ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始めいつのまにか、トライアスリートになってしまった私。

【書き込みを読んで7】難波先生より

2014-08-07 09:04:36 | 修復腎移植
【書き込みを読んで7】
<Unknown (Unknown):2014-07-23 12:53
伊達宇和島藩といえば、分藩の吉田藩で起きた山田騒動が浮かびます。土佐浪人で医師の山田仲左衛門が藩主の治療をきっかけに重用されて藩政改革を行うが、重臣の反発にあって失職、仙台藩預かりになってしまった事件です。(司馬遼太郎『重庵の転々』)
 表面上は平和を保っている治世において、隠れた不正を指摘することの意義と妥当性、危険性、とるべき手段などについていろいろと考えさせられる一件でした。>
 「重庵の転々」は知らなかったので「司馬遼太郎短篇全集12」(文藝春秋)を取り寄せて読んでみました。ご教示ありがとうございました。
 「智はときに深く秘されねばならない」。確か黒田官兵衛を描いた遼太郎の作品にあった言葉ですが、この短篇でも同じテーマがリフレインされていますね。大村益次郎を描いた「花神」、江藤新平を描いた「歳月」と同様の手法です。「嚢中の錐」あるいは「出過ぎた杭」の悲劇ですね。
 殿様の死病を救った流れ者の町医者が、藩主に重要視されて、筆頭家老となり家中から憎まれて、本家仙台の伊達藩に流される、という話ですね。
 ただ、これはどれほど史実に基づいているのだろうか。医師「山田文庵」、文庵あらため武士「山田仲左衞門」、ともに「大日本人名辞典」に載っていません。
 WIKIにも出典がありません。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E9%81%94%E5%AE%97%E7%B4%94
 だいたい初め「山田重庵」として作者が書いていて、最後のページで「実は本名は重庵でなく、文庵である」と述べるような変な小説は読んだことがありません。
 「伊予吉田藩」は事件後の1732年に大飢饉、1793年には藩御用商人の不正に怒った農民1万人が一揆を起こしています(明治4年の藩人口53,000人)。資料=中嶋繁雄『大名の日本地図』(文春新書)
 宇和島市教育委員会のHP、
http://www.city.uwajima.ehime.jp/www/contents/1287711660395/index.html
には、こうあります。
<御小人たちは、仲左衛門出仕の途中を御殿前の松の木陰で待ち合わせ、これを殺害してその野望を未然に防がんとしたが、同志のうちの一人が内通したため、首謀者の長兵衛をはじめ八人のものたちはその場で逮捕せられ、大工町奥の普門院で切腹を命ぜられた。
 仲左衛門は事件のあと、宗純の袖にすがって難を江戸に避けたが、貞享三(一六八六)年六月、仙台藩の江戸芝浜藩邸において月番家老柴田内蔵の審問をうけ、萩野七郎兵衛、久徳平左衛門、尾田喜兵衛などと対決の結果、その非を追求されて、ついに仙台藩に終身幽閉の身となった。
 八人の遺体は普門院に埋められたが、事件後六十数年を経た寛延三(一七五〇)年墓碑が建てられ、廟所がもうけられた。碑には、長兵衛、徳兵衛、覚右衛門、四右衛門、五右衛門、三助、四平、久助と八人の名とその戒名が刻まれている。>
 何だか司馬遼の小説をそのまま信じこんでいる感じですね。
「八烈士の供養碑
市指定記念物(史跡)所在地 吉田町大工町
所有者 個人 指定日 昭和五四(1979)年三月二六日」
 とありますから、この小説が発表された(1970/5「オール読物」)後のことですね。
 筆頭家老を暗殺しようとした足軽8人を「烈士」として顕彰するのなら、安重根を「義士」として隣国が讃えても、文句は言えないことになります。
 吉村昭なら絶対にこういう小説は書かないだろう、と思いました。
<Unknown (Unknown):2014-08-02 03:37
小保方氏が若山研で既に樹立済みのES細胞を入手し、STAP細胞として若山氏に渡して幹細胞化やキメラマウス作りに用いてもらっていた、というのが現在のところ事象を最も矛盾なく説明できる仮説だ。
この仮説に基づくと、現在確認されているSTAP幹細胞の全てについて、元になったES細胞が存在するはず。(中略)
ところで、丹羽氏の中間報告まだ~?
早稲田総長の判断もまだですか~?>
 基本的に同意見です。すべての保存株のDNAを調べればSTAP細胞と一致するものが見つかるはずです。

<甲類焼酎 (酒井重治):2014-07-31 03:12:
ん~、残念。
午前二時まで仕事なので再放送は観る事ができない。
甲類焼酎で1:3のお湯割りなどをちびちびやりながら見ようと思ったのになぁ。>
<解決策 (酒井重治):014-08-02 03:16
解決策は
小保方氏→放っておくこと。自然消滅する
修復腎移植→病気もちの臓器移植は不可。>
<再放送 (通りすがり):2014-08-02 13:24
甲類焼酎様&皆様
http://www.miomio.tv/watch/cc84991/
中国経由の海賊版だそうですが、
NHKスペシャル、視聴可能です。
私も、放送最初の20分を見逃してしまいましたが、無事に通して、視聴することが出来ました。
まだ、大丈夫のようです。ご確認下さい。>
<視聴完了 (酒井重治):2014-08-02 16:55
全編観させていただきました。
結局肝心なところは小保方氏や笹井氏がだんまりを決め込んでいるという事ですね。
これ以上取材しても同じだね。
こんだけ説明不足な科学者を信用する価値が何処にあるのかが判っただけでも素晴らしい番組だったよ。
論文を検証していた日本人教授チームも不正箇所を多く見つけていたし、理研崩壊も時間の問題かな。>

 納得されたようでけっこうだと思います。日本分子生物学会の主張するとおり「再現実験より、徹底検証」が重要なので、小保方信者がまだいるかぎり、カルト化しないように徹底的に調査して、トリックのからくりを明かしてほしいものです。
 私がNスペの本放送と再放送をあれだけ強調したのは、2Chに出た内部情報などから内容予測がついていたからです。議論を建設的に行うには「情報の共有」がないといけません。それにしても録画機能のないTVが現役だとは思ってもみませんでした。
 ワハイに無事戻った娘からのメールで「TVの連続マンガ番組を録画予約して、予約解除にするのを忘れたので、録画分を消しておいて」だと。トホホ…。HDの容量には余裕がありますが、消去は手作業になるのです。
 (8/3の夜に消去したが、マンガ、映画、サッカー等の週刊番組予約が10本以上、既録画が40本以上あり、消去に苦労した。「ディズニー映画」と「Eタウン」だけは残した。
 ついでに4/17放映の「TBS報道特集」での、STAP細胞とSTAP幹細胞の間にある矛盾点についての私の発言を見直したが、現時点でも間違いはなく、ほっとした。)
 酒井さんは、悪い人だとは思いませんが、不完全な情報で断定的な結論を述べる傾向があるようですね。これはたぶん性格的なものがあるのだと思いますが、誤解を招きやすいと思いました。(私も強調のために「絶対に」とか「決して」とかを多用する傾向があるので、自省しています。)
 <修復腎移植→病気もちの臓器移植は不可。>
 「修復腎移植」についても、8/4付メルマガの6.【修復腎論文、世界学会でまた優秀賞】という記事を読んでいただけたら、きっと考えが変わると思います。そもそも私は「修復腎移植」を公認してもらうために「STAP細胞事件」での発言を始めたのです。
 再生医療で腎臓が作れるようになるまでに、50年はかかるでしょう。しかし31万人の透析患者は腎移植を受けることができなくて、毎年3万人くらいが亡くなっています。それでも糖尿病や動脈硬化症、高血圧症などによる慢性腎不全の患者がそれ以上に増えており、透析患者数は毎年1万人ずつ増えています。その経費は公費で出ており、間もなく年間2兆円に近づくでしょう。
 日本の保険医療制度の破綻は、たぶんここから始まると思います。
 何とか「修復腎移植」を正当な医療と認めてもらい、年間に1000例でも2000例でも腎移植を増やし、患者QOLの改善と保健医療費の節減に向かおうではありませんか。ぜひ酒井さんにもご理解とご協力をお願いしたいと思います。

 と書いたが、
<表向きの華やかさ (酒井重治):2014-08-05 16:12
優秀賞の選考委員は日本での万波事件の詳細を知っているのだろうか?
同意書も無く、移植と摘出を万波氏ひとりでやった違反をどう思うのか。
カルテも紛失しすべてにおいて暴走気味の事件も知らずに、優秀賞受賞という華やかさを持ち上げていては、STAP論文がネイチャーに掲載されて騒いでいるのと同じではないか。>
というその後の書き込みをみると、そう簡単ではないようだ。基本的な事実が意外に知られていない。
<医療の向上 (酒井重治):2014-08-06 14:14
医療の向上、修復腎移植には患者の意思が尊重されていなければなりません。
決して医師だけでなしえる快挙ではありません。
多くの問題があったからこそ「事件」として扱われているのです。
重要な手続きを飛び越して暴走する事が医療向上に繋がるのであれば、多くの命が犠牲となったアウシュビッツの人体実験と同種ですね。>
 修復腎移植をアウシュビッツと同列に扱うとは…。私が酒井さんの症状を「不安定狭心症」と指摘し、病院受診を勧めたのは大きな間違いだったかもしれない。結局、酒井氏は冠状動脈を拡張するカテーテル手術を受け、命を永らえたのだから。以後、貴方にはいっさいメディカル・アドバイスをしません。
 もう武田氏のブログにも書き込まないで下さい。武田さん、この人は命の恩人に対して非礼だから、書き込みができないように措置してください。閲覧は可能で構いません。
 酒井氏が狭心症の発作を起こして、死のうが事故に遭おうが、私の知ったことではありません。

① 2008年の「万波論文」(英文)に修復腎移植の手続きや同意について、事実が詳細に書かれています。
Mannami M. et al.(2008):Last resort for renal transplant recipient: "Restored kidneys" from living donors/patients. Am J Transplant, (8): 811-818
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18318781
 ご覧になればお分かりのように、後から2番目の著者が私です。「修復腎」移植が全体で42例あることを突きとめて、ドナー、レシピエントの予後データを集約し、初めて全例の予後解析をしたのは私です。私は自分で責任がもてない論文に、共著者として名前が載ることは拒否します。

② 万波移植は1991~2006年までの16年間をかけて、42例が行われたものです。
 カルテが破棄されていたのは万波医師が2003年まで勤務していた市立宇和島病院のもので、いずれも法定保存期間の5年を過ぎていました。それでも公的病院では普通は破棄しませんが、「病棟新築工事のため、保管場所がない」というのがその理由でした。1991年に行われた第1例のカルテをふくめ、呉共済病院で行われたは6例のカルテは現存しています。
 同意書は手術内容を説明した「手術同意書」がちゃんとあります。ただ腎臓を摘出する患者に「移植に使用できたら使いたい」という説明をして、「インフォームド・コンセント(IC)」の書類がなかった。1991年頃はまだこの慣行が一般化していなかったのです。
 (いまは逆に患者にわからなくても、長い文書に患者の署名捺印させるのが、保身のための医師の常識になっています。酒井さんも入院したから、何枚かそういう書類にサインしたでしょう。)
 手術は呉共済の光畑医師、香川労災病院の西医師、岡山にいた弟の万波廉介医師などが、協力して行ったものです。腎臓摘出と移植は1人の医師ではできません。移植手術が行われたのは3病院(市立宇和島、呉共済、宇和島徳洲会)、ドナー腎のみを提供した病院は他に6病院くらいあります。42件のなかには、ドナーとレシピエントが同一施設に入院していたケースもある、というに過ぎません。

③まあ、STAP事件と同じように、「病腎移植」について誤報を流したマスコミの罪は大きいですね。酒井さんなど、いまも騙されっぱなしだ。
 私の書き方も悪かったのは、2008年1月の「万波受賞」は「42例の過去の修復腎移植」(後ろ向き研究)についてのもので、小川先生の受賞は現在進行中の「前向き研究」に対しての3度目の受賞です。手術自体は同じ「修復腎移植」なので、つい「4度目の」と書いたのですが、誤解される恐れがありました。お詫びいたします。なお「前向き研究」の方は「臨床研究」としての計画が、徳洲会全体の倫理委員会で審議後に認可されています。この委員会には弁護士、倫理学者などの外部委員が加わっています。ドナー適格者とレシピエント選択についても、審査委員会が関与しています。

<Unknown (Unknown)
2014-08-06 09:55:10
>修復腎移植の医療としての可能性と、ある医師の手続面の瑕疵を一緒にして評価するべきではないと考えます。
この点に同意します。
医療としての可能性を純粋に追求していくことが、結局は将来の医療の向上に繋がると思います。
ただ、過去の瑕疵について歪曲することは議論を変にこじれさせる要因になるので、避けるべきと思います。>
 「過去の瑕疵について歪曲する」つもりはまったくありません。メディアの偏向報道により、間違った情報が信じられているのをなんとか正したいと思います。
 「手続き面の瑕疵」というのは、2006/8に岡山県の備前市立吉永病院で行われた70歳女性の腎臓摘出に際して「使えるようなら腎不全の患者に使わせてもらいたい」という口頭での了解事項が、文書化されていなかった事例をさしておられるものと思います。(この症例のことは、厚労省調査班の班長だった相川厚東邦大医学部教授が、守秘義務を冒して『日本の臓器移植』(河出書房新社, 2009/5))第4章「病腎移植はなぜいけないか」に詳しく書いていますので、ご覧下さい。)
 書類が作成されていないことは事実です。06年なら当然なされておくべきでした。これは病院長の責任です。
 しかし、私の調査によると、この病院では前身の「町立吉永国保病院」が1994年から人工透析を導入しており、泌尿器科はあったものの、病院の総病床数はわずか60床でした。
 合併により「備前市立吉永病院」になったのは2005年4月のことです。現在の新病院は06/4に完成・診療を開始しています。「腎がん」と診断された患者が手術を望むので、誠医師の弟廉介医師に病院から手術依頼がなされました。万波廉介医師は開業医でも勤務医でもなく、「眠狂四郎」というあだ名があるくらいに、手術の腕が冴えわたっているのであちこちの病院の「助っ人医」として、暮らしています。
 この病院から腎ドナーが出るのは初のことでした。手術は順調に行われ、摘出した腎臓が宇和島への輸送のため、冷却UW液液で潅流され、クーラーボックスに収められるのを当時の院長も見に来ていました。もちろん手術場の全員が「摘出された腎臓が移植に用いられる」ことを知っていたわけです。
 病院にはCT、MRI、ヘリカルCT、デジタルX線撮影装置まであり、術前に腎臓の画像撮影により「石灰化をともなう丸い嚢胞性腎腫瘍」が見つかっていました。(相川氏は「ボスニアク4段階分類でⅡの良性嚢胞であり、摘出の必要がない」と書いていますが、これは「後出しジャンケン」です。)こういう病変には「良性の単純嚢胞で壁に石灰化を来したもの」と「乳頭状腺がんで部分的に石灰化したもの」の2種がありますが、その確定には病理学的診断によるほかありません。ところがこの病院はわずか60床の病院ですから、常勤の病理医がおらず「術中迅速病理診断」の体勢もなかったのです。
 手術中の肉眼所見では執刀医は「悪性間違いない」と考えたのですが、術後に外注された病理検査の診断では「石灰化単純嚢胞」でした。病理検査体制によるバックアップがないと、そういうことがまま起こるので、「病院および執刀医(廉介医師)は、この病院では手術中迅速に病理検査を実施して悪性か否かを診断する体制がないため、入院すれば腎臓を摘出せざるを得なくなると説明したものの、それでも構わないという患者側の強い希望により、摘出手術に至った」と、日本移植学会の相川厚氏も上記書に書いています。
 この「病腎移植手術」では「備前市立病院」で患者ドナーの腎臓摘出を行ったのは万波廉介医師、宇和島に運ばれた腎臓を腎不全患者に移植する手術を宇和島徳洲会病院で行ったのは、万波誠医師です。この手術は全42件の「万波病腎移植」の第41例目になります。
 また相川氏は「術前に<悪性でなければ他の透析患者のために使わせてもらう>という説明が口頭で行われ、患者さんもそれに同意したことは両者とも食い違いはないし、カルテにもそのように記載されていました。また術後に<移植に使わせてもらう旨、説明した>という記載も残っていました。」と書いています。これに続けて、
 「しかし患者さん側は、<透析患者のために使わせてもらう>というのは研究目的などに使うという意味だと解釈したので、移植に使われたこと、しかもそれが医学的に問題のある移植だったとの報道を聞き、精神的に大きな打撃を受けたと証言しており、術後の説明も受けていないと主張しています。」と相川班長は、ここで患者側を煽っています。実際に、本書出版後に患者側は備前市を告訴しています。
<がんでない腎臓摘出され提訴へ…病気腎移植で
 病気で摘出した腎臓を他人に移植する「病気腎移植」に絡み、がんではない腎臓を摘出され、精神的苦痛を受けたなどとして、岡山県備前市の市立病院で万波廉介医師(64)の手術を受けた県内の女性(73)が市を相手に、約3700万円の損害賠償を求める訴えを近く岡山地裁に起こす。
 病気腎移植に関連し、病院側が提訴されるのは初めて。
 訴状によると、女性は2006年7月、備前市立吉永病院で、万波医師から「九分九厘、腎臓がん」と診断され、左腎臓を摘出された。実際はがんではなく、手術後に万波医師から「摘出した腎臓は良性だった」と知らされ、そのことが元で重度のうつ病になった、としている。(2010年2月5日14時42分 読売新聞)>
 この告訴は実際的には患者の実弟がやったようです。
 裁判は2013/10/10に市が患者側に1700万円を支払うことで和解が成立し、決着しました。
 この件で、市の職員でない廉介医師に賠償を求めるのは無理で、病院のシステムに問題があったと市側が判断したのではないでしょうか。
 http://www.ksb.co.jp/newsweb/index/108
 原告代理人は名古屋に事務所のある弁護士で、これも異例のことです。

<Unknown (Unknown):2014-08-03 20:23
資本主義の行きつくところは、詐欺社会だ。
おれおれ詐欺に、食品偽装、悪徳商法に偏向報道・・・、わたしたちの周りはもう詐欺や騙しだらけ。
科学や学問の世界まで詐欺が蔓延りだした。
米国隷従の我が国は、どこもかしこも米国譲りの強欲拝金主義がはびこってしまい、やっぱ詐欺だらけの社会になってしまった。資本主義の本質は、搾取であるからこれは必然であるな。
せめて科学や学問の世界だけは、強欲拝金であってほしくないな。人類は不幸すぎることになると思うよ。
オカノンに戦艦、あんた達も雲隠れせずに堂々と何か言ったらどうなのよ!学者として科学者として恥ずかしくないのかよ。>
<Unknown (Unknown):2014-08-03 20:26
Nスペシャル第2弾は、オカノンや戦艦、セルシードが出てくることを多くの国民は期待しているぞ!>

 20:23氏と20:26氏が同一人物かどうかわかりませんが、『国富論』を書き「神の見えざる手」を強調し、自由主義的な市場経済を称賛したアダム・スミスは、もともと倫理学者でした。『道徳感情論(2冊)』(岩波文庫)という著書もあります。「見えざる手」という表現はすでに本書の下巻に出てきます。
 スミスは1764年に大陸に旅行して、パリでフランソワ・ケネーの『経済表』(1758、岩波文庫)に接したと思われます。帰国後10年かけて書き上げたのが大著『国富論(4冊)』(岩波文庫)です。ケネーは外科医から経済学者になり、スミスは道徳哲学者から経済学者に変わったわけです。
 8/3(日)の「毎日」書評にN.フィリップソン『アダム・スミスとその時代』(白水社)の書評が載っていますが、私見ではスミスの思想の根底には高い道徳性があると思います。それは年上の友人だったデヴィッド・ヒューム『人性論(4冊)』(岩波文庫)とも通じるところがあります。

 ソ連崩壊以降、米国にとって巨大な敵がいなくなり、ネオコンという新保守主義が台頭して「市場万能主義」を唱えてきたため、世界的にはグローバリズムによる国家間格差、国内的には「中流階層」の消滅という行き過ぎが生じました。そこで、今またアダム・スミスの見直しが始まりました。
 私は「自由」の基礎は「交換」という行為にあると考えているので、スミスやヒュームの考え方に基本的に賛成です。ケネーは農産物が交換により他の商品に形を変えて行く過程を「経済表」で明らかにし、スミスは交換が市場で行われるメカニズムを明らかにしたのであり、前者を「重農主義者」、後者を「重商主義者」とする通俗的学説を、私は支持しません
 評者の松原隆一郎は「アベノミクスは、スミス的に不自然な重商主義である。」と書いていますが、そうであるかどうかは別にして、恐らくフィリップソンは「資本主義の揺籃期」における、倫理や道徳の再構築を目的としてこの本を書いたものではないかと想像します。(伊東光晴『アベノミクス批判』,岩波書店,と共にAmazonに注文しましたので、届いたらさっそく読むつもりです。間違っていたら訂正します。)
 アダム・スミスが見直しされるのは、世界が表面的な小波乱にもかかわらず、全体としては良い方向に向かっているということでしょう。何しろ70年間、世界戦争がないのですから。

 同じく8/3「産経」には上昌弘(東大医科研)『医療詐欺:<先進医療>と<新薬>は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)の書評が載っていました。(これも発注済)。榎木英介(近畿大医学部)『嘘と絶望の生命科学』(文春新書、献本あり)というSTAP事件を扱った本も出ています。
 二人とも医学研究者でありながら、その最前線からの勇気ある告発です。
 私はもう老人で引退しているから、怖いものなしですが、若いお二人には将来がありますので、密かにそれを案じています。ただ「見殺しにするな」と多くの科学者・医学者が声をあげれば、事態はまた変わって来ると思います。現に日本分子生物学会の声明は、榎木さんの告発に応えたものだと考えています。Unknownさんにも、そのために何かしていただきたいです。
 「集合知」を建設的な方向に作用させるには、落ちついて理路整然と議論する必要があります。

<メール (shabby):2014-08-03 22:25
Nスペのメールの下り(件り?)を見てとても違和感があったが、「世に倦む日々」氏のブログコメントで解消された。
笹井氏のメールはほぼ全文音読されていたようなのに、小保方の方は画面のほんの一部だった。難波先生は違う文面を引用されていたが、実際の文面は以下の通り。[ ]は放送で音読された部分。
[ 笹井先生 ]
いつも大変お世話になっております。
寒い日が続いておりますが、お体いかがでしょうか?
お陰様で丹羽先生からEpiSCと抗体などを分けていただき楽しく
実験させていただいております。
もうすぐ [ Figの仮作りが出来そうですのでまた近いうちにご相談に伺わせて
いただけないでしょうか?
よろしくお願いいたします。] 小保方 晴子
(以下略)>

 ご指摘ありがとうございます。「世に倦む日々」氏のブログは最近見ていないので知りませんでした。番組の時間枠上や紙面の都合上、発言の一部が利用されることは、私なども新聞やTVの取材で経験しています。今回の事件では誤解をさけるために、私は質問内容の事前提示と新聞の場合は記事原稿のメール送付を条件に取材に応じました。N社だけが「社内規定」を理由に履行しなかった。
 このメール内容が本物であるとすると(「世に倦む」氏は匿名です)、STAP幹細胞になりえる細胞株は若山研からだけでなく、丹羽研からも分与されているということになりますね…。
 分子生物学会がいうようにSTAP細胞の由来を徹底的に調査してほしい。丹羽さんは「中間発表」でNHKにEpiSC分与のことを追求されるでしょう。
 Shabbyさんは、決して「シャッビー(みすぼらしい)」ではありませんね…。

 それにしても「笹井自殺」は衝撃的だった。理研「中間報告」は8/8に予定通りあるのか、Nスペの第二部は放映されるのか。関係者はいずれも悩ましいことになった…。
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Unknown (Unknown)
2014-08-07 12:50:15
>「八烈士の供養碑
>市指定記念物(史跡)所在地 吉田町大工町
>所有者 個人 指定日 昭和五四(1979)年三月二六日」
> とありますから、この小説が発表された(1970/5「オール読物」)後のことですね。

よく読んでください。史跡指定が1979年であり、供養碑(墓石)には「寛延三年庚午九月二十八日起」と刻まれています。

>何だか司馬遼の小説をそのまま信じこんでいる感じですね。
吉田は『街道をゆく』にも登場するので、司馬さんは実際に現地で取材をされたはずです。地元では供養碑は「八人様の墓」として大切にされているようで、仲左衛門の方が悪者になっていますが、司馬さんは独自の視点で小説化されたのでしょう。

地元に対する配慮からか主人公の名前を変えて小説化したものの、最後に読者が史実を参照できるよう本当の名前を記しているあたりに私は司馬さんらしさを感じましたが、難波先生はお気に召しませんでしたか?

私は「読物」としての小説は史実に基づく必要はないと思いますが、司馬さんのほとんどの作品は綿密な取材に基づいて、物語としての膨らみを想像で補いつつも史実を辿る姿勢をとられています(一部の初期の作品は完全に空想によるもので、私はこれらの作品群も大好きです)。作り物でない歴史そのものの面白さを味わわせてくれる司馬さんの姿勢に私は好感を持っております。
以前、塩野さんの小説を批判しておられましたね。塩野さんの作品も一部のシリーズ(『黄金のローマ』等)を除いて史実に準拠するスタンスです。ただ、一般人を対象とした「読物」であって研究書ではないため、具体的な出典の明示を求めるのは酷だと思います。一応巻末に参考文献リストをつけておられますし。
病腎移植 (Unknown)
2014-08-07 14:07:02
病腎移植に未来はない。
基本的に移植できる腎臓をドナーから摘出する自体おかしなこと。
ドナーの腎臓治療を優先すべきだ。
レシピエントは不完全な腎臓だけでなく病まで移植されることになる。
健康体なら腎臓は一つだけでも人は生きて行ける。
病腎移植よりも生体腎移植、健康な人からの腎臓提供が望ましい。
これは売買ではなく「寄付」形式をとる事。
勇気と覚悟のいる寄付だが、広い世の中だ、募れば無欲で犠牲心旺盛で神様みたいな人達が大勢存在することだろう。
Unknown (shabby)
2014-08-08 11:29:54
拙文を取り上げていただき誠に恐縮です。
「世に倦む日々」氏ではなく、「世に倦む日日」氏でした。‘くだり’の件といい、漢字の誤変換が多く大変失礼いたしました。

厳しい状勢ではありますが、NHKには真実の追究を止めないでいただきたいと思っております。歴史に残る局面に居合わせたからには、素人庶民も関心を持つ事が求められると考えます。
「ただの人」の視点 (からしだね)
2014-08-08 12:49:58
shabbyさんのコメントを読ませていただいて、私もひとこと書かせていただきます。私はそれほど読書家ではありませんが、これまで読んだ本の中では鶴見俊輔氏の『戦時期日本の精神史』に最も影響を受けました。
「普通の人が、普通の生活の中で感じたことを大切にする」、この感覚の中で生まれたものこそが大切である、ということを、鶴見氏の本から学びました。
ここ何年か、日本はよくない方向へ向かっているのではないか、という不安が感じられ、だからこそ素人庶民である私たちが「おかしなことはおかしい」と声を上げ続ける必要があると感じます。
そして私のような「ただの人」にとって、難波先生がブログに取り上げてくださったことにコメントを寄せることで意見を交換できることは、貴重な機会だと思っています。
STAP問題は、「…これで流れが良い方向に・・・」と少し安心すると思いがけない展開が起きて、まだまだ予断を許さないと思います。先生にもこれからも何かお感じになられることがあればその都度、ブログに取り上げていただけたら、と思います(以前もお願いしましたが、再度!)。

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