基左衛門の独り言

坂東の風上毛の空と風景をブログで皆様へ、八十爺

八十爺の嘆き節 Ⅲ

2012-05-30 18:30:55 | 日記・エッセイ・コラム

 忙しい、入院前に済ますことは済ましておかないと為らないと、昨日は市民病院内科を受診「いよいよ迫りましたね、頑張ってきてください」と担当の押本医師に激励されてきた、病院前のアイン薬局で処方箋通りの薬を貰い帰宅、今日はかねてより進めていたインプラント治療の仕上げの日、すずき歯科医院へ行き前に骨に埋め込んでいた金属の台に人口の入歯を取り付けてもらってきた。

 ここでも「近づきましたね四日だったでしたか」などと言われながら診療施術される始末、この爺さん真っこと人騒がせに出来上がっているようだ。

 歯科衛生士のお嬢さんに「記念にこのカメラで写真をお願いします」と写してもらう、公開しようかどうしようか考えたがする事にしよう。

 

001 右に見える金属色の奥二本がインプラント

 あまり綺麗なものでないので之だけにしておきましょう。

 やれ遣れこれで後は庭の草むしりだけになったか、あとひと踏ん張りか。

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八十爺の嘆き節 Ⅱ

2012-05-28 18:55:24 | 日記・エッセイ・コラム

 遣れ遣れ疲れたというのが昨日から今日へかけての実感である。今日は甲状腺ホルモンの投与を止めてて八日目であり食欲不振と合わせて気分も落ち込み体がだるい、家内も大分去年より元気なったとはいえ同じようだろ、ともに八十路越えのジジババだから。

 家内の叔母御の葬儀が昨日五月二七日(日)午前十時より埼玉県越谷市で行われ家内と出席してきた、家内の兄弟姉妹等合わせて十二人東武線剛志駅から六時四二分出発、二時間と少しで葬儀場へ到着した。

 前にも書いたが従弟の健ちゃんは子一人で準備大変だろうなと心配していたが、やはり確りしていた、準備万端済ませてあり成る程と驚くほどに良くできていた。

 

010 式場全景

012 同式場(クリックすると拡大して叔母さんが見える)

013 式場入口右側に掲載の健ちゃんの追悼文(クリックを)

 
 式場も準備整い入口右側の追悼文もさすが数学担当とはいえ都立高校の教師、淡々と亦切々と名文が掲げられたいた。十時から葬儀があり導師は我が家と同じ真言宗で紫色の衣の若い僧侶が読経を務め区の斎場まで来て丁寧な裁きに若い方なのにと感心した。

 骨上げを済ませて葬儀場に帰りお伽を済ませて解散、越谷駅を四時五十四分に乗り久喜、太田と乗り換え六時少し過ぎに剛志につき、我が家えへ。

 まあ良くできた葬儀で良かった良かったと言う所、叔母さんのご冥福を祈りながら、ご参列の皆さんご苦労さでした。

 

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八十爺の嘆き節

2012-05-23 18:41:45 | 日記・エッセイ・コラム

 日時の経つのは早いもの、今年も早くもあのヨウ素131なる先頃有名になったアイソトープを飲む時期に近付いてきた。現在その準備期間に入り前二週間の高単位ヨウ素ホルモン剤を飲む期間が終わり、今週はヨウ素の入った食品をすべて絶つ期間に入ったのだが、その種類の多いこと海藻類、青みの魚とそれらの加工品となると昆布やカツオのだしをっためんツユをはじめ殆どの和食類が食べられない事になる、ということでここ二週間群大病院入院の前日の六月三日までほとんどの和食類が食べられない、と云う悲劇となって居る嘆かわしい処である。

 まあその原因の甲状腺癌骨転移肺転移につては二〇〇八年甲状腺の全摘オペのおり報告済みの事で、以来毎年の恒例行事になって居るとことで何とも厄介のこと、あと何回と云うか何年と云うか続くのか、最初五回ぐらいはと医師は言っただが。

 その上歯科院、ペインクリニックへと忙しい、日ごろ元気に歩け歩けなどしたり物好きに道路や橋梁の進捗状況を見たり、自然の移り変わりを観察したりしていたが、この頃それらが億くうになって来てしまった、歳の所為か環境の所為か病気の所為か全部の所為か分からないが。

 そこへ家内の母方の叔母御の百歳を超えた平澤ともえさんの訃報が入りさあ大変、息子の健ちゃんも一人で大変だろうに(母一人子一人の生活だった)教員生活も終わり嘱託のような勤めになり漸く楽になったところだったのに、世の中は不公平なものである。

 八十爺の空事も今日はまだまだ書きたいが、ちょうど時間となりました、と言う所で叉次回。

 

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いい陽気だ

2012-05-16 15:26:52 | 日記・エッセイ・コラム

 ここ数日うすら寒いような陽気でシャツをコットンにしてみたりウールにしてみたりと面倒な日が続いたが、今日は久しぶりに二十六度ぐらいになりそうだ。

 一昨日の月曜日には四か月ぶりに大竹ペインクリニックへ行ってきた、四月の観音祭りなどで若ぶってテントたてや何かと張り切りすぎて腰や膝など重苦しいようでいつ腰痛が起きるかというような状況だったが、いつもの様にブロック注射をしてもらうとぐっと楽になった。

 帰ると昨日から里帰りの娘が(と云ってもおばさんだが)お父さんと広瀬川の堤防を散歩したいとのこと、このブログの花の名所発見の記事を見たのかと思いながらお付き合いをする羽目になる。

 堤防の上は南東風の川風が強く寒いくらいだが歩くと背中が汗ばんでくる、もうあの時の菜の花などは終わり緑一色になっていた。帰りに堤防上に矢車草の花が目につく、娘は「お父さん此れは何の花」「矢車草だろう」「採って帰ろうかな」と云って採り始める、その花が今朝も線香をあげようとすると仏壇へ上がっている、色は少し褪せたが。

 昨日は帰ったが何をしているやら、幾つになっても娘は娘だなと思う所だ。

 

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今日は竜巻は? 2

2012-05-10 14:54:50 | 日記・エッセイ・コラム

 今日も竜巻注意報が出て雷が鳴り黒雲が出て雨が降り出したが、この時間「PM2,30」 には西の方から青空が出て日が射しはじめた。相変わらず季節外れの寒気の流入による積乱雲の発生だそうだが、人騒がせのものだ。

 昨日もそうだが、この辺「鶴舞う形の群馬県の首の付け根」で発生か通過した雲は、その後東へ進むのが一般的の様だ。 週初めの六日のような事にはならない様だ、第一雲の色があの時のような黒雲で無く夕暮れのようでも無かった、この処うすら寒いようで地表もあの時のように暖められていないし、条件は揃っていない様だ。

 こんな事で済んでくれて早く五月晴れの清々しい五月になって欲しいものだ。

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今日は竜巻は?

2012-05-09 18:30:37 | 日記・エッセイ・コラム

 今日は朝から天気予報は六日の日曜日のように大荒れになる可能性が大きいと云うような情報を流している、雨は降ってきたが大雨にはなっていない。しかし日曜日のこの辺は十一時四十分ころには西の空が真っ暗となり、雹でも降るかと思うような空模様となってきた、雷鳴とともに大粒の雨が降ってきたがじきに止んで小降りになってきたのだった。

 この雲が昼過ぎの栃木県や茨城県へ向かったのでは?、ここは鶴舞う形の群馬県のちょうど首と体の付け根のへんで、今度の竜巻に襲われたへんの南西にあたると思われる。東に移動しながら地表の熱を貰い発達してあんな大きな力持ってしまったのか、天変地異は人知では今のところ事前には計り知れないところであろう。

 なんとか今日は無事に過ぎてくれるのでは、と想いながらキイタッチをしている処である。

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デンドロビュウムの花開く

2012-05-04 17:47:08 | 日記・エッセイ・コラム

 朝五時過ぎだったかドンと云うような音がしたのでオートの開催の花火かと思ったら、その内に大粒の雨が降り出した、雷だったのかいい降りだ、そのうちに日の光が燦々と射しはじめた、うすら寒いような日が続いたがようやくみどりの日になって五月らしい陽気になったものだ。

 今日は家のデンドロビュウムが何年振りかでなん鉢か蕾をだいぶ着けたので、暖かい居間にもって来たらここ数日で豪華に?開き始めたので、公開しようと思いデジカメで写してみたところだ。

 

002 何ともいい色合いのデンドロビユウム

004 二つ並べてみる

 蘭系の花は長持ちするから今月中ぐらいは持つか、漸く陽気が良くなったのでPCに向かう時間もできたので、また少し記録や何か保存をしようかと思い始めてこの頃である。

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