四・四九億ドルが二・四八億ドルに半減した。営業のほとんどは自己勘定運用であった。総運営資本二八億ドル強のうち、自己資本勘定運用が四〇%強の一二億ドル弱を占めていた(一九九八年時点、RNYC Report)。サフラ自らもパーキンソン病に苦しんでいたこともあって、ロシア債券による損失は大きな打撃となった。

 一九九〇年代初め、彼の資産は二五〇億ドルあったと推定される。
 セファルディ系(Sephardic)ユダヤ人社会に多額の寄付をした。セファルディ(Sephardi)というのは、スペイン、ポルトガル、北アフリカ系のユダヤ人のことを指している。彼らの話すヘブライ語の訛りのこともセファルディという。ちなみに、ドイツ、ポーランド、ロシア系のユダヤ人のことをアシュケナージ(Ashakenazi)という。彼が寄付したものに、エルサレム(Jerusalem)市庁舎に属する一連のの事務所棟がある。それらは、彼の名にちなんでサフラ・スケア(Safra Square)と名付けられている。晩年は、ジュネーブ、ニューヨーク、リビエラ(Riviera=フランス側地中海の避寒地)を行ったり来たりしていた。そして、一九九九年一二月三日、モナコのモンテ・カルロ滞在中に焼死。放火と言われている。放火犯とされた人は一〇年の懲役であった(Wikipediaより)。

 当時、様々なメディアがこの事件に陰謀の臭いを嗅ぎ取り、特集を組んだが真相はまったく分からなかった。進行中の案件ではあったが、焼死した直後に、彼の所有する銀行がHSBCホールディングに買収されたことが臆測を呼んだのである。

 RNYCを買収したHSBCホールディングスは、ロンドンに本拠を置く世界第三位の金融グループである。世界優良ランキングを発表する(The Foebes Global 2000, March 29, 2007)によれば、二〇〇六年末時点の同社の総資産は一兆八六〇七億ドルであった。

 香港で一八六五年に創設された英国植民地銀行、香港上海銀行(The Hongkong and Shanghai Banking Corporation Limited)を始祖とする。一九九一年までは本店は香港にあったが、香港の中国返還後、一九九三年に本店をロンドンに移した。店舗数は、シティグループよりも多い。「世界の現地銀行」(The world's bank)となることを標榜していることもあって、二〇〇六年末で世界に一万を超える店舗網を有する。シティグループが約五〇〇〇店舗数であるので、倍程度の拠点数を誇っている。

 HSBCホールディングスは株式時価総額で、シティグループ、バンカメ(The Bank of America)に次ぐ第三位であるが、上位二社よりもはるかに国際的な展開をしている。シティグループは、営業基盤の六〇%が米国内にあり、バンカメは、九五%も米国に依存している。それに対して、HSBCは世界にまんべんなく事業展開をしている。

 税引き前利益、五〇〇〇万ドル以上上げている進出国は、南北アメリカ六、アジア太平洋一〇、ヨーロッパ六、中東・アフリカ五、合計二七か国・地域となる。
 アルゼンチン、バミューダ諸島、ブラジル、カナダ、メキシコ、米国、オーストラリア、中国、香港、インド、インドネシア、マレーシア、シンガポール、韓国、台湾、タイ、フランス、ドイツ、アイルランド、マルタ、スイス、英国、エジプト、サウジアラビア、カタール、アラブ首長国連邦、トルコである。

 同行は、二〇〇七年夏に世界を震撼させた米国のサブプライム問題が深刻化するであろうと金融業界の中ではもっとも早く気付いたと、そのホームページで豪語している。二〇〇六年度の決算で、日本円にして一兆円亥jの損失引当金を北米子会社のために用意していたという(ウィキペディアより)。

 同じく、アジア通貨危機によって大きな痛手を被ったHSBCは、一九九八年から五か年計画で、営業基盤を固めるために、安定した富裕層に照準を置く、プラーベート・バンク業務の拡大に乗り出した。その面では、体力を消耗しつつあったRNYCの買収は、HBSBCにとって、格好の戦略であった。そして、一九九八年五月、RNYCとそのグループに属するサフラ・リパブリック・ホールディングス(Sara Republic Holdings)買収計画を発表する。RNYCに七六億ドル、サフラ・リパブリックに二六億ドル、計一〇三億ドルを用意していた。一九九七年のドイツ銀行による、バンカーズ・トラスト(Banker's Trust)買収が一〇一億ドルであったのだから、当時としては外資による米国銀行買収の最大ケースであった(HSBCホームページ)。
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