基左衛門の独り言

坂東の風上毛の空と風景をブログで皆様へ、八十爺

ああ痛かった 

2011-09-28 18:29:48 | 日記・エッセイ・コラム

 ああ清々した、しばらく痛かった左下奥歯を一昨日すずき歯科医院でブリッジになっていたのをはづして貰ったが、その跡が舌に当たり痛くて痛くてし様がなかったのでとうとう昨日抜いて貰ってしまった。

 人間なんて弱いものだとしみじみ思った、あんな小さな歯茎のかけらのような出っ張りひとつで、舌に当たりものを食べるのに痛くて悲鳴を挙げてしまうのだから、情けない。

 お陰で清々したが昨日からアルコールは禁じられ、痛み止めや出血止めなどの薬を飲まされている。

 まあ今夜もアルコール抜きの夕飯とするか、明日を楽しみにお休みか。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

明日はお彼岸の中日だ

2011-09-22 17:36:15 | 日記・エッセイ・コラム

 彼岸入りの前日十九日にお墓掃除を倅を連れて済ましてきているので、明日はお参りに行けば良いのだからなんとなく気楽だ。しかし何と墓参りの多い家か、一日四箇所とは、これに兄貴の桜井清次の墓を入れると大変だ、但し千葉の八柱霊園だからそんなに度々と言う訳には行かない。

 今日は台風一過ということで朝から秋空が広がり、気持ちいい日になりそうだったが、昼頃から西の空に黒い雲が出始めて、何時ものように少し昼寝をと思ううちにザーザーと凄い吹き降りとなってしまった。そうだ予報によれば今日は北から寒気が南下して荒れ模様になると言っていたなと思い出す、とにかく涼しい寒いくらいだ、何ということだ寒い暑いも彼岸までと昔の人は言っていたが一昨昨日の午前中まではアチチッチだったのに。

 

Rimg0288 寒気の南下で荒れ模様の空「東」

Rimg0287 「西」の空

 あの大騒がせの台風十五号もまたまた十二号の傷の上塗りをするように沖縄東で迷走した後、日本列島を縦断し首都圏も直撃して各地に被害を残して今日は北海道沖の東に去った。

 ようやく秋が来たか、永い永い夏だったなー・・・・・

Rimg0291_2今頃になってグリーンカーテンにゴウヤの実が 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

前線様か台風様か

2011-09-20 16:13:18 | 日記・エッセイ・コラム

 瑞穂の国の住人は自然の物の成り行きにはすごく従順だったようだ。昔むかしの子供の頃ゴロゴロとご当地名物だった雷様が鳴り出すと、座敷に大急ぎで蚊帳を張り「早く蚊帳の中へ入りな」と母ちゃんの誘いに乗り「遠くの桑ばら、とおくのくわばら」と唱えて雷の通り過ぎるのを待ったものだった。その雷も最近は少なくなってしまいゴロゴロも余り聞かなくなってしまった。

 今年の残暑はなんともジジババには厳しいものだった、立秋からの秋に気配は止むを得ないとしても、九月に入って虫は鳴き始めたが中々秋の気配も無く、気温三十二~三℃の日が続き、夜は寝苦しくエヤコンなしでは眠れない夜が続いて、オジンには本当につらい夜だった。

 それが昨日の午後になるとぐっと涼しくなり秋の気配かと思ったら、今日は彼岸の入りだが急に二十℃にも届かない寒いような朝になっていた。暑い寒いも彼岸までと昔の人は言ったが、昨夜のうちに東北地方にあった前線が我われ地方の頭の上を通り越し、関東地方の南へ出てきたか、これも台風十五号や十六号の所為か、とのかく助かった。それこそ前線様か台風様である。

 しかし今年の暑さと言うか猛暑と言うかの、元凶である太平洋高気圧の強かった事マッコト、土佐っ子の部類ではなかった、そのお陰で台風十二号はモタモタと日本列島の南海上を逡巡してまわり各地に大雨を降らせた、特に紀伊半島各地の激甚災害適用の被害を与え、またまた昨夜からの雨で山崩れによる堰止湖の堰の崩壊危機に直面している、三月十一日の東日本大震災とあわせてまさに災害列島の趣がある。

 困った物だ、しかしこの列島の住人たちはそんな事ではへこたれないで、つねに営々と努力を重ね復興し、先の徹を踏まずさらにその上を来ていたのである。

 だが今度は今までと違う原発の崩壊と言う新しい人類三回目の事故と言う要素が入ってしまった。過去政官財御用学者と言われる人たちが進めた安全神話の上に進めた原発だが、時期尚早と言う人達も居たなかでの出来事であるだけに残念だ、我が国にとっては最悪のシナリオとなってしまった。

 原子核を破壊しその中からエネルギーを取り出し平和利用するということだが、未だに廃原子炉を何年かけ廃炉するか使用済み燃料は如何に処理するか  見込みも経たない中での営業運転四十数年とは無謀と言う外は無い。

 瑞穂の国の住人は雷様を始め自然の現象を非常に敬い大事にしてきた、前線様、台風様である、被害の出ないよう祈るのみである。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

夏休みを九月十五日までに

2011-09-14 12:03:52 | 日記・エッセイ・コラム

 暑い暑いこんな秋初めてだ、もう先日の秋を感じた後幾日になるだろう、一週間か?、今この部屋の温度三十一℃湿度六十%、前回我われの小学児童時代を紹介したがいい時代だった。

 今頃は気持ちよい青空の下勉強よりも運動会の練習の方が楽しくて、毎日学校へ行くのが嬉しかった、そんな時期というか季節のわけだ。

 ところが毎日テレビの報道だと、運動会の練習で救急者で何人などとニュースになるとは何とも哀れという他は無い、学校も教員も大変だがもっと大変なのは何も知らずただ先生の云うとうり練習に励んだ児童たちだ。

 あと三時間もすると小さな背中にランドセルを背負って、ほっぺを真っ赤にしながら帰ってくる子供達の姿が家の前も通るだろう、こんな事をしていて良いのだろうか、地球温暖化のこの時代文部省も考えたらどうか、地方の教育委員会ももう少し子供ことを考えてはどうか、地教委はもっと独立性のある権限を持っているのではないかと思ったが、如何か。

 特に関東以西の太平洋側は夏休みをを長く、冬休みと春休みを短くという方法を取り、子供の健康第一に考えて行こうではないですか。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

すっきり爽やか 梨買いに

2011-09-07 18:36:22 | 日記・エッセイ・コラム

 今日はようやく待ちに待った爽やかな風に、今夏初めて当たり秋を感じたところだ。我われが小学児童であった昭和の十年代はこの風は八月お盆が済むと吹いたものだ、この頃になるとプールで泳いで縁に上がると、この風がスーと吹きブルブルっとして夏の終わりというか、夏休みの終わりの近付いたたことを悟り、淋しくなったものだ。

 そんな爽やか風の中、前々から予定していた梨を買いに高崎の里見町に行ってきた、元々此処は群馬郡で俺の親の出どこの烏淵村「現倉淵」水沼へ行く道筋に当たり、中曽根康弘総理の親の在所であり、古い話になるがあの有名な南総里見八犬伝の里見氏の出所でもあると言われている所である。

 家内と車でちょうど一時間、昔から見ると道路が整備されて三十分は早く着くようになった、国道四百何号だったか榛名山や吾妻町へ抜ける道路脇に梨屋さんがズラリと続く、国道を下里見の十字路を左折して安中方面へ峠を登ると目指す新興園なる梨の生産者であるお店に着く。もう何人かのお客さんがいて老舗らしく盛んな商いをしている様だ。

 

Rimg0284 目指し着いた新興園

 さっそく馴染みのおばさん嫁さんとお互いに被害はなどと台風の挨拶をして、幸水がまだ在るかを聞いて注文し、親戚配りと贈る箱入りを頼みおまけを頂き帰路へ、家内が高崎ですずらんデパートへよりたいとのこと家内の洋服、居間のソフアーのクッションを仕入れ蕎麦を頂き今度は本当に帰路につく。

 三時には帰着、

Rimg0285新興園の梨畑

早いもんだ。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

台風一過というには

2011-09-06 16:48:14 | 日記・エッセイ・コラム

 この部屋の気温現在二十八℃、湿度五十%西の風がやや強く、久し振りに晴天で台風一過というのか、しのぎ良い陽気だ。

 しかしこの台風十二号は稀に見る変梃りんな動きをする変な台風だった。前にも書いたがこの台風はいつ頃テレビの天気予報画面に現れたか想い返せない、それも十三号ほど近くはなかったが、遠い南の海でなく割合日本列島に近い海で発生したのではなかったか。

 挙句に台風の長雨など有り難く無いお湿りを置いてゆき、関東それから向きを変えて四国近畿にと、ユックリユックリと進み四国から近畿を横断するのに三-四日もかけ、大きな傷跡を各地に残して日本海の出てもまだ北海道に大雨を降らせている、何とも可笑しな台風だった。

 八十爺には高校二年生だったか、昭和二十二年のキャサリン台風を一瞬想い出したが、それもちょっと違うなと思った。とにかく平成二十三年(2011年)は歴史に残る可笑しな歳となってしまった。あの東日本大震災と福島原発の問題が未だ著にも着かない段階で、大きな差はあるがこの災害である、日本列島は大きな歴史の周期の中に嵌まり込んでしまったのではない事を祈りたい。

 野田政権には大変な時の就任だが、何とか乗り切り日本列島を蘇らせて頂きたい、一億一千万余の国民の生命と財産の為にも、

 今日は総連の会長が公明党を訪問したようだが、労組までこの国難を乗り切ろうと動き出してきたのだから、こんな時こそ小異を捨てて大同に着いて頂きたい、次の総選挙はもう直ぐそこまで来ているのだから。 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

防災の日だった

2011-09-01 18:27:24 | 日記・エッセイ・コラム

 夜中の何時だろう、ザーザーと勢い良く降る雨の音に眼が覚めた、「イヨイヨ降り始めたか」と思ううちに又眠りに引きこまれていた。

 台風十二号はいつ頃発生したのだろう、とにかく最初からのんびりした台風で、東経140度線上で停滞したかと思うとゆっくり西へなどとと言うことで、幾日前から予報面に顔を出したか覚えがない。

 起き出して見ると凄い降りザーザーぶりで暫らくこんな降り方見たこと無い、こんな降りが半日も続いたらそれこそ大水害だなと思いながら小降りになるのを待ち、倅にてつだわせて南と西にさげてある簾を取り込む事として、作業を始め朝飯前に一汗かいてしまう。

 それから今日は一日だ、神棚の榊を切り、水を換えご飯を上げ、灯明をともして家族で拝礼してから朝飯である。もちろん仏壇も榊を上げないだけで同じに線香を上げて礼拝である。(我が家はこんなあら身上なのに七-八代ぐらい前からの仏様がいるので毎月一日十五日の家例というか仕来たりである)その頃から又ひどい降りとなり、庭が水を飲みきらなくなり正面の門から道路へ勢い良く流れ出している。こんな状態が長く続くと大変な事になる。と想っていると、いよいよ来た。

 昼の天気予報では群馬、埼玉北部が大雨洪水警報となり、昼のニュースでは大降りの様子が報道されていた。断続的に凄い雨が降り続くが午後は止む回数が多くなったか?いや分らないこれから台風はこれから近づくのだからまだ続くと思う。

 三時のニュースでは伊勢崎の大学の駐車場が水浸しとなり、多くの車が半分くらい水に浸かってしまっていた画面が写されていた、前に伊勢崎市八斗島で70ミリの雨量を観測したとのこと、たぶん利根川上流事務所の出先の観測所のことだろうと思うが、大変だ、まだまだ十二号さん、上陸もしていないし先の長いことの様だから。  

Rimg0281_4 我が家の二階からの雲の動き

                風雲急というところか

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加