ぼくは行かない どこへも
ボヘミアンのようには…
気仙沼在住の千田基嗣の詩とエッセイ、読書の記録を随時掲載します。

四季亭の奥さんは…

2015-01-01 21:26:21 | 詩集湾Ⅱ(1993年5月20日)

四季亭の奥さんは力持ちだ

自分でそう言っている

ピザのパイ生地をこねたり

ワインの栓抜きこわしたり

 

ぼくたちから見れば

色白で華奢な女の子だが

五歳の元気な男の子(ワタルくん)の母親だ年齢のことを言っていいかどうかもうすぐ三十歳だそうだ

 

ご主人はヒゲで恰幅がいい

十年前には外国航路の船乗りだった

スパゲティのトマトソースつくったり

ヱビスビール飲んだりしている

 

奥さんとは八歳違いで

まさか父親には見えない

ワタルくんには権威ある父親だ

こどもの遊びの先達だ

 

グラスのワインでピザパイほおばる

ジュンイチさんは冷静なブラームス愛好家でほおをほんのり赤くそめているが

特別何かを照れているわけではない

しかし

照れることを知らない厚かましい人間の対極にいるシックなひとだ

 

四季亭は昔商家の石倉だった

通りから細長い路地を行きどまった敷地の奥につつましく営業している

お昼ならスパゲティと珈琲

夕方からはピザパイとヱビスビールをぼくは注文する

大方のひとはそう注文する

 

サッソウと自転車に乗ってやってくるタカハシショージはウヰスキィをストレイトで飲む男だが

四季亭にウヰスキィはないので

ピザパイにワインかビールを注文する

 

四季亭の奥さんは力持ちだ

この間自分でそう言った

実はパイ生地こねるのはご主人の仕事だし

ワインの栓抜きこわれたのもたまたまのアクシデントだ

 

でも

四季亭の奥さんが力持ちであることはほんとうのことらしい

自分でそう言っている

 

 詩集湾Ⅱ 第Ⅱ章ご挨拶から

 

2015年の注;南町の、元は境七(さかしち)酒屋の石倉で、その後サティとなり(気仙沼に戻った直後、一時、私もそこでバイトしたことがある。)、それから四季亭となった。当時は、路地の奥、表通りからは見えない場所にひっそりと隠れていたが、いまは、隣の敷地の建物が取り壊されたので、よく見えることとなった。四季亭は、震災のずっと前に止めてしまって、別の店となり、いまはまた変わって和食の「こうだい」となった。石倉を改造した店の佇まいは、ずっと変わらない。この場所に、私の青春はあった。サティのことは、いつか書くこともあるかと思う。いまは、まだ何も書くことができない。もう少し、先のことになるだろう。


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