基左衛門の独り言

坂東の風上毛の空と風景をブログで皆様へ、八十爺

愛国心か

2007-02-25 17:49:52 | 日記・エッセイ・コラム

 愛国心と日の丸論争は始まって大分経つが今の内閣になって一層拍車が掛かってきた様だ。何で為政者の人たちは法律まで作って国民を縛りたがるのだろう、自分の国を愛さない人が居るのだろうか?数の中には居るだろうか、生まれ育ち小鳥や鮒っこを追い回した山や川、両親や家族、親戚知人の住むこの日本の国土を、平和であるが故にはっきりと意識することは今では少ないが誰でも愛しているのではないか。

 今日25日(土)の朝日新聞に歴史と向き合う 第6部 愛国心再考 ということで憲法学者 樋口陽一氏が対談解説している。その中で氏は「ここでは両者の区分を厳密にせずに、『愛国心』を、大きく二つに分けて考えてみましょう。一つは、自由な諸個人が取り結んで作った公共社会が国家だという考えの下で制度や理念への愛着を感じる愛国心、もう一つは、土地や血のつながりに国民のアイデンティティーを求める愛国心です。前者をシビック(市民的)な愛国心、後者をエスニック(民族的)な愛国心と呼ぶ人も居ます。然し、日本ではこの二つに潮流が自覚されずに『愛国心』が議論されてきたところに問題があるのです」

 ということからシビック的愛国心をナチスの支配下のフランス在住のユダヤ人の死と考え方『私は、これまでそう生きてきたのと同じように、よきフランス人として死ぬのだ』と遺言した例、シビックな愛国心でも危険な面を持っているということでフランス革命後のナポレオン軍の侵略、シビックな愛国心の典型のアメリカが『民主主義の輸出』という理念の下でのイラク戦争を起こしたこと、だがアメリカは国内で多様な価値を認め、相互批判の土壌がある。と言っている。

 「そもそも日本では、愛国心に二つの類型があることへの自覚が無いままずっと、『血と大地』に支えられ一心同体となった共同体を愛すると言う考えに引っ張られる傾向があるのではないでしょうか」と今回は閉めていたが、何れにしても『愛国心』とは強制されるものではなく自然にわき上がるものであり、愛する気持ちが湧き出るような国『国土も制度も』にして欲しい、物言えば唇寒しの戦前に戻らぬように。

 これが私の偽らざる願いである。新聞記事に触発されて

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可笑しいおかしい 変だへんだ (4)

2007-02-24 18:36:52 | 日記・エッセイ・コラム

 深谷市血洗島は青淵渋沢榮一翁の生まれた所として有名な所だが、我々が子供の頃泳いだりケイレンで小魚をおったりした島村の西島や、世良田村の平塚河岸から利根川を隔てた向こう岸の今の中瀬か前河原の辺か、よく分らないが朝日新聞のニッポン人・脈・記に今日で7回目になるが渋沢榮一さんのなんて言うのだろう評なのかな?がの載っている。

 今日は拝啓渋沢榮一様 ⑦ 「論語とそろばん」いずこ、ということで企業倫理をかって説いたことを、又その後を引き継ぐ企業家を紹介している。 現在渋沢さんが作り育てた商工会議所、かっての商法会議所もその存立の意義を忘れたかのように企業倫理について論じることが無くなっているのではないか。

 特に最近の経団連のように政党への寄付の解禁を宣言するなど、又それを受けた大手銀行の追ずいなど目に余るものがある、さすが自民党も参議院選を控えあてお断りはしたが貰いたかったろう。 この渋沢イズムを引き継ぐ企業家ホンダの川本さんやバンダイの山科さんのような企業家のたくさんの輩出が待たれるところである。

 ところで利根川のこちら島村の田島弥平さんか?のように先に誰かが悪さしたために商いにならづに遠くイタリアまでもって行った蚕種をすべて地中海に捨て来た人も居たのである。まあお蚕様の神様のような人だったらしいし、渋沢さんから教えも受けたいたらしいから無理も無いが。 昔12-3歳の頃御袋「本当は育ての親伯母ごだが」に聞いた話だが案外物知りだったなと思うこともある。

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平穏無事

2007-02-22 18:09:59 | 日記・エッセイ・コラム

 一昨日の20日は北方水滸伝の5巻の発売日なので夕刻つたやで買ってきた、 読み始めると熱中するタイプなので昨日の夕刻には読みきってしまった、今までの流れの中ではこの巻が一番ドギツイ表現の無い私とすると読みよい物語性のある巻だった様に思った。 この作者の人間性か地下牢にしろ人殺しやセックスにしろドギツイ表現になってしまうのが難点だ、4巻で読むのをやめようかと思ったが5巻を買ってみたら大分ドギツイ表現がうちばになり大河的流れになったようだ、これなら読めるか。

 平穏無事な日が続いていておじんにはよい傾向だが何か物足りない様でもある、暖かい日は何キロか(1キロ10分として3キロチョッとか)の散歩をこなし、水曜日は子供たちの下校時のパトロールをつきあい、あとはパソコンで遊んだりと似たような毎日は飽きてくる、まあその内に植木や球根の植え替えの時期になるか。

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アブナイ アブナイ

2007-02-08 15:15:47 | 日記・エッセイ・コラム

 「拝啓、余寒なをきびしき折」「暦の上では春とはいえ寒さなを」と克っては書翰用語として使われた言葉も死語か不用語になってしまうのか、立春を過ぎて1週間になるがまるで春が暦の通り来てしまった様だ。 一月も 大寒だと言うのに暖かい日が続いたり可笑しいおかしい変だ変だ。

 まあおじんになると歩いたり子供のためのパトロールに出たりは楽でいいが、この後暑い夏が来たり梅雨の長雨や台風が来るのではと心配になる。この地球温暖化により世界中から水分が蒸発し空気中の水分は膨大となる、それはやがて雨となって地球上に戻ってくる。 特に太平洋・大西洋・インド洋のような大洋での海水温の1度上昇は膨大な蒸発量だろう、これが台風・ハリケーンやモンスーンなどになって陸地を襲うわけだ、最近の暴雨風や竜巻突風は規模が大きくなっているように思える、そこえ東南海地震でも重なったらさあ大変、我々の年配になると当市のメイン通りの本町や六間通りが腰の辺りまで水に浸かった昭和22年のキャサリン台風を経験している。これからはあんな物ではないだろうテレビのCMではないが「アブナイアブナイ」青汁を飲む飲まないの問題ではないのだから。

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可笑しいおかしい変だ変だ (3)

2007-02-01 17:30:39 | 日記・エッセイ・コラム

 もう二月か早いものだ、30歳代から一年が早くなりだしたが最近は特に早い、最も昔風の数え方をすれば喜寿と言うことになるのだからね。

 さて問題の大観覧車移設の件だが27日の新聞発表でもうよいと思っていたら今日の新聞を見て驚いてしまった。 呆れた事に区長会の会議「区長会長会議か」に賛成陳情を依頼したと言うのだ、受ける方も受ける方だが中にはこう云う方法を疑問に思う人もいたろうし、個人的には反対の人もいたろう、取り止めになった様だが何れにしても市民をなめた遣り方だ。 これまでに何通の賛成陳情書集まったかは不明とのことだが、何が何でも遣り通したいと言うことか、国が合併特例債を「市民の一体感を持たせるための新市のシンボルとして、とは思えない」と言っていることもあるのに。

 今の華蔵寺公園にある観覧車ひまわりは栃木博の終了時に引き取り手のない物を安く引き取ったもので、使用料も安く設定したため人気もあって県外から子供たちの遠足などのバスも来るようになり、早い段階で借金も返済できたもので、市民にも人気がありミスひまわりの命名の元にもなった。

 長い歴史のある華蔵寺公園も先人の努力によって戦後総合公園化を進め、運動施設を整備して総合公園として完成を見たが、旧野球場跡地が単なる広場で花見の売店設置場所程度に使われていたのを遊園地としたので更に総合化が進んだのであった。

 まあ波志江沼周辺の開発は北関東道のPAかSAか知らないがこれらを利用する人たちに良好な緑地として散策してもらい長い運転の疲れを癒す場所として整備するべきではないか。 

                     

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