
ウチの近所の豆腐屋さんが昨年末で閉店なさった。
ここんちの娘さんは家内と同じ中学で、馴染みで
美味い豆腐でしたが、毎朝早いのが辛くなって、と
お父さんも元気なうちに余力を残しての閉店で
惜しいですが良かったと思う。
引き際の美学、なんて大げさな言い回しではないが
年内で閉めます、とスパッと切り上げたお父さんが清清しい。
関西人特有の「店じまい」何遍もやることもせず(笑)
いつものように朝、暗いうちから店を開けて
いつものように最後の日(大晦日)も夕方に終わりました。
私も自営なので、こんな引き際をしてみたいが
まだ子供も小さいので、引退して老後を楽しむのは
ほぼ不可能だろう、お豆腐屋さんの誠実な仕事と
その人生は羨ましく思ったりする。
若いとき祇園で飲んだり女の子と遊んだりして
誠実な人生を過ごしてこなかったバチかな、と思う。
本当の幸せは、美味いモノを喰ったり金持つことではなく
仕事の大小、儲かる儲からんではなくコツコツと
日々やりとげて、まっとうする事なのかもしれない。
本当は京都に居て、いつも家族に目が行き届く場所で
仕事をしたいなぁと思っても、ままならず
いつもウチに居ない私は通勤で歩くたび、ここを通ると
そんなことを思っている。
50近くなると金より、家族と過ごす時間が欲しくなる。
時間を得るには金が必要なんやけどね。
色々感じる壬生の豆腐屋さんの貼り紙・・・












だからかな。父が学生時代をすごした京都に修行にきたのも、父の背中を追いかけているのかもしれません。
何気ない日々の会話・一緒の食卓を囲む・・・家族との日々は本当にかけがえのない宝物だと思います。
きっと、わたしはそれができることはもうないだろうな、と覚悟をきめて京都にきました。
お豆腐やさん、ご苦労様でした。
これからのんびりと、穏やかな日々を過ごされることを願ってます^^
今の家族で毎日ゴハン一緒に食べてるところは
どれぐらいなんだろう、幼児体験でこれをやってないと
大人になってからがしんどいですね。
今、あいこさんが思い出すということは
経験してきてるから言えることで、24時間寝ないコンビニ大国の日本では
家族が揃うことすらかなわぬ話のウチ
多いんじゃないかなぁ。
何気ない、いつまでも続くと思っていた
家族との日々は今となってはホント宝物です。
家族中心で仕事は家族優先で
そんな大甘なことを、ふと思ったりします。
子供らに宝物をあげるために・・
うちは娘が大きくなるにつれて一緒に過ごす時間が少なくなってきました・・
>50近くなると金より、家族と過ごす時間が欲しくなる
いろんな思いをかかえながら家族を守って、男の人ってすごいなって改めて感じます。
私もいつも感謝の気持ちを忘れずに家族との時間を過ごさなくてはと気づかせてもらいました
たとえ一緒に過ごす時間が少なくてもご家族には伝わっていると思いますし、量より質だと思います!
でも大河内さんにも祇園で女の子と遊んだりした頃があったのですね(^^)
うちは上と下が10歳違うので、知り合いからは下の子
『お孫さん』と勘違いされる時がありました。
家族大事に、という舌の根が乾かんうちに
ウチ居たら子供怒鳴りっぱなしで疲れますわ…
>祇園
あ、それはね貧乏人独特の傾向ですね。
幼少時抑圧されてた人間が働きだして
持ちなれん金持つと
こわれます、わはは。
ましてや背伸びして祇園の新地のなるんでしょうね。
最近は懲りて、たまにしか行きませんがが(笑)ほんまか?
大体仕事場が悪いわね
いっそのこと、山奥に引っ込むか
田舎暮らしも悪ぅない言うたら
家族から大ブーイング喰らいましたぁ