ぼくは行かない どこへも
ボヘミアンのようには…
気仙沼在住の千田基嗣の詩とエッセイ、読書の記録を随時掲載します。

吉田秋生 海街diary / ラヴァーズ・キス 小学館

2016-09-19 16:43:00 | エッセイ

 海街diary の1「蝉時雨のやむ頃」、2「真昼の月」、3「陽のあたる坂道」までと、最近はスピンアウトというのだろうか、同時期に同じ地域を舞台に登場人物の重なる別の物語を集めた連作短編集の「ラヴァーズ・キス」。本吉図書館の蔵書、購入したわけでなく、だれかが読んだものを寄贈してくれたもので、昨年あたりから本棚に並んであり、ずいぶんと繰り返し借りられている資料。吉田秋生か、と気にはなっていた。

 もちろん、昨年あたりか、映画化もされたことは知っていた。

 吉田秋生、鎌倉。このセットは、期待に背くことはないだろう、とあたりはついた。

 吉田秋生は、少女コミックの初期にデビューしたマンガ家。カリフォルニアがどうしたとか、バナナフィッシュがどうしたというのがデビュー作だと思う。私が、大学生のころだろうか。

 マンガは、もちろん、子どものころから読んでいて、少年サンデーや少年マガジンの創刊は記憶にある。それから、そうだな、たぶん、高校生頃に、少女マンガに自覚的に出会い直している。大江健三郎の「空の怪物アグイー」の文庫本を買ったのも高校生の頃なので、いわゆる文学と少女マンガはほぼ同じころに出会ったことになる。

 私の中で、少女マンガの最高傑作は、山岸涼子の「日出ずる処の天子」か、大島弓子の綿の国星の直前の「バナナブレッドのプディング」あたりのどちらかということになるが、あと、高野文子、倉田江美など。ああ、萩尾望都とか。

 陸奥A子とか、なんだろう、少女マンガの王道みたいなところでも、何人かあげることができるが、まあ、ちょっと、可愛い可愛い、という方よりは、ちょっと芸術っぽいというか、乾いた叙情、とぼけたふうもあるみたいな方がぴったりと来るというふうだった。

 乾いた叙情。

 吉田秋生も、そんなふうだったかもしれない。

 28歳で結婚した当時、月刊の「LaLa」は買い続けていた。「日出ずる処の天子」の連載は続いていた。しかし、それから間もなく、1年ほどで、やめてしまった。少女マンガを読み続けることができなくなった。

 つまりは、結婚して大人になった、ということかもしれない。

 それからは、ほとんどマンガを読むことはやめてしまった。少年マンガなども含めて。まあ、「ほとんど」ということであって、「全く」ということではないにしても。

 だからずいぶん久しぶりに、マンガを手に取った。

 映画の、テレビで流れた予告編も良かったのかもしれない。鎌倉、江ノ電、あのあたりの風情もこころに響いてくる。

 青を基調にした表紙、本だなに並べたときの背表紙も好ましく思った。

 でも、ずいぶん、しばらく躊躇していたが、ようやく、一昨日思い立った。

 ところで、いま、テレビをかけていて、タモリのミュージック・ステーションで、「日本をつくった百曲」みたいな特集を放映している。まあ、どれもが、知っている名曲ばかりだが、ちょっと前に加山雄三の「君といつまでも」が流れていた。

 湘南。

 加山雄三よりちょっと前の石原裕次郎、そして加山、ランチャーズ、ワイルドワンズ、それから間をおいて、サザン・オールスターズ、ユーミンもだな、こういう湘南の分厚いイメージの積層。今でいえばアイコンたち、というのだろうか。

湘南、江ノ電、鎌倉。

ああ、実は、中原中也とか小林秀雄もいるんだな。

そういう、鎌倉という場所の情景の積層、というか。

そういうものを踏まえて、この「海街diary」がある。

ああ、そうだ、一昨年あたりだったか、小泉今日子と中井貴一の鎌倉、極楽寺あたりを舞台にしたテレビドラマ、中井が鎌倉市役所の観光課長の設定で、良く見ていたが、あれは、たぶん、この「海街diary」を踏まえて情景設定しているに違いないと思う。勝手に想像しているだけだが。

さて、第1巻冒頭の「蝉時雨のやむころ」はベッドシーンから始まる。いや、夜中のその時、ではなく、後朝の眼覚めのシーン。

女性は、甘ったるい少女ではない。シャープな、むしろカッコよい女性である。男は美しく、もちろんカッコよい。

 でも、よく見ると、確かに目は大きい。実像に比べてデフォルメされている。しかし、絵柄は、甘ったるさはない。

この冒頭のベッドシーンは、読者の掴み、のようなもので、この作品全体は、むしろ、そういうエロティックなシーンが中心ではない。もちろん、男女の恋愛だったり、淡い思いだったりは描かれ続ける。人間の感情、というか、そういうものが丁寧に描かれる、そのなかにもちろん恋愛のことも含まれている、というような。

親子、兄弟、家族、恋人。

実は、読みながら、何度も涙を、嗚咽を抑えることができなかった。

では、どんなシーンで、ということは書かないで置く。

こういう世界に、時折は浸る、ということが、生きていくうえで絶対に必要な時間、だとは言える。

「ラヴァーズ・キス」の世界も、全く美しい。恋愛、男女に限らず、思いが錯綜していくその錯綜の美しさ。永遠に読み終えたくない、とまで思わされる。この高校生の主人公の女の子に恋してしまったとでもいうような。

世のなかに、こんなに美しくカッコいい女性や男性がいるはずがない、とも思える。少女マンガの世界は、まさしくそんな世界ではあるが、これは、決して甘ったるいものではない。硬質で鋭利で、美しく、しかし、温かい。虚構の世界でありながら、現実の生身の人間の感情を捉えきっている、というか。ああ、そうだ、甘美だ。甘ったるくはないのに、甘美だ。甘美な世界だ、と言ってしまった方が、そう白状してしまった方がいい。

美男美女が湘南鎌倉を舞台に繰り広げるファンタジーでありながら、生身の感情に訴えかけてくるヒューマンなドラマ、とも言える。

私が小説に求めるもののある部分、たとえば、山田詠美の作品に求めるもの、それとほぼ同一のものがここにある、とも言えるのかもしれない。

考えてみれば、マンガは、ストーリーも、セリフも、そして絵もあってはじめて成り立つ総合芸術である。そういえば、山田詠美も最初はマンガ家として出発しているんだな。

さて、海街diary、続きも読んでみよう。

 

そうだ、私は、こういう世界で生き続けてきた。

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