ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始めいつのまにか、トライアスリートになってしまった私。

【馬屋原・小川法】難波先生より

2014-04-28 12:35:42 | 難波紘二先生
【馬屋原・小川法】
 土曜日の「勉強会」には20人足らずの参加者があった。かつて中之島にあった阪大医学部の建物が完全に撤去され、広大な更地になり駐車場やペンペン草の生えた敷地の一角に細長い塔のような阪大の「中之島センター」が新築されていて、全国の大学の「大阪オフィス」や貸会場になっていて、「朝日カルチャー教室」などが行われていた。
 ネットで情報をえた市民からセンターの事務所に何件か問い合わせがあったのだが、「クローズドの会だ」と断ったのだそうだ。熊本から来た女性高校教師、宇部から来た医学部の生化学者、金沢大の発生学者などがいたが、肝心のジャーナリストは数名しかいなかった。
 車椅子で参加したフリーの女性ライターがいて、YOUTUBEへの同時中継を希望した。私も自分の発言部分はネットにアップされて構わないと主張したが、メディア関係者の方が「自由な発言ができなくなる」と反対して容れられなかった。

 参加者の中にツィッター(主催者のものか)で知って参加したという、白髪の目立つ、やせぎすで品の良い老人があった。馬屋原(まやはら)と名乗り、「関西大学医学部の解剖学教室で免疫発生学をやっていた」と自己紹介があった。
 「馬屋原というと有名な<馬屋原・小川法>というアルカリフォスファターゼの染色法を考案した人と関係があるのかな?」と思った。

 会場での議論はいささか低レベルで、最初に私はイントロとして「なぜ小保方論文に疑念を呈したのか」と題して藤村新一による「旧石器遺跡捏造」事件との類似性を説明しようとしたら、「そういう説明は必要ない」と早速異論が出た。何でも元理研の研究員だった人だそうだ。(この人は「科学論文の90%には再現性がない」とか「小保方論文を生んだ背景の方が問題」とか、問題をあいまいにするような意見を一貫して述べた。)
 ついで、体細胞で唯一例外的に、遺伝子の再構成が起こる細胞が免疫細胞であることを説明し、一旦再構成した細胞が仮に初期化してもこの再構成は失われないこと、従ってこの細胞が増殖すれば、免疫遺伝子の多様性が失われ、キメラマウスを作成すると免疫不全マウスになるはず、と説明した。ここが論文の最重要な点で、この証拠写真が改ざんであれば、後の実験の信用性がぜんぶ崩れる。
 ところが、この箇所についての質問が全然ない。レクチャーとは関係のない自説をとうとうと述べる「フリー・ジャーナリスト」もいた。それも倫理と法律の区別がつかないまま、「推定無罪」論を持ち出すありさまで、つい「こりゃ井戸端会議じゃないか、私は何のために大阪まで来たのだろう?」と思った。
 メディアのバカ騒ぎぶりを「小保方論文の真の意義をまったく理解できていない」と痛烈に批判し、「細胞はDNAの指令によって変わるもの、という分子生物学成立以来の生命科学の基本了解を、いともあっさりと覆してしまった」と主張した「中央公論」4月号の米本昌平(東大客員教授)論文が俎上に上がることもなかった。
 分子生物学会の大隅典子理事長の果敢な発言が取り上げられることもなかった。
 総じてメディア関係者には「メディア批判」を回避しようという傾向があった。
 記事は執筆者の名前を見て信用するかどうかを決めるので、社名は関係ない。終身雇用制は日本のメディアだけだ。外国は通信社も新聞社もそうなっている。署名記事で解説報道を書かないと、紙メディアに将来性はないと主張したがどれだけ共感してもらえたか…。

 私は考古学であれ、幹細胞問題であれ、まず論文等で提示されたデータが本当かどうかを確定し、そこから結論を導き出すプロセスでの論理が矛盾していないかどうかをチェックする。小保方論文の場合、体細胞が初期化したという証拠写真が切り貼りであり、STAP細胞からSTAP幹細胞を作った段階で電気泳動上、この再構成バンドが消失するというのは、分子生物学の基本原理(セントラル・ドグマ)に違反している。
 もちろん米本氏のいうように、この基本原理が修正されることがあってもよいが、前提となる事実が改ざんデータで、途中の論理が矛盾しているので、小保方論文の結論は受け入れない。また論文には盗用した文章もある。実証に失敗し、盗用がある以上、論文そのものの信用性はゼロである。そのように述べた。

 そういう主張を一貫して支持してくれたのが馬屋原先生だ。後で名刺交換の際に、「もしかして馬屋原・小川法の馬屋原と関係がありますか?」と聞いたら、何とご本人だった。私よりずいぶん先輩の方と文献上思いこんでいたが、わずか1歳年上だった。
 何しろ1980年頃の記憶なので、以下の1978年の論文かどうか定かでない。「馬屋原宏」は有名な人だ。(手許の佐野豊「組織学研究法」には版が古くて載っていなかった。)
 http://meddic.jp/パラニトロフェニルホスファターゼ
 昔、血液細胞のALP(アルカリフォスファターゼ)を研究したことがあると話すと、「ALPは身体の細胞では胚細胞には一貫して陽性です」とすぐに返事があった。まさにその通りで、他の幹細胞もその可能性がある。

 私は1975年頃留学中に、血液細胞に分布する酵素を染色していて、末梢血のリンパ球の中にALP(アルカリフォスファターゼ)が膜に陽性に出るものが1000個に2~3個の割合であり、悪性リンパ腫の中にも陽性なものがあり、これらは正常のリンパ節で「一次濾胞」を構成するリンパ球に対応している(同様にALP陽性)ことを見つけた。
 現在ではこの細胞はリンパ節にある「末梢幹細胞」だと考えられている。そう話すと、素直に驚かれた。
 後にテクニックを改善して「病理と臨床」に発表したが、
 http://ci.nii.ac.jp/naid/80003278754#cit
 英文抄録が同じ雑誌に掲載された、別の共著論文のものと入れ替わるという編集事故があり、GINIを見ると、共著者2名の名前もDBに落ちている。しかし「臨床検査法提要」という検査マニュアル本には収録されている。

 後の懇親会では馬屋原先生と隣り合わせになり、旧知の友のように親しくお話しできた。共通の知人友人の名前が、5人ぐらい出て来た。げに世の中は狭いものだ。しかも広島県神石郡神石高原町三和・小畑(こばたけ)が「馬屋原氏」の出生の地だそうだ。
 終わりよければすべてよし。わざわざ大阪まで行った甲斐があった。
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2 コメント

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【馬屋原・小川法】について (馬屋原 宏)
2014-04-29 11:27:29
4/28に登場する馬屋原 宏です。難波先生にも連絡済みですが、私に関する記述で、可能ならば以下の点を修正していただければ幸いです。:

1.第2段落1行目: 「ツィッター(主催者のものか)」→先生が書かれた記事57番の「カッパのへそ」を読んでの参加です。

2.第2段落4行目:、「関西大学医学部の解剖学教室」→京都大学理学部発生i生物学講座」

3.第4段落、11行目:http://meddic.jp/パラニトロフェニルホスファターゼ「」→これはずっと後の文献で、
正確には、Histochemieに載った以下の論文です。

Mayahara, H., Hirano, H., Saito, T. and Ogawa, K.:
The new lead citrate method for the ultracytochemical demonstration of actiivity of non-specific alkaline phosphatase (orthophophoric monoester phosphohydrolase. Histochemie, 11, 88-96 (1967)

4.最後の段落5行目:「三和・小畑(こばたけ)が「馬屋原氏」の出生の地だそうだ。」→「三和・高蓋(たかふた)が「馬屋原氏」の本籍だそうだ。」

以上、よろしくお願い致します。


馬屋原 宏
真実の力 (武蔵10)
2014-04-29 20:59:38
以前、日本で科学は死んでしまったと嘆いていた者です。馬屋原・難波亮先生のやり取りを見ていて、昔はこうだったんだろうなあと羨ましくうかがっています。大隅先生は科学者の競争的過ぎる環境に警告を発していらっしゃるようですが、すでに30年前には論文数で業績を考慮するというシステムができつつあって、生物学はそんなんでいいのかなあと学生ながらぼんやり考えていました。
山中先生といい、問題の女性といい、研究成果に多大な利益が伴う研究にはいろいろ複雑な問題が絡んでくると思いますが、それはあくまで経済的なことが主であって科学における真実とは別の問題ではないかと思っております。お金の問題であれば、理化研よりも条件のよいところで「存在する」というものを実現すればよいだけで、弁護士が言葉の定義や名誉毀損、あげくは特許云々を騒ぎ立てする必要はないのではないでしょうか。
立派な研究を続けてきた伝統ある研究所がこんなくだらない問題で右往左往しているのは見るに耐えない。結局、以前起こった問題に対して研究費を獲得するために(?)うやむやに処理し、その体質を改善することなく事勿れに流れた結果が今日の事態を招いたということであれば、物理・化学・生物が一体となった巨大な研究施設は解体すべきときが来たということではないでしょうか?
問題の女性は、金を出してくれるところで自分の主張しているところを証明すればよいでしょう。少なくとも、税金で研究室の壁をカラフルに飾るような愚行を冒す必要はなくなるでしょう(あるいは、私的な資金でやるなら誰にも文句言われる筋合いはないわけですから)。
いま、問題になっている研究分野は生物学というよりは医療に深く結びついた実学的な分野であり、ノーベル賞というのもそんな程度のものに贈呈されているものなんだなあと思っております。そして、やっぱり昔ながらの科学は死んでしまったのだなあと涙している次第です。

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