ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始めいつのまにか、トライアスリートになってしまった私。

【ティチャーズ・ペット】難波先生より

2016-02-15 15:16:19 | 難波紘二先生
【ティチャーズ・ペット】
 1950年代の後半、私が高校生の頃ドリス・ディの同名の歌が流行っていた。「I wanna be teacher’s pet」という文句と出だしの曲は今も覚えている。「先生のお気に入りになりたい」という意味の歌だった。
https://www.youtube.com/watch?v=Mkeps2WCLPs

 小保方晴子については、天才でも俊才でもなく、滑り止めの「東邦大学付属高校」にやっと合格した、と本人が手記に書いていることは前回に述べた。その彼女がなぜ早稲田のAO入試で、理工学部応用化学科に推薦入試で入れたのか?それは事前に「二次試験の問題」を知らされ、担任教師の手ほどきで「エステル合成」の実技練習をしたからだった。(「あの日」p.8)
小保方が受験した早稲田のAO入試の要綱はこうなっている。(Fig.1)

 高校(東邦学園)の担任が化学の教師で、推薦入試を希望したら「早稲田理工学部応用化学科」(定員10名)を薦められたという。この教師が早稲田卒かどうかは分からない。「入試実施要項」には、「実験内容は事前に指示する」とあるが、これが「実験テーマの事前開示」とは普通は受け取れない。「実験直前にテーマを指示」と解釈するのが普通の日本語感覚だろう。もしそうでなければ要綱に「実験はエステル合成」と書いておけば、受験者は平等な条件になる。
 ともかく小保方は事前に問題を知り、高校の担任の好意で化学室を使って「エステル合成」の練習ができた。

 小保方のAO入試の試験監督が、応用化学科の常田聡教授であり、彼が彼女の卒論の指導教官であり、博士論文の審査委員会の「主査」である。早稲田の学位審査では主査と副査が支持した学位論文は、第2段階の「審査分科会」での審査を通過し、第3段階の「先進理工学研究科運営委員会」(大学院教授会)でも承認されるのが常識だという。(同p.245)
 こうしてみると、小保方晴子と常田聡教授との間には、入学試験から卒論指導、修士論文指導、博士号の論文審査主査と、学部4年間、修士2年間、博士3年間と9年間にわたる深いつながりがあったことがわかる。
 驚いたことに、常田教授は2014/1/30、全紙が小保方の「STAP細胞」を朝刊の一面トップで報じた日に記者会見を開き「自分が学位論文の主査をつとめたこと、AO入試の試験委員だったこと」を発表している(須田桃子「捏造の科学者」p.32)。

 早稲田には医学部がないから「医学博士」の授与権はない。しかし東京女子医大にはある。医学博士は4年の就学歴があればもらえる。だが小保方は東京女子医大の「医学博士」より早稲田の「工学博士」号を選んだ。それはなぜだろう?
 「医学博士」は医学部入学の場合、最短でも学部6年、大学院博士課程4年の合計10年かかる。6年制の医歯薬系学部卒以外のものが、「医学博士」をもらおうとすると、修士2年、博士課程4年の修業が必要なので、やはり10年かかる。早稲田の博士号なら9年で取得できる。1年早いのが魅力だったのだろうか?

 ここまで書く間に、「あの日」の人名索引を作る作業が完了した。作って驚いた。
「序文」の謝辞に出てくる人物以外に、
早稲田理工学部教授常田聡(1989、東大工学部化学工学卒)
=p. 9,10,12,13,29,61,62,70,72,143,145,152,252
東京女子医大教授岡野光夫(早稲田理工学部卒)=p. 17,25,35,252
という二人の重要人物がいたことに気づいたからだ。
 二人の重要性は、小保方の早稲田「博士号訂正論文」が最終的に却下された(2015/10/29)後に、「茫然とした意識の中、連絡をいれなければいけない人たちがいた。常田先生と岡野先生」(p.252)というかたちで、「手記」末尾ページに出てくる。
 最初に小保方に工学博士の学位を出した時の審査主査だった常田聡は、訂正論文の審査員からは外されていた、ということだ。岡野も再審査過程にはノータッチだったということだ。だから小保方は二人の最重要「先生」に電話を入れたのである。

 岡野は早稲田理工学部1974年卒で、東京女子医大「応用工学研究施設」の教授をしていた(「中外・医育機関名簿」)。前任者の退職に伴い99年に同施設長になった。ヒト培養細胞を商品とするベンチャー企業「セルシード社」を2001/10に創設している(小畑本・年表)。さらに施設を、早稲田と連携して再生医療中心の「研究教育施設」へと発展させる計画を進めていた。
 2006/3早稲田の常田研究室で卒論(水質浄化=海水中の細菌の分離)を終えた小保方は、続いて常田の指導下に大学院修士課程に進学した(手記p.10)。
 そこでテーマを「再生医療に切り換えたい」と常田に申し出たところ、「今、女子医大(の岡野)と早稲田大で<共同大学院>を作る計画があり、そこで知り合った先生(大和雅之=東大教養学部卒)が再生医療分野で活躍している」と2008/4に正式設立となる岡野光夫所長の「女子医・先端生命医科研(TWINs)」を紹介された。これには帝京平成大学教授で学科長でもあった、小保方の母親も絡んでいるようだ。
http://electronic-journal.seesaa.net/article/419744679.html

 それで小保方は早稲田の卒論発表(2006/3) が終わった翌日に、女子医大の大和研に訪ねて行っている(手記p.14)。つまり小保方は籍を「早稲田大学院修士課程」においたままで、実際には女子医大和研で「外部研究生」として勤務し、「口腔粘膜上皮」の細胞再生(実際にはラットを用いた動物実験)に取り組んだのである。きわめて異例だと思う。
 この実験の成果は2007/4にシカゴの国際学会で大和とともに発表している(p.26)。手記には早稲田大修士論文のタイトルが書かれていないが、常田研では行われていない「ラット口腔粘膜の再生」であったはずだ。この年小保方は修士課程2年生で、「日本学術振興会」の「特別研究員」に応募している。博士課程1年次から一般企業の月給並みの奨学金が給付される制度だ。研究テーマが再生医療であり、早稲田卒の有力者の推薦状があったのか、運よく合格し2008/4から「学振特別研究員」になった。

 時期は手記に明示されていないが、2008の夏頃、ハーバードの小島宏司(聖マリアンナ医大1990卒、外科医、ハーバード・バカンティ研助教)が女性技師のコロンビア人アナ(医学部入学志願)を伴って一時帰国した。大和が催した歓迎会で小保方が飲み過ぎてひっくり返った話(p.28)は書いてあるが、小島との出会いの詳細は不明だ(酔っぱらっていたから当然ともいえる)。
 もらった名刺を元に小島の元に「留学したい」というメールを出し、彼が受け入れを表明してくれたので、2008/9に渡米してボストン、ハーバード大のバカンティ研究室に留学した。
 つまり早稲田の博士課程に在籍したままで、ハーバードに留学したのだ。

 滞在費は学振の「特別研究員奨学金」があったが、渡航費用がなく、これは早稲田の常田聡教授に泣きついて、「早稲田グローバルCOE」の基金から出してもらっている。
 (小畑峰太郎「STAP細胞に群がった悪いヤツら」新潮社、2014/11 にある年表は必ずしも正確でない。)
 当初6ヶ月の滞在期間も終わりに近づいた頃、ラボのミーティングで、バカンティの「芽胞様幹細胞仮説」を一部実証し、さらに仮説の幅を拡げるというプレゼンテーションをして、バカンティを感嘆せしめ、バカンティ教授が留学期間の6ヶ月延長を研究費で負担する、と言うに至った(p.51)。

 この時に彼女が提起した「仮説」が
① バカンティ研で細胞を細いピペットで何度も「吸い込み吐き出し」をして得られる小さな細胞集塊(スフェア)は、OCT4+で芽球様幹細胞由来の集塊である、
② このスフェアは、三胚葉への分化能力をもつ可能性がある、
というものだった。実証されれば、大発見である。
 だがバカンティ研からの投稿論文は、PNAS(アメリカ学士院紀要)から却下された。問題の細胞(当時は「スフェア細胞」または「芽胞様幹細胞」と呼ばれていた)が多分化能をもつことの証明として、テラトーマ(奇形腫)の形成能とキメラマウスの作成能が必要だ、という査読意見だった。

 これで彼女もしくは「彼ら」が論文化をあきらめていたら、「STAP事件」は発生していない。
小保方は2009/9に1年ぶりに東京女子医大に戻り、大和の研究室で実験を再開したが、PNAS投稿論文の却下を受けて、対策を協議するために短期間に、2度も再渡米している(p.60-61)。
 この時、「多能性の証明」としてキメラマウスの作成が必要だと、女子医大和研の大和、ハーバードの小島(当時帰国していた)、早稲田の常田と小保方の意見がまとまり、2010/7/20になんとこの4人がそろって理研神戸CDCの若山照彦のところに「共同研究の申し入れ」に行っている。
 東京女子医大と早稲田の共同プロジェクト『先端生命医科学所(TWIns)』は、2008年4月、東京女子医科大学の隣に設置され、常田の研究室もここに移っていた。所長は岡野光夫だった。
 頼みに行った先の理研CDB若山照彦は1990年茨城大農・畜産学科卒で、留学先のハワイ大学で世界初の「体細胞クローン・マウス」の作成に成功していて、キメラマウス作成では大ベテランである。

 この面談で小保方は例の「徹夜して作った」資料による30分間のプレゼンターションを行い「スフェア細胞」が多分化能をもつことを先生のキメラマウス技術で証明してほしい、と上手く説得してしまう(p.63-64)。
 以後、新宿の女子医大で「スフェア細胞」を作成した小保方が新幹線で神戸の若山研に届け、それを元に若山がマウス胚に注射して、ひたすらキメラマウスの作成に取り組むという役割分担になる。この頃、小保方はOCT+のスフェア細胞は元もと体内に存在しているのではなく、ストレス処理により誘導されてくるというアイデアに到達したとしている。(元もと自死するまえの細胞が発する自家蛍光を誤認しただけだから、このアイデア「人工的に誘導されてくる」はまったく正しい。彼女がその意味を誤解しただけだ。)

 2008/4から始まった小保方の「博士課程」が2011/3月で終了するので、博士論文はハーバードで行った「スフェア細胞」と幹細胞について書くことにし、1/4に早稲田に学位論文を提出した。主査が指導教官(?)の常田聡教授、副査が早稲田の武岡真司教授と女子医大の大和雅之教授だった。バカンティも副査に加わる予定だったが、病気のため小島宏司が代理出席した。

 副査の武岡教授は論文を読み込み、「スペルミスと本文の文献引用と文献リストにずれがあるので、正式に製本提出するまでに直せ」と注意を与えている(「あの日」p.71-72)。
 (ここで小保方がすぐに訂正していれば、「間違った論文」を提出することが起きなかったかも知れない。また主査と副査がちゃんと英文を読んでいれば、序文は文学的にこなれた英文であり、本文や考察の英文とまったく異なった文体であり、NIH/NCIの一般向けHPの解説文をコピペしたものだということに、気づいていたかも知れない。)

 無事早稲田から「工学博士」を授与された小保方は、2011/3に女子医大「先端生命研」での卒業発表を終え、ボストンのバカンティ研究室でポスドク生活を送ろうとしていたところ、「東日本大震災」に逢い、それを口実に神戸CDBの若山研に転がり込んだ。
 以後、理研CDBの首脳部が「スフェア細胞の初期化」というフィクションにのめり込み、小保方を主任研究員(PI)として採用し、ネィチャー誌に却下された論文を笹井芳樹が執筆陣に加わり、受理させるまでの話と、2014/1/30に掲載された「アーティクル」と「レター」という2論文がすぐにネット上で盗作、剽窃、改ざんを指摘され、大騒動になる話は、すでによく知られている。

 問題は、このモンスターみたいな「ペット」を抱えたティーチャーの方である。
 小保方は製本した学位論文(国会図書館にある)が「自分が審査したものと違う」と副査の武岡教授が言っていると、常田先生から電話があり、「取り違え」に初めて気づいたと書いている(p.152)。ここで小保方は最終稿でなく、間違って下書きの博士論文を製本して提出したと主張している。

 この電話の後、それっきり、常田教授の名前は手記から姿を消す。小保方の博士論文の調査と学位論文の再提出と再審査は別の教授が委員となったようだ。誰も小保方に情報を漏らさないから、手記には詳細が描かれていない。
 2015/10/29早稲田大「先進理工学研究科」は最終的に小保方訂正論文の却下を決めた。博士号の取り消しではなく、すでに認めていた学位論文が「草稿段階のものだった」という本人の主張を認め、あらためて訂正論文の提出を求め、それを再審査して不可を出したのだ。
 小保方が手記で何度も強調しているように「完成学位論文は別にあり、間違って草稿を提出した」というのが真実であれば、正しい方を再提出すればそれで済んだはずだ。早稲田大が再提出に1年の猶予を与えたのは、「完成稿」と称するものから捏造データを取り除いてしまえば、およそ学位論文としては箸にも棒にもかからないレベルのものだったからだろう。手記「あの日」p.243-251には、学位の再審査委員から何度も書き直しを命じられる場面が出て来る。

 小保方の早稲田AO入試受験指導から始まる「ティーチャーズ」のうち、誰が一番重要であったかは、手記最後に小保方が「博士論文再審査不合格」を電話で報告する相手によって明るみに出る。「博士号は、剥脱されました。あんなにお世話になったのに本当に申し訳ありません」と彼女が電話したのは2人。常田聡氏と岡野光夫氏のみである。

 それにしても小保方晴子の家族関係の薄さは異常に思える。
 双子の姉がいるはずだが、その一人が初めてボストンに留学する日、空港に見送りに来る(p.30)。
 母は小保方が追いつめられてから神戸に来て入院手続きをする(p.162-63,167)。
父は入院時の立会と病院から神戸CDBへ検証実験の際に一度途中まで同行する(P.167,215)。
 一番多く会話するのが大阪在住の祖母(p.67,68,135, 165)で、例の割烹着は戦前のものを祖母がタンスから出してくれたとなっている。

 今回、
1) 小保方晴子「あの日」(講談社, 2016/1)
2) 須田桃子「捏造の科学者」(文藝春秋,2014/12)
3) 小畑峰太郎「STAP細胞に群がった悪いヤツら」(新潮社, 2014/11)
を並べて比較して読んだら、事件の構造と特異性がよくわかった。

 須田桃子は早稲田理工学部卒の毎日記者で、初報である、2014/1/30「毎日」一面トップ記事「万能細胞 初の作成:簡単、がん化せず。マウスで「STAP細胞」命名、理研など、主導役は30歳女性」という礼賛記事には「斎藤広子、根本毅、須田桃子」と名を連ねている。
 その後、捏造が発覚してからの須田記者の取材は小保方をして「殺意すら感じさせる」(「あの日」p.183)と言わせるほど激しいのだが、当初は同じ大学の先輩として「翼賛報道」に余念がなかった。ネット情報で捏造の指摘を仕入れながら、サイトのURLさえ記載していない。
 この点、小畑峰太郎は慶応大文の卒業で編集者を経て、フリーライターになっているだけに、早稲田がらみの構造的問題やベンチャービジネス「セルシード社」問題にも容赦なく切り込んでいる。小保方本は捏造者自身によるジイド「背徳者の手記」のようなものだ。

 いずれも事件は小保方の特異な性格と絡んでいることを示唆している。科学史に残る不正は多々ある。しかし「世界科学不正史」には、当事者で手記を書いた人物がいない。みな世の中からひっそり消えて行った。彼女が手記を書いたことは、科学不正事件の再発を防ぐための、重要な資料、ことに精神医学的に価値ある資料として残るだろうと思う。
 いづれにしても、私の疑問はほとんど解明されたので、これで決着としたい。後は雑念を捨てて「第三の移植:修復腎移植」新書を、分かりやすく執筆することに専念したい。
 元もと、STAP細胞事件での発言は、「修復腎移植」についても私が述べていることがウソではないことのPRだったので、STAP問題を深追いする気はない。もうこの話題も終りにしたい。
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Unknown (ttyama)
2016-02-15 17:09:58


あの会見がなかったら、いまだに研究室を渡り歩いてたんだろうか。

どの業界でも世渡り上手がいる。

ピンクの研究室でピペットもつ割烹着姿。ここがピークでしたね。

それとも、「あの日」出版かな?




Unknown (Unknown)
2016-02-16 10:57:11
>「入試実施要項」には、「実験内容は事前に指示する」とあるが、これが「実験テーマの事前開示」とは普通は受け取れない。「実験直前にテーマを指示」と解釈するのが普通の日本語感覚だろう。

「実験直前にテーマを指示」するならわざわざ書く必要ないでしょ?
筆記試験なら「試験直前に問題を渡す」ってこと?(笑)

あの日を読んでビビってるのかもしれないですけど、言い訳がましすぎますよ。
素直に「AOを知らなかった」、って言えばよかったのに(笑)
Unknown (AO)
2016-02-16 11:42:56
http://ao.kanto-gakuin.ac.jp/admissions/ao/august.html

これを見ると
*小論文 提示されたテーマや文章を読んで、論述する試験

*プレゼンテーション 事前に与えられた課題について解答・発表する試験

とあるので、普通に考えれば「事前」は「直前」ではないでしょうね。
Unknown (Unknown)
2016-02-16 13:34:23
>「実験内容は事前に指示する」

これは、実験試験直前に試験官が「指示する」という意味では?
当日より以前に受験者に知らせるなら、「事前に要綱に記載する」「事前に告知する」などの言い方をするんではないか。

この入試は、ペーパーの得点に表れない受験生個々の素質や意欲を見る入試なのでは。
当日より以前に試験内容を知らせてしまうと、受験生がみんな一様に練習、対策してきて厳正な選抜ができなくなる。
それでは試験の目的の意味がなくなりそうだが。

2016-02-16 11:42:56のAO氏はなぜ関東学院大のAO要綱を貼ったんだろうか。AOは大学ごとに内容が全く違うから意味なし。
早稲田では現在、創生入試は建築学科で行われているのみ。後は科学オリンピックなどの成果に寄るもののようだ。
Unknown (Unknown)
2016-02-16 14:14:47
記事中に

> ~あらためて訂正論文の提出を求め、それを再審査して不可を出したのだ。

と書かれていますが、再審査はされていません。
小保方氏が期限内に学位論文の訂正論文を提出できなかったため早稲田は審査ができず、学位論文未提出の退学という扱いになっています。

>間違って草稿を提出した」というのが真実であれば、正しい方を再提出すればそれで済んだはずだ。

>「完成稿」と称するものから捏造データを取り除いてしまえば、およそ学位論文としては箸にも棒にもかからないレベルのものだったからだろう。

というご意見には同意。
当時小保方氏は草稿を提出したと言い張っており、調査委員会の求めに応じて提出した「完成稿」も学位にふさわしいと言える内容ではありませんでした。
彼女のコメントでは、その未完成な「完成稿」を手直しすればいいと思ったと言っていますから、完成された「完成稿」はもとからなかったということでしょう。

今年3月末をめどに審査されなかった中途の訂正論文とデータを出していくとの約束はどうなるんでしょうか。
手記出版のどさくさでうやむやになるということはくれぐれもないように。
Unknown (Unknown)
2016-02-16 22:52:26
スタップ騒動で一番の収穫は「前代未聞の捏造犯の手記である」について同意します。
もはや精神病の範疇です。
勘違いに始まり勘違いで終わった事件でした。
再現実験で自身のパートでは成功したとの事も勘違い。小保方氏は最後まで必要条件と、十分条件の意味を理解していませんでした。
Unknown (Mr.S)
2016-02-16 23:35:15
酸で刺激してのSTAP細胞はできないかもしれないが
そのほかの方法で、ひょっとしたら作成できるかも。
その可能性を信じて研究を続けるのが研究者の使命だよ。
それが成功したからと言って、小保方氏が正しいという訳ではないからね。
Unknown (Unknown)
2016-02-17 02:11:12
サカイさん、良い事言うね!
あの日 で 終わるといいね(^_^)☆ (笑止)
2016-02-17 04:15:00
うやむやに 終わらせるから いつまでたっても すっきりしませんね。小保方さんも 理研も でっちあげたスタップ細胞に 群がった悪いヤツらも 本当には 裁かれてない。研究って もともとグローバルなものでしょ? 世界のサイエンス警察?があったらいいのになあ?
Unknown (Unknown)
2016-02-17 04:24:26
不正必罰。
なんとか、不正を行った者に不正を認めさせて、見せしめでも良いから罰を与える事はできないものか?
告発を受けた兵庫の警察は何をしているのか?

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