基左衛門の独り言

坂東の風上毛の空と風景をブログで皆様へ、八十爺

老いとは大変 お世話になりました

2008-11-26 18:41:39 | 日記・エッセイ・コラム

 昨日 五通目の「喪中につき新年の挨拶を遠慮する」旨のお葉書を頂いた。それは父方の従兄で私よ四歳年上の信和さんで、前橋市の厩橋病院の看護部長を勤め退職、ソフトボールの審判をしたり老後野菜作りなどをしたり人であった。そんな事とは知らず葬儀にも行かず本当に申し訳ない事をしてしまった。 

 今日 家内と息子を連れて江木町の自宅へ遅まきながらお焼香に行って来た、奥さんの話によると、今年の二月に亡くなったそうだが、昨年から心臓に水がたまるなどして入院退院を繰り返したそうだ、お酒がすきなのは小林家の家系がさせた物だろうが、散歩の途中でも買って飲んでいたようで、それに初期の老人性認知症も加わり奥さんや子供たちには苦労をかけたようだ。

 何はともあれ、従兄弟の死を知らずに過ぎ、二十数年前には息子のことで大変お世話になり、何とか今の生活があるのに申し訳なく仏前にお詫びをして来た所である。

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真剣にやれよ

2008-11-24 18:53:38 | 日記・エッセイ・コラム

 勤労感謝の日、かっての「と言っても63年前の戦争前の話」新嘗祭である。この様な祝日がある事はこの日本を含めた東アジアの稲作文化の特長であろう。その祝日を含めての三連休の最後の日だが、あいにく午後から雨となり若者や家族連れには気の毒なことである。

 でもこの経済恐慌といっても良いような状況では金がかからなくてよいか、いやなお気が滅入っていけないか、どっちにしろこの経済状況を何とかしなければならないのにノーテンキな総理は就任以来海外のサミットばかり、落ち着いて票になる大衆のご機嫌を伺いながら、政務に精励してもらいたいものだ。

 誰も偉いなんて思っていないのだから形を付ける事などしないで、経済や国語の勉強でもしたり、開会中の国会に二度目の補正予算でも提出する準備のほうが大事だろう。ホテルのバーなので一杯遣っている時、巷ではいつ「明日もう来なくもよいよ」などと言われないか、或いは言われてしまってどうしょうかと悩んでいる人たちが居ることを頭に入れて政治をしてもらいたいものだ。

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山紫に水清く

2008-11-23 18:34:30 | 日記・エッセイ・コラム

 今は晩秋と言うのか、初冬というのか?、まあどっちでも良いか。ここ三日ばかり良い日が続き、青空は抜けるようだし日差しがあると暖かな日となる。昨日久しぶりに赤城山を眺めたら各尾根毎の稜線まではっきりと見えた。Img_0923

 この頃の山々は少し赤みを帯びた紫色になっているのが普通である。思い出すのは63-4年前の昭和20年戦局急を告げ、艦載機のロッキードやボーイング29爆撃機などが爆撃にたびたび現れるて居た頃、我々は伊勢崎工業学校へ入学したばかりであった。

 先輩は殆ど勤労動員で中島飛行機工場へ行っていたが、一日、八日、十五日にはこの先輩たちが戦勝祈願等の学校行事で朝礼に参加のための登校日で、朝礼の始まる前の空き時間によく 軍歌演習をさせられた。

 ヤマムラサキニ ミズキヨク シチシュウノヤニ ウマレタル ワアレラゴジュウノ  コノコウニ ツドイシコトヤ ムベナルヤ 。とか

 サンザンテンニ イタダキテ などと行進しながら唄わせられたものだった。

 前のは聞くところによると前橋士官学校の校歌だったようだし、後のは高崎十五連隊の連隊歌という事だった。もう昔のことで細かい歌詞は殆ど忘れたが、多くの軍歌が生まれたこと、数え切れないだろう。

 紫色に染まった赤城、榛名、妙義の三山や周りを取り巻く子持、小野子や甘楽、秩父、日光の連山を眺めながらかっての不幸で大変な時代を思い起こすこのごろである。Img_0924

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真言宗豊山派の研修会に参加して

2008-11-19 18:51:03 | 日記・エッセイ・コラム

 今日はお寺さんのお付き合いで真言宗豊山派の群馬県東部支所檀信徒研修会が、太田市の薮塚温泉のホテルで開かれ参加してきた。ここの支部では始めての事だそうだが三百人ぐらいは集まったか、形どうりに挨拶、御詠歌奉詠、全国総代会の報告、講演などと続いたが、法楽と言って始まりと終いにお経を読み上げるのを始めて知った。

 メインの講演であるが千葉県第一号支所の円東寺住職 増田俊康師で紹介では「埼玉県大宮市の生まれで浦和高校を卒業、〇〇大学原子工学専攻で卒業と同時に仏門に入り云々」と言うのでおじんが出てくると思ったらとんでもない若いお坊さんだった。旧制高校でなかったのだ、こちらの年式がいかに古いか。Img_0918

Img_0920 この講演がユニークなこと、「合掌する心」と言う演題だが真面目に話すこともあるが、マジックを遣ったりで飽きさせない講演だったが、終わってみると何を言わんとしたか、マジックに消されて解りずらいものになってしまった。

  予定どうり四時には終了すべて初めてのことで分らないが目出度しめでたしではないのか。

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思い立ってリンゴ狩り

2008-11-14 18:48:20 | 日記・エッセイ・コラム

 今朝思いついて沼田へリンゴを買いに行こうと家内を誘い行って来た、裏通りだがかって沼田の鈴木専務に頂き美味かったので、ビラが取ってあった石井農園を見つけ勧められ「新世界」と「富士」を買いおまけに「名月」と言う新種を五つほど頂いた。

 東京の長島家にも送り、昼飯を食べて赤城越えで帰ることとして、始めて赤城を裏から超えてみた。途中素晴らしい紅葉を眺め、赤城神社におまいりして裏から赤い大鳥居をくぐり帰った来た。Img_0914 Img_0916

 朝九時五十五分に出て、家に着いたのが午後三時四十五分だった。

 なるほど早いもんだ、道も良くなって。

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よく言った中曽根さん

2008-11-08 17:04:47 | 日記・エッセイ・コラム

 なんともピンと来ない最近である。日本は・・・  ブログを書く気が起きない最近である。

 アメリカは遣ったね、最低で世界経済をぶっこわし、混乱させたブッシュに変って若き民主党のエース,オバマ氏に変った。オメデトウ

 でも今日の朝刊に中曽根康弘さんが載っていた、「モラルなき拝金主義 背景に」との見出しで、あしたを考えるという欄に物を言っている。この処この欄は経済危機の行方世界はと言う特集を組み、世界の学者や経済人が発言している。今日は中曽根さんの番である。Img_0910

 10月二十五日はマサチュウセッツ工科大のポール・サミュエルソン氏、三十日は人口統計学・歴史学者エマニュエル・トッド氏、十一月三日はコロンビア大のジョセフ・スティグリッツ氏と順に意見を発表し、一昨日は前日銀副総裁だが省略し、きょうである。Img_0911

 上州宰相の中では一番好きな人だが、これほど世界の経済や政治、思想に深い関心と思い入れががあったとは知らなかった。特に国連が機能しなくなった現在と言うか、させなくなったと言うか、に変るG7 であったがG20 にして司令塔にしようと言うことも今では的を射たことである。

 次に日本主導でアジアの声を上げよと言っている、麻生政権はいま起きている問題の歴史的意味や、今後日本が世界に示すべき政策まで思いが至っていない。

 本来なら日本が主導して世界に新たな体制作りを訴えるチャンスでもある。アジアの総意、アジアの「連合意思」と言ったものを形成し、欧米に説いていくことがあってもよい。と言っている。

 我々アジアの人々が持つ基本思想、基本哲学は欧米的なものとは違う。アジアは自然主義的な観点から出発する思想が普遍的だ。中国や韓国、そして他のアジアの国々でも、米国発の病に苦しむ世界でアジアが声を上げることには賛成するのではないか。

 そこにはモラルが一貫して付随し、偏狭なナショナリズムは排されなければならない、と言うような意味を言っている。

 よく言ってくれた、前出の方々もアジアに期待しているようだし、我々にも意気上がることだと思う。

 大賛成である。

 

 

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潮待ち風待ちの港、鞆の浦

2008-11-02 17:34:06 | 日記・エッセイ・コラム

 もう十一月か、じきにおめでとうと挨拶しなければ成らなくなる、早いものだ。先週の旅行も早いものだ、もう週代わりだ。

 二十八日(火)は鞆の街を見て歩いた、鞆と言う所は風待ちの港と思っていたが、潮待ち風待ちの港だったのだ。鞆の町を見学して歩いて、昼飯を食べによったお土産屋の若大の話では「ここは瀬戸内の丁度真ん中辺で潮の流れが一日二回変わるので船が潮の流れの変るのを待ったとこなんです」とのこと、知らぬは一生の損になる所だった。Img_0900 Img_0903

 と言う所だけに西国や九州との、いや中国朝鮮との交通の要衝で港町として栄えたようだ、街造りを見ても商家の間口は狭く大店はべつだが隣の家と壁の張り付いている家もある。

大店と             ポニョの居る食堂       

 狭い道筋が入りくんだ街中は古い建物が多くメインの県道も車の交差がやっとのようだ。お寺や神社が多く文化財的な建物も転在し古い歴史を感じさせる街である。

 朝ホテルの窓から前の海を見ると漁船が定置網から魚を揚げていて、その側の岩に通じる浅瀬の街道を波が洗い始め段々に海に沈んで行くでわないか、この時間、満ち潮に入ったのだ。見る間に道は沈み二つの岩だけになってしまった。Img_0904

 夕刻三時三十一分ののぞみに福山駅か乗ろうとしたが列車が来ない、相生駅構内で人身事故らしい、遅れること九十分以上予定より前の列車に乗り気を使い使いして高崎に着くと、両毛線は十時三十分発で待つこと四十分伊勢崎駅は十一時過ぎとなり、帰り着くと夜中のお昼少し前、お茶だけ飲んでおねん

福山駅前の福山城

ねでした。

「今度の旅行で広島のタクシーの運転士さん、尾道のジャンボタクシーの運転士山口さん等皆親切な人達だった、有り難う御座いました。」

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